その先の未来のために


IDOLiSH7・七瀬陸の夢小説です。
ヒロインは小鳥遊紡ではありません。

その日、病院を出て中庭を散歩していた私の耳がふと音を捉えた。なんだろう?と思ってその音をたどってみた。
「こっちから聞こえる…あ、あそこかな?」
突き当たりを曲がると、そこには赤い髪の男の子が歌を歌っているのが見えた。その子は晴れた庭で空に向かって軽やかに歌を口ずさんでいる。すぐに分かった、とても上手いと。聴き終えた私は無意識に拍手をしていた。男の子がそれに気づいてこちらを向いた。一気に緊張が走った。
「あッ、その、ごめんなさい!勝手に聴いてそれでッ」
謝る私に男の子はふっと笑った。
「ううん、いいよ。気にしないで。むしろ…その聴いてくれてありがとう!嬉しいな」
えへへと少し照れたように笑うその子に安心しながらとても安らいだ気持ちになった。
「オレ、七瀬陸。君は?」
「あ、私は棚木夕利亜」
「夕利亜ちゃんだね!よろしく」
「!よ、よろしく」
笑顔で手を差し出してくる男の子、七瀬陸くんに手を重ねた。眩しい笑顔にドキッとした…。人懐っこい人だなぁ。おいでよ、と陸くんに促されて一緒にベンチに座った。
「夕利亜ちゃんはどうして病院にいるの?」
「私のお父さんが病院で働いてるんだ。忙しいと病院に泊まり込みの時もあるからお母さんとお父さんの着替えとかいろいろ持ってきたの」
「そうなんだ!お父さん、お医者さんなんだね」
「うん!えーと、名医なんだよ」
私は最近覚えた言葉を嬉しくて言ってみる。陸くんも微笑んでくれたが、やがてその顔が少しだけ悲しくなったように見えた。
「そっか、名医なんだ…」
「…陸くん?」
どうしたの、と聞く前に陸くんは空を仰ぎ見ながら願うように口を開いた。
「ーーオレの病気も治してくれないかなぁ」
その時ようやく気がついた。陸くんが普通の洋服ではなく、なんて言ったっけ…あ、確か病衣を着ていることに。そうか、陸くんはここの病院の患者さんなんだ…。
「陸くん、どこか病気なの?」
気になって聞いてしまった。
「うん…喘息なんだ。子供の頃からずっと入院と退院を繰り返してばっかりで、満足に学校にも行けてない」
俯いて話す陸くんに申し訳ないことを聞いてしまったと感じた。私はなんて言っていいか分からなかったけれど、勝手に口が動いていた。
「そうなんだ…それは寂しいね」
この言葉が適切だったかは分からない…けど、子供だったから許してほしい。…陸くんの顔は曇ったままだ。なにか明るい話をしたいのに浮かばない。私がそう葛藤している隣で陸くんは再び顔を上げた。
「うん、でもオレには天にぃがいるから!」
「天、にぃ?って誰?」
「オレの双子のお兄ちゃん!すっごく優しくてかっこいいんだ!今度紹介するね!」
そう告げる陸くんの顔はさっきまでの鬱々としたものはすでになく、とても誇らしさで満ちているように思えた。

それから私はお母さんと病院に行く度に陸くんのところへ顔を出した。
「陸くん、こんにちはー!」
「こんにちは、夕利亜ちゃん!来てくれたんだね」
「うん!今日はねー、こないだテレビでやってたオススメの本を持ってきたよ!おもしろかったから陸くんに貸してあげる」
「いいの!?わーい!やったー!オレ本読むの好きだから嬉しい」
「よかったー!」
陸くんの好きな本の話や歌の話とかをたくさんした。途中で陸くんのお兄ちゃんの『天にぃ』のことがよく入ってきたけど。…そういえばまだ会ったことないなぁ。

その日も病院を訪れた私は陸くんの病室へ向かって扉をノックした。いつもは陸くんの声が返ってくるけれど、その日はいつもと違って静かに扉が開けられた。現れたのは、見覚えのない男の子だった。…あれ?病室を間違えたかな??私が内心焦りながら様子を伺うと、相手も私を見て戸惑っているように見える。どうしよう、と思っていたら相手の方から尋ねられた。
「ーーここは七瀬陸の病室ですけど、どなたですか?」
礼儀正しい!絶対私と同じ年ぐらいだと思うのに。そう思った。なんとなく鋭い視線を感じながらも、その奥には不安が宿っているようにも見えた。そりゃそうだよね…いきなり知らない人が訪ねてきたんだもん、はい、あの頃の自分を反省。…ん?見覚えのない人なのにだんだんとどこか知ってるような気もしてきた。すごく近いわけではないけど、やっぱり近いような。そして、私は分かった。思いきって口を開いた。
「ーーあのッ、もしかして『天にぃ』さんですか??」
見知らぬ私の口から自分を呼ぶ弟の呼び方を聞いて、その人は目を見開いた様子だった。…あれ!?違ったかな??私は焦っていると、その人はなにかに気づいたように再び口を開いた。
「…もしかして、君は陸の友達?」
「え…あ、はい。陸くんの友達です」
陸くんの友達だと告げると、その人は肩の力が抜けたように息を吐いた。そして、柔らかく微笑んだ。
「ーーそっか、君が…。うん、ボクが『天にぃ』だよ。はじめまして、七瀬天といいます。七瀬陸の双子の兄です」
よろしく、と言って手を差し出す。その仕草が陸くんと重なった。なんだか安心して私も手を重ねた。
「はじめまして、棚木夕利亜といいます。よろしくお願いします」
互いに名乗り終えたところで、天くんは私を陸くんの病室へ招き入れた。ベッドを見ると陸くんはすやすやと眠っていた。
「さっき眠ったところなんだ。せっかく来てくれたのにごめんね」
「あ、ううん!こっちこそいきなり来てごめんね!…ってごめんなさい、もっと静かに話すね」
少し声を大きくしてしまった私が謝ると天くんはおかしそうにふふっと笑い始めた。
「?…天くん?どうかした?」
「ごめん…あまりにも君が素直で、陸が言っていたとおりの子だなって思っただけ」
「り、陸くんが私のことを話してたの!?」
「うん。自分のことをよく気にかけてくれるすごくいい子だって」
「そう、なんだ…」
顔に熱が集中していく。嬉しかった。天くんは再び陸くんに目を向けた。その横顔は似ていないのにやっぱり似ていた。柔らかい微笑みも少しだけ寂しそうな表情も。その時、私は自然と口にしていた。
「ーー天使みたい」
え?と驚いたような顔で私を見る天くんに内心慌てた。けど、特になにを言うわけでもなく、天くんは陸くんを見つめる。
「うん…陸はボクのことを天使って言ってくれるけど、ボクにとっては陸が天使なんだ」
「二人とも天使だよ」
思いがけない私の言葉だったのか、天くんは目を瞬いてから照れたように少しだけ俯いた。だって弟を愛おしそうに見つめる天くんも、私には天使に見えたから。しばらくして、天くんが私に向き直った。
「ーー陸の友達になってくれてありがとう。これからも陸のことをよろしくお願いします」
とても丁寧に頭を下げてお願いされた。私も同じようにして頷いた。…どうしてそんなにまで丁寧にお願いされたのか、子供の私には分からなかった。

数日後、私が向かった陸くんの病室の前から苦しそうに咳き込んでそれでもなにやら叫んでいる陸くんの声とそれを宥めているおそらく陸くんのお父さん、お母さんの声が聞こえてきた。内容は分からなかったけど、陸くんがすごく悲しんでいること…泣いていることだけは分かった。…あんな声聞いたことない。あんなに苦しそうな陸くんも…ッ。いてもたってもいられなくなった私は恐怖心もあってその場から逃げるように走った。…ごめんね、陸くん。次に会った時にまたたくさん話そう。ーー持っていた数冊の本を胸に抱きながら思ったけれど、次の機会が訪れることはなかった。

気持ちも落ち着いていつものように陸くんの病室へ向かった私が見たのは、なにもなかったように空になった部屋だった。呆然とする私に看護師さんが陸くんは退院したと教えてくれた。それは嬉しいことだった。だってずっと入退院を繰り返してきた陸くんが元気になれたのだから…嬉しいことの、はずなんだ。ダメ…喜ばなきゃ。悲しいことなんて、ないと言い聞かせて私は涙を拭った。

ーー会えなかった、陸くんに。けど、逃げたのは私だ。ごめんなさい…

高校を卒業した私は医者のお父さんの背中を追うように、医学部に進学した。陸くんと出会って喘息という病気を知っていく中で、私には夢、目標ができたから。勉強は大変だけど、毎日充実している。キャンパス内の食堂に腰掛けてコーヒーを飲む。

…陸くん、元気にしてるかな

そうもの想いに耽っていた私の耳に他の学生が流し出した音楽が聴こえてきた。普段なら聴き流していたかもしれない…けど、その歌声にとても聞き覚えがあった。わいわいと話して口ずさんでいるその学生たちの声も煩わしいほど、(流してくれてありがとう、感謝しています)私は耳を傾けた。

{♪〜時代を〜駆けてく〜♪}

聞き覚え、ありすぎた…気づけば涙が流れてた。楽しそうなその曲は続いていく。…もっと聴きたい。曲を再生しているその学生たちと友達になろうかな。

しばらくしてお昼休みも終わる頃、食堂も人がまばらになっていた。気持ちが落ち着いてきた私も午後からの準備にとりかかる。

さっきのは間違いなく、陸くんの声だ。初めて会った時に歌っていた彼の声…懐かしい。なぜ彼が歌っているのかは分からない。あとで調べようと決めた。冷めてしまっている残りのコーヒーを飲み干し、一度伸びをしてから私は食堂の外へ足を向ける。直前で紙コップをゴミ箱へ捨てた。

外はあの日の中庭と同じ快晴。なんだか体も軽い気がした。…よし、午後もがんばるぞ!

ーーいつか陸くんの病気の役に立てる未来を信じて。

END

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