桜迷宮 ⑦

世界一初恋のりっちゃん大好き二次小説です。
ゆるいですがBLなので苦手な方はブラウザバックでお願いいたします。

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今朝は、目覚めたときにリツが戻ってきているのではないかと期待をしていた。
というか、祈っていたけどリツは戻ってはこなかった。

昨晩のリツはあの後結局ソファーでうたた寝をしてしまって、土左衛門抱きで抱えてベッドに連れて行った。過去のずっしりと重かったはずのリツの身体はずいぶん痩せて軽くなっていた。
女の身体は張り付く様にしなるから男とはそもそもの関節の数が違うように感じるけど、昨晩のリツの身体は骨ばって女のそれとは違った意味で関節ばかりを感じた。

以前…、悪い病に罹った人が日に日に衰えていくさまを見ていたことがある。
毛細血管が身体中からすべてなくなってしまったのではないだろうかと思うほど肌が薄白く、もうなんのエネルギーも蓄えられないとでも言うように筋のみが表皮に浮き上がっていた。
目が落ちくぼんだ様はもとの肉がどこにどのようについていたのかがはっきりとわかるような感じだった。
もう何も溜めることができないんですと言われているようだった。

リツの身体を支えるとなぜかあの人の事を思い出した。もういっぱいいっぱいという木佐の言葉は今のリツを本当によく表していた。

いなくなったリツとは異なる素直な部分が凝縮されたようなリツの寝顔を眺めながら、このままストレスをかけ続けたら残ったリツまでがいなくなってしまうのではないだろうかと不安が募ったのだけど、このところの過剰な労働時間と精神的なストレスでそのうちに眠りについたようで、次に目が覚めたのは外がうっすらと明るくなる明け方だった。

頬に掛かる髪を払ったり髪をなでたりしながら、疲れているはずなのに結局二度寝もできず、隣で気持ちよさそうに眠るリツが目を覚ますまで顔を見つめて過ごした。
もともと年齢より若く見られがちな顔は眠っているともっと幼く見えて、大昔の織田律の面差しは確かにある。

忘れよう忘れようとしていた(と言っていた)リツとは違って、忘れたくないと思い続けたせいか、付き合っていたほんの少しの時間も、こいつは目もあわせようとはしなかったわりには再開後よく覚えていたと自分を褒めたい。

確かにここにリツがいるのに、このリツは俺のリツではない。でも俺のリツではないのに、やっぱり愛しいリツ。

どうしていいか分からない。
抱きしめたい。
キスしたい。
深くつながりたい。

直球で意地っ張り、負けん気が強いくせに自省的で、とにかく面倒な性格のリツの心は今どこに漂っているのだろう。

「リツ…、」そっと呼んでみたけど、お前は意地っ張りだからきっと返事をしないんだろうな。方向音痴だとは聞いてないぞ。迷子になっているんだったら誰でも捕まえて住所と名前を言えよ…。

もしどうしても分からなかったら動かずにそこで待ってて。

イギリスだろうがどこだろうが絶対に俺が探すから。

そして、帰ってきたらおかえりって言うから、

その時だけは素直にただいまって言って。

お前のかえるところはここだって思わせて。

もう俺を一人にしないで。





談話室で話をした後リツがエメ編に戻ると、よほど心配していたのだろう、木佐がすっ飛んできた。
そして本当にウサギみたいにピョンっととびかかって首にぶら下がって泣きそうな顔をした。

「お騒がせして済みませんでした。全部仕事で返します。」

リツがそう言うと、木佐だけでなくエメ編のみんなもホッとした顔をした。
みな、リツがこのまま辞めてしまうのではないかと心配していたのかもしれない。俺が意地になって耳をふさいで目を瞑っていた間に編集部内のメンバーはリツを気にかけて心配していたのだろう。

本当は辞めるよりもっと大変な事態が起こっているのだけど、今はとりあえずその件はオフレコにしている。

でも、もし本当にこのままなら先々では部署内だけには知らせないといけないだろう。何しろ俺の事を覚えていないのだから仕事に差しさわりも出るはずだ。

俺たちの学校の近くに引っ越しをした作家の事はきちんと覚えているのだろうか?あの開かずの踏切は?桜並木は?
本当にお前は全部いらないものにしてしまったのか?
リツ…、答えて…。

万が一にも重篤な何かの場合は、リツのやる気はともかく入院治療が必要になる可能性だってある。なので、とりあえず部署内へ知らせるのは受診待ちということにした。


今日は金曜日で明日からは土日で休み。
月曜と火曜はリツとの旅行のために編集長権限で勝手に有給を入れてある。この休みがあの日の諍いの元にもなったものだ。

丸川では3月に春休み有給を1日取ることができる。

他部署はともかくエメラルド編集部では普段の有給も消化しきれない状況なのにそんなの無理と皆思っていたけど、会社からきちんと休みを取らないと監査で注意されら必ず取るようにというお達しがあった。二月は日数が少なくてかなり大変だったから、三月はと希望的観測があったことは否めない。
結果そのために日々の仕事にしわ寄せは行ったものの、なんとか皆3月に入ってからそれぞれよい日を選んですでに消化をすることができていた。

残った俺とリツは、リツに相談なく勝手に26日と27日を休むことに決めた(ついでにリツの誕生日の有給もそこにぶち込んだ)。編集長自ら休んだり早く帰ったりしないと部下は休みを取れないとはよく言われるけど、うちの場合は結局休みの申請は俺たちが一番最後になったわけだ。
しかし、リツは仕事の予定が入っている。自分の都合も聞かず勝手に決めたとひどく怒った。

自分の休みなのに自分を差し置いて勝手に決めることが許せないと、手順を重んじるリツとの言い合いになったのだけど、今思えばあの時リツはもう会社を辞める覚悟を決めていたのかもしれない。

手持ちの仕事をきちんとやり切って、後始末をつけてから辞表を出すつもりだったのだろうか。
そうだとしたら誕生日だ春休みだとふらふらと浮かれて休むなんて、気持ちの切り替えがうまくないリツの性格からして無理だと思うのも当然だ。

色々なピースがこうやって集まってくれば、リツの気持ちも分からなくもない。俺は、単に一人で勝手に立てた予定の事のみを怒っているのだと思っていたけど、その裏には複雑な想いが籠っていたのかもしれない。
だって、いつもリツは、文句を言っても拒絶するほどの嫌悪を露にすることはなかったじゃないか。

そうだと分かっていればもっと手も打てたのだろうか?

今年の桜の開花予定が27日と聞いた瞬間。リツの誕生日で桜の日に出かけることしか頭になかった。
見に行く予定の桜はソメイヨシノではないらしいけど、うす桃色の花を咲かせる大木で、かつてのどこかの武将にちなんだ物語を持つ桜なのだそうだ。

通常の桜より少しだけ早く咲く品種らしく、ちょうどその日ごろには満開を迎え桜は美しい花びらを振らせているに違いない。そうしたらその桜の木の下でリツに永遠とも思えるこの気持ちを伝えようと思っていた。

もう一度、
もう一度取り戻せるならきちんとお前と向き合いたい。
二人で毎年桜の花を見てお前の誕生日を祝いたい。

桜の花舞う中でお前の桜色の唇にキスをしたい…。





同行はしたものの、午後からの病院ではリツは一人で診察室に消えた。

家族でもないのだから診察室には入れないと覚悟はしていたものの、それでも目の前でぱたりと閉じられる扉を見ると息苦しく感じるほど隔絶されたような切ない気持ちが湧いた。

簡単な問診のあと、戻って来たリツは脳のCTも撮ると言って検査室に赴いた。記憶が一部飛んでいる原因が外的なものである可能性が否めなかったからだ。

しかし結局そちらには要因は見当たらなかったそうで、元がそれ系を本職とする病院のために、リツはその後細かな問診を受けて、原因がストレスであれば診断は『解離性記憶障害』の可能性とのことだった。

それは消し去りたいと思うような強いショックが引き落とす症状なのだそうだ。

何もかも忘れたい…、
俺の事を全部忘れたい、
そう思ったということなのだろう。

リツが医師にどこまで説明をしたのかも分からないのだけど、現実を突きつけられると辛い。

リツがずっと通っているというこの病院はPTSDを抱えた患者が来るためか、陰鬱なところは少しもなく、開放的で綺麗だった。

小さいスペースながら廊下の突き当りには中庭もあって、池かと思ったらそれはビオトーブになっているという。

本来は自然の中に存在しているはずなのに、人の手によって守られ、自然の生態系を守るという名目のそれはあるものもないものもごったで歪んで不自然に感じた。

自然の不条理さを知らずに羽化したトンボは一人で羽ばたいて捕食できるのだろうか?ここの生き物には、夏前に小学校のプールを掃除した時にレスキューされたヤゴなども含まれたりすると説明の用紙には書いてあった。今はなにが棲んでいるのだろう。

「こんなところで育った生き物がいきなり外で生きていけるのかな?」
そう言うと
「ここに通っている俺たちは、みんな同じビオトーブ出身ってことですね。」とリツは薄く笑った。

「なあ、いつからここに通ってんの?」
「元は…、10年ほど前です…。」
少し言いにくそうにリツが想定通りの答えを返す。
リツは10年前のことを覚えていないようなのに、ここに通った記憶はそのままあるということなのだろうか?

それには妙な違和感を感じる。

「なんで?きっかけは?」
「………。」

リツが真一文字に口を結んで言葉を発しようとしない。今までの素直だったリツとは別人のような頑なな態度に、もしやと思って「思いだした?」と聞くとリツはハッとした顔をした。

「10年前俺が蹴り飛ばして逃げたって高野さんのことですよね…。」

太ももの上で組んでいた指をゆらゆらと組みなおしながらリツがそうつぶやく。顔を伏せたからここからは見えないけど、きっと瞳はいつものように不安で揺れているのだろう。

「ああ、それな。すげー綺麗な回し蹴りだった。こう…、カンフーとかのヤツみたいな。」

ハハハと自嘲気味に笑うとリツが顔をあげて「覚えていません。」と泣きそうな顔をした。


昨日はずっとリツはニコニコしていた。でも今日は何度も何度も不安に揺れて青い顔をさせている。
結局俺はいつだってリツを不安にさせてしまうのだ。

笑って欲しいのに、笑わせられない。

いつだって思うようにならない。

想いだけでは何も通じない。

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桜迷宮

世界一初恋の二次小説です。 内容は高律、りっちゃんのお誕生日のお祝いです。
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