転生面接

case01:パンダ編




生まれ変わったらパンダになりたいと思った。
にんげんやめて、パンダになる。

理由は簡単、
「生きているだけで喜ばれるから」










パンダ志望の人間は多い。
人間時代で言うところの東証一部に上場するような動物である。
何万人という人間がパンダを希望するが、その中からパンダになれる人間は一人いるかいないからしい。
それは、人間以外の動物からもパンダへ転生することもあるし、何より同種族で輪廻転生するのが一般的であるからだ。

人間という理性を保つ種族が、理性を持たない種族へ転生するのは本当にごく稀らしいのだ。







石の上にも三年というが、私が面接会場の中へ足を入れられたのは志願してから五年目のことだった。

長い長い、万里の長城の端から端まで往復してもまだ足りない長蛇の列の先に、さらに長い長い天国への階段がのびている。黒い雲の切れ間から差し込む一条の光の先に、面接官がいるらしい。
面接官はどうも天使らしいと列の噂で耳にした。

そして、パンダになれた人間はここ十年で一人だけだという話も聞いた。
それを知ってパンダへの転生を諦める人ももちろんいる。そういう人間たちの末路は様々で、人生をやり直す人もいるし、別の何かへ転生しに逝く人もいる。
もちろん、そのまま本当の《死》を迎える人もいる。

それでもパンダになりたくて、
どうしてもパンダになりたくて、
私は階段の前に立つ日を迎えた。

















「次の方どうぞ」

「失礼します」

「どうぞ腰を下ろしてください」

「はい」

「さて、あなたは人間年齢20歳、性別男性、国籍日本、一身上の理由により自殺、転生希望。ここまで何か間違いはありますか?」

「ございません」

「人間年齢としてはまだお若いですね。この”一身上の理由”というのを可能なら詳しくお聞かせください」

「はい……。私は、現在西暦2000年、21世紀の社会から、これから先の人類の進化に恐怖心を抱きました。つまり人生が怖くなったのです。また、うつ状態に陥ったことも理由の一つです」

「パンダへの転生動機をお聞かせください」

「パンダとの出会いは動物園でした。生まれる前からチヤホヤされ、生まれた時には長蛇の列を作られ、誕生日は盛大に祝われ、死ぬ時も大勢の涙を誘われるパンダのことを羨ましいと思ったからです。
人間として生きることに疲れ果て、ふと訪れた動物園で見たパンダの暮らしへ純粋に憧れました」

「あなたはパンダのようには生きられないのですか?」

「生きられません。パンダは可愛いですが人間は可愛くないからです」

「なぜ人間が可愛くないと思うのですか?」

「可愛いと思わなくても”かわいい”と言うことが出来るからです」

「そうですか……しかしパンダを”かわいい”と思うのも人間ですよね」

「はい」

なるほど、と少し一呼吸置いたのち、
面接官は次のように言った。


「パンダ同士がお互いを”可愛い”と思い合っていると思いますか?」




—目から鱗だった。

「……考えたことがありませんでした。パンダがパンダを好きになると思っていることこそ、人間の理性の枠内でしか決められませんね」

「その通りです。
つまり、結論から申し上げますと、あなたが最初に転生希望の死亡動機としておっしゃった”可愛がられたい”という欲求そのものが人間としての視点であって、
あなたのお考えというものは、”パンダとして生きたい”というより”人間に飼われた動物で最も居心地の良さそうなパンダとして生きたい” というように聞こえました」

「確かに、おっしゃる通りです。私の認識が甘かったです」

「いいえ。これは人間からの転生希望の方ではごく普通の思考です。人は先天性理性を持つせいで、つい人間的思考が抜けないのです。

それでは話を変えましょう。

確認をさせていただきたいのですが、あなたの死亡動機のお話だと、どちらかといえば動物園のパンダになりたいといった印象を受けました。
野生のパンダに転生する可能性は検討されていらっしゃいますか?」

「……いいえ。想像しておりませんでした」

「パンダ、と一口に申し上げましても、レッサーパンダになるか、ジャイアントパンダになるか、まあその話は次の面接に進んでからになるのでここでは関係のないことですが、まずその段階で分かれます。それも一体どんなパンダ、すなわち人間によって保護、飼育されるパンダか、野生のパンダに転生するか。こればかりは神にも決定権はないのです。
あなたの思い描くパンダ像にあなたがなり得るか、神もわからないのです。」

「私の思い描くパンダ」

「そうです。あなたはどんなパンダになりたいのですか?」

「……私は、みんなから愛されたいという承認欲求を持っております。そのために、みんなから愛される動物として名高いパンダになりたいと思っておりました……」

「なるほど」

「けれど、少し……不安になってまいりました」

「理由をお聞かせ願えますか」

「”パンダが愛されている”と思っていることが、人間のエゴだと気づいたからです」

「その考えにこの短期間で思い至ったのは、あなたが人間として優れているからですね」

「あ、……ありがとうございます。でも、パンダ同士の感性に自分が適合できるのか、不安になりました」

「そうですね……パンダに理性があるか、思考があるか。それはパンダにしかわからないことですから」

「楽なのかどうか、それはパンダが決めることなんだと」






私は理解した。
10年に1人しかパンダになった人間がいなかった理由である。

心の奥底からパンダになりたい人間がいたのが、10年に1人だったのだ。
パンダとして生まれ、パンダとして生き、パンダとしての病に侵されて死ぬ。
その覚悟があったということだ。

なんならその人はもう、心がパンダだったのかもしれない。

体はヒト、しかし心はパンダ。

最早その人は生まれた時から自身のことをパンダだと思っていたのかもしれない。

そんな人に、ヒトごときが敵うはずない。




自分の”どうしても”は、そのパンダに弱い……








面接官は見かねて私へこう言った。




「ここの面接を受けに来られるヒトの多くは、あなたのように傷ついた心の持ち主が大変多いです。

ヒトから見えるパンダ像というものは、おそらくよほど自由で気楽でいられると考えられているのでしょう。

しかしながらヒトにはヒトなりの悩みがあるように、パンダにもパンダにしかない苦しみがあるはずでしょう。

残念ながらあなたは既に死亡し、肉体はもう存在しません。したがって、転生なさるか、残念ながら《死》を選ぶのか、この2つしか選択肢がありません。

死亡動機から考えられるのは、あなたは苦しみから逃れるために死んだということですね。

残念ですが、あなたが苦しみから永遠に逃れたいと思うのなら、私はあなたをパンダへ転生することをお勧めは出来ません。転生先でも、苦しまないという確証はないのですから……
これは生き物として生まれる代償なのです。どうかご理解ください」






「…………………あの……………」

「はい」





「……パンダへの転生、辞退させていただいてもよろしいでしょうか」








「…………それがあなたのご遺志なら」













そして僕はパンダを辞退した。



















「またパンダ辞退ですね」

「本当に多いよね」

「人間という生き物は、本当に”理性”があるんですかねえ」

「まあ、その”理性”とやらも、人間たちが人間として生きるために身につけた道具に過ぎないからな。みんながみんな、使いこなせるわけじゃないんだろう」

「あのヒト、《死ぬ》んですかね」

「《死ぬ》だろうね」

「もう、死にそうな顔してましたもんね」

「きみ何を言うんだい。彼はもう死んでいるんだろう」

「そうでしたね」

「ふぅ……やれやれ、次もヒトだ。参ったな」

「おんなじことの繰り返しですもんね」

「まったく、神にも困ったもんだ、気まぐれで作らないで欲しかったなぁ……」
















「次の方どうぞ」

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しゃけ

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