見出し画像

夕暮れの梅田 〜のぞみ〜

カフェで連絡先を交換してから3週間後。
僕は梅田芸術劇場の前で彼女を待っていた。
じめじめと暑く、辺りは紅色に染まっていた。その熱気が目の前に迫る夏を憮然と感じさせた。
僕はのぞみと出会った日を思い起こした。彼女はどんな格好、そして表情で来るだろうか...
交差点に彼女が見えた。彼女は黒いキャップを被り、グレーのタイトスカートに身を包んでいた。それは洗練されていた。
信号が青になり、僕に気づく。そして、少しうつむき照れた表情を浮かべ、小走りでこちらにやってきた。   (下はイメージ)


「久しぶり、ごめん待った?」
「大丈夫だよ、ご飯いこっか。」
僕は彼女より照れていた。さぞ、ぎこちない表情だったことだろう。
こじんまりとしたレトロなイタリアンのお店に入った。その雰囲気と彼女はよくマッチした。
彼女は僕が出会った中で確実に最も美しい存在であり、汚れた自分は不釣り合いだと感じた。彼女の一連の所作は美しく、取ってつけたものではなかった。
サラダがきた。
「私が取り分けるね。」
「あっありがとう。」
僕の緊張が彼女を緊張させ、2人の間の壁をより強固なものにした。
僕は空白の時間を必死に埋めることに努めた。パスタやピザも全く味がしない。余裕はなく、必死だった。
彼女はクシャっと笑った。それをみて、僕は少し気分が落ち着いた。
初めは空回りの車輪だったが、なんとか徐々に回転し始めたようだ。

そこで、僕は用意していたリッツカールトンの本をプレゼントした。
連絡を取り合っている中で、のぞみが仕事で行き詰まっていることを知った。僕はアドバイスはできない。しかし、
「自分が心を動かされ、彼女の参考になりそうな本なら紹介できる。そして、何より彼女がその本をどう感じるか知りたい」
と思った。これは彼女を知ることに等しかった。
本を渡すと、彼女はとても喜んだ。それは想定外だった。

僕がうれしいから行ったことが、彼女もうれしいと感じてくれたことがうれしかった。

「本をもらったのなんて初めて。ありがとう。今度感想教えるね。」
その声は新鮮さを増し、奥三河の川魚のように活きがよかった。どうやら本心から喜んでくれているようだ。
そこにお酒が加わり、分離されていた2つの空間は混ざりあった。
2時間後、僕らは店を出た。お互いの距離は近く、夜の茶屋町を歩いた。
手の甲が数回触れた。僕はのぞみの手を握った。彼女も握り返した。彼女が笑った。これで充分だった。
ソマリアの内戦もバングラデシュで貧困に喘ぐ子供たちも僕には関係なく、この温もりだけが、今はなにより重要だと思えた。
改札までのぞみを見送った。立ち止まり、彼女の温もりが僕から離れると、僕は哀しくなった。が、次の瞬間、唇に柔らかい感覚があった。彼女はキスをくれた。そして、

「ま・た・ね」

と言い、小走りに改札口に向かっていった。
僕は彼女の姿が消えるまで目で送り、体を反転して帰ろうと一歩踏み出すと、無意識にスキップしていた。きっと酔っているのだろう。

彼女はリッツカールトンの本に喜んでくれたのではない。
きっとそれをプレゼントするまでのプロセスを想像して喜んでくれたのだ。
そのプロセスは僕が彼女を思った時間に等しい。

ま・た・ね...

最後にのぞみがそう言った。どうやら僕は彼女にまた会えるようだ。


私は変態です。変態であるがゆえ偏っています。偏っているため、あなたに不快な思いをさせるかもしれません。しかし、人は誰しも偏りを持っています。すると、あなたも変態と言えます。みんなが変態であると変態ではない人のみが変態となります。そう変態など存在しないのです。