いつか、また…


IDOLiSH7・逢坂壮五の夢小説です。
ヒロインは小鳥遊紡ではありません。

FSCグループの御曹司・逢坂壮五さん。彼と初めて会ったのは、社交界で著名な方々が揃ったとあるパーティーだった。
「はじめまして。逢坂壮五と申します。宜しくお願い致します」
そう精悍な声で告げた彼からは、とても真面目で物静かな印象を受けた。ああ、この人がいずれFSCグループを継ぐ人なんだと思わせる無言の説得力のようなものがあった。上品な振る舞いに人への気遣い、テーブルマナーなど全てにおいてそれを物語っていた。けど、ただ一つ、たった一つだけ気にかかったことがあった。それは彼が時折ふと見せる寂しげな表情。なにもかも恵まれている彼がなぜか見せるその顔が私の胸に焼きついた…なぜそんなにも?そう思うでしょうか?それは、私が彼の婚約者だったからーー。

私が生まれた家は逢坂家のFSCほど大きくはないが、それに次ぐ名家だった。幼い頃からバイオリンやピアノ、日舞など名家の娘としてふさわしい英才教育を受けた。それに不満はなかった…けれど、ときどき学校終わりに遊びに行く級友たちを見て羨ましく思ったことも正直ないとは言いきれない。私はいつもお稽古や勉強という日課だったから。本当は公園で思いきり遊んでみたかった。言ったことはないけれど。

「はじめまして。逢坂壮五と申します。宜しくお願い致します」

初めて壮五さんに会った時、柔らかい声や表情の中にどこかなにものも寄せ付けないような、なにかを諦めているような、そんな危うさを感じた。私の周りにもよくいるようなイメージのいわゆる御曹司ではなかったんだ。…それがどうしてなのか気になったから、両家の親が退席して二人になった時に話しかけてみた。
「改めて、壮五さん。はじめまして。水無月小彩と申します。宜しくお願い致します」
頭を下げる私に壮五さんも同じように会釈をする。仰々しい挨拶はここまででいい、かな?
「ーー堅苦しい挨拶はここまでにしませんか?」
「…そうだね。僕もこれ以上は息苦しいかな」
私の提案に最初は面食らった顔をしていたのも一瞬で、壮五さんも一度深く息を吐いた。砕けて話そうと思っていたのにいざとなると言葉が出てこない私に壮五さんが先に口を開く。
「…先に謝っておくよ。気を悪くしたらごめんね」
「え?」
壮五さんの前置きに私は首を傾げた。彼はもう一度息を吐いてから続けた。
「…僕は君の婚約者ということになるけれど、正直実感もなにもないんだ。ーー君はどう?」
「え、わた、しは…」
「正直に言っていいよ。そもそも僕の方から言い出したことだし、気分を害したりしないから」
大丈夫だよ、と言う彼の顔は優しげだった。そんな彼に私の心もなんだか軽くなっていく気がした。
「ーー正直言うと、私も実感ないです…今日も急にお父様から言われて準備して何日も経たないうちだったので」
「やっぱりそうか…うん、僕も同じ感じだよ。だって僕たちまだ14歳だもの。どれほど大人びていたとしても、まだ子供な僕たちに実感させる方が難しいと思う」
驚いた。壮五さんはこんなにも、いわゆる御曹司然りとした人ではないのかと。…けど、妙に親近感が湧いたのも事実だった。だからこそ疑問が浮かんだ。
「あの、壮五さんはその…そんな風に言って大丈夫なんですか?」
「ん?ああ、家のこと?うん、もちろん父や母の前では言わないよ。あと極力他の人の前でも。…でも、どうしてかな。君には言ってしまったんだ。内緒にしてくれる?」
眉を下げて少し悪戯っぽそうに口に指をあてている壮五さんのかわいらしいお願いに私の頬も緩んだ。
「はい、もちろん」
「よかった、ありがとう。あ、そうだ。僕たちは同い年なんだし、敬語じゃなくていいよ。もっと気軽に話そう」
その日一番の笑顔を見せられた私の胸が高鳴った。彼はやっぱりきれいな人だった…。

それから私たちは"婚約者"として度々会食の機会を設けられた。しかし、それは表向き親の意向であって、意見が合致した私たちはその度に婚約云々とは全く関係のない世間話やプライベートの話などで盛り上がっていた。

「え!壮五さんって辛いものが好きなの??」
「うん、そうなんだ。あんまり自分じゃよく分からないんだけどね」
「ちなみにどれくらいの辛さまで平気だったりとかある?」
「うーん、普段の食事にもとりあえずタバスコは必須かな。よくすぐに一本を空にしちゃうんだよね。そんなにかけてるつもりはないんだけど」
「…それってよっぽどだと思う」
そうかな?と首を傾げる壮五さんに苦笑をせざるを得ない。儚い見た目からは辛いものが好きだなんて想像できないけど…なんだろう、壮五さんのことを知っていけることが嬉しかったんだ。そんなのは、初めてだった…。そうして、仲良く過ごしていた私たちだったけど、それは壮五さんが逢坂家を出たことで突然終わりを告げた。

耳を疑った。あまりにも突然だったから…なにも知らなかった。頬を涙が伝っていく。頭では事実を理解しているけれど、気持ちがぐちゃぐちゃでついていかない…。
「ーー壮五さんッ、私、なにも聞いてないよ?知らなかったよ??…ひっく。なんで?どうして急に…そう、ご…さん…」
仲が良いと思っていたのは、私の勘違いだったのかな…?

その後、私には新たな婚約の話が浮上しては消えてなくなっていた。その話がくる度に破談にしているのは誰でもない、私だった。父には怒られたし母には叱られた。だけど、私の気持ちは変わらないんだよ…
「ーー壮五さん以外、考えられない」
私はこんなにも頑なだったのだろうか?…いつからそんなにも彼が大切だったのだろう?ーーきっと、出会った時からかな。気づかないうちに惹かれていたんだ。

壮五さんへの想いをはっきり自覚した私はある決断をした。
「お世話になりました」
トランクケースに最低限必要なものだけをつめて家を出た。向かうはーー

某テレビ局。スタジオで今日も今をときめくIDOLiSH7はパフォーマンスを繰り広げている。
「次こっちー!」
「はい!」
CMに入ってタレントやアーティストが捌けると、すぐさまADたちが走り回る。そこになにか妥協があってはならないから。プロフェッショナルだ。
「CM明けます!5秒前…3、2…」
再びスタジオで撮影が始まった。セットのIDOLiSH7がトークを展開している。誰もが真剣にその様子を見守っている。

テレビ局をせわしなく駆け回っているADがいた。休む間もなく動いていたADだったが、モニターから流れてきたIDOLiSH7の映像に足を止めた。

『だよな〜。壮五はどう思う??』
『えっ僕ですか?僕も同じです』
『そーちゃん、今のはツッコむとこだろー』

彼らの軽快なトークに笑うスタジオの歓声もモニター越しに見てとれた。忙しく駆けずり回っていたADの頬も緩んだ。

「がんばってるね、壮五さん」

ーーあなたは、私の目標ですーー

END

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