終わりじゃなくて始まり

TRIGGER・九条天の夢小説です。
ヒロインは小鳥遊紡ではありません。

初めて見た時思ったーー天使がいるって。

ここは日本を遠く離れた異国の地。日本人の両親を持つ私の生まれ故郷だ。両親の仕事の都合で今もここで暮らしている。生まれた時から聞いていて、子供の頃から話していたから英語はバッチリ!加えて両親はいつか日本に行くこともあるかもしれないからと日本語も教えてくれた。いわゆる私はバイリンガルなのである!そんな私が憧れたのは、ダンサーだった。幼い頃に見たプロのダンサーは素晴らしくて忘れられない。だから、すぐにプロダンサー養成期間の門を叩いた。あれから数年経って一通り踊れるようになってきた頃、日本から一人の留学生が来ると告げられた。私は両親の故郷から来るその留学生にワクワクしていた…。

当日は、一体どんな子が来るんだろう?と、そう思って早く目が覚めちゃったから時間よりだいぶ早めにレッスン場に着いた。…さすがにまだ誰も来ていないよね?と思って先にロッカーに行って着替えてからレッスンルームの扉を開けた。すると、そこにはすでに人がいたのである。そのことに驚いて棒立ちになってしまった私はただただ先客に視線をそそいでいた。なにか音楽を聴きながらステップを刻んでいるその人は私の存在に気づいていないようだ。それにしても…すごく上手い!え?あれ…なんだかまるでーー天使みたい。

しかしながら、熱心に向けられた視線に気がついたらしいその人は音楽を止めてイヤホンを外してからこちらを振り返った。一気に緊張が走った。その人は英語で問いかけてきた。
〈おはようございます。あなたはここの生徒さんですか?〉
ハッとして私も慌てて答える。
〈おはようございます!はい、ここの生徒です。あの、あなたは?〉
〈ボクは今日からここでお世話になります。九条天です。よろしくお願いします〉
頭を下げる彼に私も倣う。そうだ、日本人は礼儀を重んじるって両親が言ってた!そこで、口籠った彼は言いづらそうに再び口を開いた。
〈…すみません。実はまだ英語に慣れていなくて…あまり話せないんです〉
意外だった。見た目のイメージからなんでもできそうな人だと思ったから。だから、とてもいい意味で安心した。私も口を開く。
「ーー大丈夫だよ!私、日本語も話せるから」
面食らったらしい彼は、瞬きをした。
「えっ…そうなの?アジアの流れを汲んでるのかなと思ったけど、もしかして日本だったりする?」
「うん!私、両親が日本人なの」
私が日本語をしゃべれることを知った彼はなんだかすごく安心したように見えた。…そっか、たぶんここに来たばっかりだもんね。緊張とかいろいろしてるんだよね。
「そっか…じゃあこれから日本語でも話していい?もちろん英語でも話すけど…」
「もちろん!」
ーー待ちに待った留学生の子と友達になれた瞬間だった。

「君は日本に行ったことはあるの?」
レッスンの休憩中、天と水を飲みながらいろんな話をしていた。主に日本語で。
「実はまだないんだよね〜。両親の故郷だしいつかは行ってみたいよ!」
「そうなんだ。ーーいいところだよ、日本。ここに負けないくらいにね」
笑顔で言う天から本当に日本がいいところなんだと伝わってくる。ああ、行ってみたいな、と言ったら、天がーー
「ーーボクが連れて行ってあげようか?」
そう言ってきた。聞き間違いかと思って天を見ると、真剣な表情をした一瞬ですぐにふふっと笑った。あ、この顔はッ!
〈…ふふ、冗談〉
からかわれた!しかも英語で返してきた…!少しでも本気にした私が恥ずかしいッ。悔しくて今度は私の番だと思っていたら、先生に呼ばれた天がダンスを披露することになった。ちょうどそれは休憩が終わった瞬間だった。天の、ダンス…私は固唾を飲んで見守った。

目の前で天が華麗に踊り始めた。軽やかなステップ、身のこなし、表情…すべてにおいてパーフェクトだと思った。ずっと見ていたいと思わせるなにかが天には確かにあった…。

踊り終えた天は拍手喝采を浴びた。上気した頬が緩んで呼吸を整えながら、彼はお礼を伝える。ーーやっぱり天は、天使だ。

いつのまにか天のファンになっていることに私は気づいた。いや、きっと初めて会った時から…天のダンスを見た時からすでにファンだったんだ。

それからの日々、私は天からダンスのことを教えてもらおうと徹底して交流を持った。天からはときどき呆れるような、困ったように、仕方ないなと言われることもあったけど、断られたことは一度もなかった。彼はとても面倒見が良かったから。

ーーそして、運命の日がやってきた。

「…そろそろかな」
「行くの?」
「うん」
私たちは今、空港にいる。傍らにスーツケースを携えている天とは対照的に私はなにも大きな荷物は持っていない。ーー今日は天が日本に帰国する日だった。本当は誰にも見送られたくないから黙って行く、と言っていた天に頼み込んでフライト日時を教えてもらった。だって悲しいじゃない…たった一人で旅立つなんて。そう言うと、天はなぜか悲しそうに目を逸らしたっけ。…なにかあったのかな?聞けないけど。
「本当に一人なんだね」
「うん。九条さんは…あ、父は仕事の都合で別の便だから」
慣れてるから平気だよ、と言う彼は説得力があるようでないように感じた。なんだか私の方が泣きそうになったから、声を張り上げた。
「ーー天!今まで、たくさんどうもありがとう!!」
いきなりで目を見開きながらも、聞いてくれた天は微笑む。
「ーーボクの方こそ。君と過ごせて楽しかったよ。ありがとう」
「天…」
「…君ってなんだか押しが強いと思ったら、反面抜けてるっていうか、なんだかほっとけなかったんだよね」
「なッちょっと天…」
「だってそうでしょ?今だって勝手に『今まで』にしてるじゃない」
「え…」
天の言葉に返せなかった。そんな私に天は説明し始めた。
「ーー『これから』の間違いでしょ。よく覚えておいて」
さっき声を張り上げて引っ込めたはずの涙が溢れそうだった。嬉しかった…天は日本に帰っても私と交流してくれようとしているんだ…!でも、悔しいから泣きたくない!そう思って、私は天の肩を掴んで無理やり後ろを向かせる。明らかに戸惑った反応をした天に、これでおあいこだ!と心の中で呟いた。天の背中を見つめる。

ーーここで過ごした数年で、すっかり天は身長が伸びた。出会った頃は私と同じぐらいだったのにもうずいぶん差ができた。それはダンスに関しても同じことで…焦ったことがあるのも事実。どんどん上にいく天に縋りたくなる時もあったけど、それだけは絶対にしなかった。プロ意識の強い天に自分のそんな姿だけは見せたくなかったから。

黙ってしまった私を天が心配そうに振り向き様に覗き込んだ。…ごめん、その体勢、首痛いよね。私は意を決して言葉を紡いだ。

「ーーまたね、天!日本での活躍、楽しみにしてるから!…途中で音を上げたりしたら承知しないからねッ」
とびきりの笑顔の私に天もキリッとした表情になる。
「ーー誰に向かって言ってるの。当然でしょ。ボクの活躍、ここにも届けてあげるからしっかり目に焼きつけときなよ!」
再び向かい合った私たちはハイタッチした。そして、天は旅立って行った…。

空へとまっすぐに向かう天が乗った飛行機を私は見上げた。

〈…ありがとう、天。たとえ頼まれたって絶対にあなたのこと忘れないから、覚えておいて〉

帰りに寄った本屋さんで日本のガイドブックを買ってみたーー気まぐれに。

END

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