運命だと思ってもいいですか?


忍足侑士の夢小説です。
ヒロインの名前は固定になります。
関西弁はニュアンスで読んで頂けたら幸いです。
氷帝学園へは中等部からの入学と設定しています。

中学校入学を控えた、とある夏の日に私はとある出会いをした。

「いってきまーす」
気をつけてね、という声に言葉を返し、外へと繋がる扉を開ける。蝉が鳴く道を目的地に向かって歩いて行く。夏休み真っ只中の今日の気温も連日の真夏日。確かに暑いけれど、どこか弾む心地の私の足取りは軽かった。あと少しで目的地というところで私は少し前で立ち止まって周囲を見回している人を視界に捉えた。背は高いけれど、自分と同世代のように思えた。
「おかしいなぁ…どっちやったっけ?」
近づく度に聞こえてきたのは特徴的な訛り口調だった。関西弁だ、と把握したと同時に明らかになにかを探している様子だとも理解した。
「あかん…サッパリやわ。迷ってしもた…はぁ〜」
「あ、あの!どうしたんですか?」
頭を抱えてお手上げ状態に見えたその人に私は思いきって声をかけた。すると、その人は驚いたように振り返った。目を見開いて私を見つめるその人に私は拙いながらも言葉を続ける。
「あ!突然ごめんなさい!その、歩いていたらあなたが立ち止まってなにか困っているみたいに見えたから声をかけたんです…それで、あの大丈夫ですか?」
若干早口になってしまった私の言葉を理解したらしいその人は、数回瞬きをしてから口を開いた。
「…あ、あーそうやったんやな。突然話しかけられてそらビックリしたけど、謝ることないで」
その人は柔らかな口調でふわっと微笑んだ。その仕草がとてもきれいで私はドキッとした。その人は頭を掻きながら少しバツの悪そうに続ける。
「実はこれから4月から通う予定の学校のプレレッスンなんやけど、その…どうやら迷ってしもたみたいでな…困っててん」
少し恥ずかしそうに眉を下げて笑うその人に私はピンっと閃いた。
「あ!それってもしかして氷帝学園ですか!?」
「え、うん。そうやけど。なんで分かったん?」
「実は私も今日そのプレレッスンを受けるんです!ちょうど学校に向かってるところだったので」
「ほんまか!?なら、悪いけど、俺も一緒に行ってもええやろか?一人やと辿り着ける気ぃしなくて」
「はい、もちろんいいですよ!一緒に行きましょう」
「おおきにな、お嬢さん」
再び柔らかく微笑んだその人にまたドキッとしたが、お礼と共に続けられた聞き慣れない呼称に驚いた。
「お、お嬢さん!?…って、誰ですか??」
「え、自分のことやけど?…あー自分っていうのは俺のことやのうて今、俺の目の前におるお嬢さんのことやで」
「そ、そうですか…って、あ!時間になっちゃう!学校もうすぐそこなので早く行きましょう!こっちです」
動揺して速くなっている鼓動を振り切るようにして私は先導して足を進めた。

無事に受付を済ませた私たちは学校の先生や関係者の人たちの案内で校舎を見て回った。その間、この氷帝学園の豪華さや素晴らしい設備に圧倒されてばかりだった。
「なんやえらい豪華やな、ここ」
「そうだね…ビックリだよ」
途中、私たちは笑い合いながら会話していた。いつのまにか自然に私も敬語じゃなくなっていた。

簡単な授業説明に加えてプレレッスンを受け、課外活動の説明に移った。ここからは決められた時間まで好きなところを見学していいと説明された。文武両道の学校らしく、たくさんの部活動があるようだ。その中でポーンという音が聞こえてきて私は目を向けた。
「テニス部かなぁ」
「せやろな。今の音、サーブやろ」
音だけで分かるらしい。どうやら私たちはテニスというスポーツに対してまったくの素人ではないようだ。
「…行ってみよか?」
「えっ」
「気になるんやろ?ほな、時間も限られとるし、行こか」
今度は私が先導されてテニスコートに向かった。

氷帝学園のテニスコートはまた圧巻だった。私たちはテニス部の顧問の先生や部長さん、副部長さんから説明を受けた。学校自体がいわゆるセレブといわれるような豪華さもあって、トレーニングルームや部室に至っても素晴らしい環境が揃っている。

「レベル高いなぁ、ここ」
「そうだね」
私たちは、いつのまにか言葉も少なめになりながら練習試合に釘付けになっていた。

ありがとうございました、とお礼を伝えて私たちは決められた場所へ戻ると、プレスクール担当の先生たちから締めくくりの話をされて解散になった。

「あっという間だったね」
「せやな」
気づけば時刻は夕方。きれいな夕焼けを見ながら私たちは一緒に校門へ向かっていた。私は気になったことを聞こうとしたところで、あることに気づいた。
「あ、あのッ…ーー」
「ん?なんや、どないしたん?」
途中で不自然に言葉を止めた私にその人は顔を向けてきた。
「お嬢さん?」
その呼び方にまたもやドキッとする。
「その…名前を」
「名前?…あー、せやった。ハハッ、俺らまだお互いの名前知らんかったんやな。なんでやろか…お嬢さんとは自然に話せてたから忘れとったわ」
声を上げて笑うその人の笑顔に私の顔は赤くなっていく。理由は分からない。
「そ、そうだよね!お互い名前知らなくても話せてたから…名乗るの忘れちゃってた」
アハハと頭を掻いて笑う私にその人は少し目を細めた。
「今日はほんま助かったで。俺、大阪から越してきたばかりで土地勘がのうて…お嬢さんが声かけてくれるまで途方に暮れてたんや。せやから、ほんまにありがとう。おおきに」
「う、ううん!無事にプレレッスンを受けられて良かったね」
「ほんまにお嬢さんのおかげや。…それにな、自分と一緒に受けられて楽しかったで」
その人の言葉に思わず顔を上げると、優しげな目と視線が重なった。…この人、本当にきれいだ。ハッとして視線を下げてしまった。
「わ、私も一緒に受けられて楽しかったよ」
「そうか、なら良かったわ」
私は伺うように顔を上げると、端正な横顔が視界に入った。…横顔もきれい。こんなにきれいな男の人いるんだなぁ。
「なぁ、お嬢さんはこの学校に通うんか?」
突然の質問はその横顔が捉えている校舎を見てのものだった。
「えっ…う、うん!今日、プレレッスンを受けてとっても気に入ったから」
「さよか」
「…あなたは?通わないの?」
そうだ…まだ私も名乗っていなくて、名前を教えてもらっていないから、呼称がこうなった。人生で初めて言ったよ。
「俺か?うーん、どうやろなぁ…他のところも見たいし検討中やな」
自分の眉が下がったのを感じた。なんでだろう…勝手に一緒に通えるんだって思ってたみたい。
「せや、まだ名乗っとらんかったな」
たとえ同じ学校に通えなくても、名前を知りたい…もしかしたら今日しか会えないのかもしれないけど。
「忍足侑士や。お嬢さんは?」
「綾瀬美咲です」
「綾瀬美咲ちゃんやな。よし、覚えたわ。ほな、今日はほんまにおおきにな。気いつけて帰るんやで」
その人ことーー忍足侑士くんは、手を振って校門を出て行った。
「…ちゃん、なんて…し、しかも、男の人に…そんなの小学校低学年以来…いや、もしかしたら初めて?かも??な、なんだか新鮮…」
残された私は忍足侑士くんが置いて行った、ただ一言にしばらく立ちすくんでしまった。
「なんだか不思議な人だったな…」
今日初めて出会って、なんだか自然に隣に並んでプレレッスンを受けて、さっきまでお互い名乗らずに会話もできていた。こんなの初めてだ。どうしてか分からないけれど、顔が熱くなってる。と同時に少し、胸が痛んだ気がしたーー…。

「いってきまーす」
お母さんたちも後から行くからね、という声に返事をして、外へと繋がる扉を開ける。真新しい制服に身を包み、通学路を歩いて行く。今日から始まる新しい学校生活にほんの少しだけ不安もあったが、上回る期待に足取りも軽かった。もう少しで校門というところで、私は昨年の夏休みに受けたプレレッスンのことを思い出して足が止まってしまった。
「あの日、ちょうどここで会ったんだっけ…」
一緒にプレレッスンを受けた関西弁が特徴的な忍足侑士くん。とても同い年とは思えないほど大人びていて、私の周りで初めて出会ったタイプの人だった。特別な1日になったあの日のことを思い出して、新しい制服も、軽かった足取りもどちらも重く感じられた。
「今日から新しい生活なのに…晴れやかなはずなのに…」
気持ちが晴れない。そう思っていた時、背後から声がかかった。
「どうかしたんですか?なにか困りごとですか?」
忘れもしない、聞き間違えもしない。一度会っただけだけど。勢いよく振り返った私の目にあの日出会った彼が映った。ただでさえ驚きを隠せていないのに、彼の服装にさらに目を見開いた。
「また会うたな、お嬢さん」
「!お、忍足くん!?そ、その制服ッ…」
「ん?ああ、これか。あの後、他の学校も見て回ったんやけど、やっぱりここが一番やなって思ってん…せやから、俺も今日から氷帝学園の生徒やで」
あの日のように柔らかく微笑む彼にどうしよう…なんだか涙が出そう。また会えた…!なにも言えないでいる私に気づいたのか、気づいていないのか、忍足くんは腕時計を確認し、あの日はかけていなかった眼鏡を押し上げて告げる。
「ゆっくり話してたいところやけど、そろそろ時間やな。ほな、行こか」
ポンっと私の頭を軽く叩いて忍足くんは先導して歩き始めた。私はどうしてか集中していく頬の熱にとまどいながらも、慌ててその背中を追いかけた。少しだけ歩いていた忍足くんは、立ち止まって振り向いた。そして、隣に私が立ったところで再び歩き出した。
「ふふっ。なんだかあの時と反対だね」
「プレレッスンの時か?そうやな、あの時はお嬢さんが俺を先導して歩いてくれてたもんな」
なんだかおかしい。おもしろい。足取りもまた軽くなった。家を出た時よりも。でも、一つだけ…やっぱりお嬢さん呼びはこそばゆいよ。
「改めて、これからよろしくね!忍足くん」
「ああ、よろしくな。美咲ちゃん」

さぁ、氷帝学園の正門はすぐそこだ!

(桜舞う4月の入学式の日、私はとある再会をしたーー…)

END

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