夏の群馬~ホタル④~

GWに手伝いへ来たとき、大将は野菜を作ると張りきっていた。「えっとー。きゅうりだろ、茄子。じゃがいも、それにトマト。あとは何かな。」
メモ帳へ思い浮かぶ野菜を次々と書いている姿を見てどうなったのかなぁと思っていたけれど、さすが大将。民宿の前に畑を作っていた。

猿やハクビシンなど動物に狙われるそうで電圧線が張り巡らされていて女将さん曰く「電圧線だとか肥料だとか、高い野菜だよね。」とのこと。男のロマンにはお金がかかるのだ。
猿に至っては電圧をいれていない線が分かるようでそれを伝い畑へはいり収穫間近の野菜を食べてしまうらしい。
だってGWの時は、民宿の玄関を出て100メートルのところに猿の群れがいたくらいだもの、ジャングルのなかに畑を作ってるようなものだよね。

大将の野菜を見るため朝4時50分起床。露天温泉へ入ってから畑を見に。茄子にきゅうり、キャベツにししとう、大葉にトマトにかぼちゃに長ネギ。すごーい。

トマトはまだ色づいていなかったけれど、きゅうりや茄子、ししとうや大葉は毎日いただきました。新鮮野菜大好き!

昼まではお客さまを迎える準備をして、午後は休憩。いつもその時間に車を借りて出掛けるのだけれど今日は洗濯をして私の基地である二段ベッドの上でゴロゴロすることに。こういう時間も幸せ。

夕方チェックインしたお客さまのなかに中学生くらいの子がいて、女将さんのところへきた。
なにかのポスターに書いてあったらしく「この近くでホタルが見られるんですか?」との質問。「うーん。大体19時から20時くらいにホタルが見られるんだけど、今は時期じゃないから見られないかもしれないねぇ。」場所はなんとあの見事な桜を咲かせてくれる桜の里らしい。

え?ホタル?私も見たい!むくむくと沸き上がるホタルへの思い。19時から20時。当たり前に仕事中だ。でもでも。この時間はお客さまが夕食を召し上がっている。ビールなど飲み物はいつも女将さんが担当しているから、上手く行けば抜け出せるかもしれない。ほんの少しの希望を持ちながら夕方の仕事をスタートさせた。

夕食の料理セッティング完了。18時30分夕食スタート。お客さまが各々食事をとっている姿を確認し、大将へ眼を向けた。一段落してほっとした様子で椅子に座っている。時計を見る。19時15分。

もう、明日私は東京へ帰る。ホタルを見に行くとしたら今日しか、いや、今しかない。

「た、大将。ホ、ホタルって見られるとしたら何時くらいに見られるんですか?」ぎこちなさすぎてセリフのようだ。「そうだなぁ。19時から20時くらいかなぁ。」「大将。あの、私、ホタルが見たくて。すぐ戻るので見に行ってきてもいいですか?」「ん?ホタルを見たいの?」「はい。見たことが無くて。すぐ戻るのでいいですか?」「場所は分かる?」「はい!分かります。」「女将が良いって言ったらいいよ。ここは俺が見てるから。」「有難うございます!女将さんに聞いてきます!」

よしっ!ホタルまであと一歩!女将さんのいる部屋へ向かう。

「女将さん。あのお願いがありまして」「どうしたの?」「ホ、ホタルを見に行きたくて」「え?聞こえない。」ひぃぃ。声が小さくて聞こえなかったらしい。ドキドキする。「ホ、ホタルが見たくて。」「ホタルを?見たいの?」「はい!いなかったらすぐ戻るんで。」女将さんが貴女も好きねぇとちょっとあきれた顔をしながら私を見た。と、同時に引出しから出したのは。

よっしゃぁ!待ってました!車の鍵ゲット!

すぐ戻ります!相棒フィットに乗り込んだ。夜のドライブは初めて。ホタルが見られるかもしれないからさらにワクワクだ。お気に入りの曲をかけながら桜の里へ向かう。

桜の里へ到着すると昼とはまったく別の顔をしていた。真っ暗。街灯がないので携帯のライトをつけて歩く。ここは田んぼがあるので道からそれると落ちるから注意しながら歩く。

ホタルってどういうところにいるんだろう?川の流れている場所やその付近を探してみたけれど、どうにも見つからない。灯りを消して真っ暗にしてみたけれど結局見つからなくて、さらさらと流れる川のせせらぎだけが聴こえていた。

膝丈ほどのズボンで草むらを歩いて探したものだから虫に刺されたあとが何か所もあってかゆくて仕方なかったけれど私は満足だった。

だって、ホタルを探しに行けたんだもん。
自分のやりたいことをやりたいって言えたんだもん。何より、子どもと同じようにワクワクする心が私にもあるんだって気がつけたことが嬉しかった。

私の探しかたが悪かったのかホタルを見られなかったことを報告すると大将は「いやいや。すぐ分かるくらいにいるからな。そうか、もう今年はいなくなっちゃんだなぁ。」と少し残念そうに言ってくれた。

でもね、大将。
私は大事なことを教えてもらいました。

ホタルは見られなかったけれど、自分の心に素直になること。正直になること。まずは声にだすということ。そしてワクワクする心を止めないことを。

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