素敵な偶然

TRIGGER・十龍之介の夢小説です。
ヒロインは小鳥遊紡ではありません。

エメラルドグリーンの海を見つめる青年が一人。彼はその真剣な目で来たるべき波を見定めている。やがて、風と共に向かってくる波を捉えて今だという直感に従い、彼は砂を蹴ったのだった。海に入った彼はボードを準備してタイミングよくその上に乗り上げた。海が、波が彼を歓迎する。そのあまりの上出来さに思わず彼は声を上げた。
「!やったーーーッ!!」
その大声に、その波乗りに、なんだなんだ?と周囲に人が集まってきていたのだった…。

「おかえり、夏凛」
「ただいま〜、お母さん。はぁ〜、あっつー」
「はい、お水。暑い中買い出し頼んで悪かったわねぇ」
「いいよ〜、夏休みだし。お水ありがとう」
母からコップを受け取った私は水を一気に飲み干した。うん…暑いからのどがすごく渇いてたんだ。けど本当はそれだけじゃなくてーー。私がそう考えていると、ガランッと扉が開く音がした。親子揃って目を向けると、数人の常連さんが顔を出した。
「よっ!森嶋さん、こんちは!もう入れる?」
「いらっしゃい!もちろんいいよー!みんな今日も早いねぇ」
お好きな席どうぞ、と声をかける母に常連さんたちが続いた。
「お、夏凛ちゃん!夏休みだなぁ。元気か?」
「こんにちは。毎日暑いけど元気ですよ!」
「そっか、そっかー。夏休み楽しんでな〜!」
途中、私にも声をかけてくれる常連さんたちとは子供の頃からの知り合いでとてもいい人たちだ。注文を伺う母に席に座った常連さんたちは、こんだけ暑いしやっぱりビールからだな〜と上機嫌で笑っている。了解!とカウンターに戻った母は地元名産のオリオンビールをジョッキになみなみと注ぎ始めた。似ても似つかない色なのに、その液体はなぜか波を連想させたーーそのことで脳裏にある光景が甦ってきていた…。

ーーあの人、誰だったんだろう…?

それは、先程母に頼まれて行った買い出しの帰り道のことだった。いつも通るビーチ沿いの道路を暑さを紛らわしながら且つその暑さも楽しみながら鼻歌混じりで私は歩いていた。
「ふんふんふーん♪」
もう少しで家に着くなぁ、なんて思っていた時、なにやらビーチが騒がしくなっていく様子が目に入った。…なんだろう?と不思議に思ったけれど、ビーチが賑わうのはなにも珍しいことではない。そのまま帰ろうとした私の耳に一際大きな声が聞こえてきた。
「あの人凄えよ!!あのッサーファー!!!」
しっかりと耳に入ってきたその言葉に私は思わずビーチへ目を向けた。すると、そこには遠かったけれど、人だかりができていてその奥には華麗に波に乗るサーファーの姿があった。…気づけば私は魅入っていて、帰るのが若干遅くなってしまったのだった。

沖縄で生まれ育った私にとって正直、サーフィンは特別珍しいスポーツではなく、ビーチを見ればよく数人のサーファーがいるのは普通のことだった。なのに、なんで??今日見たあのサーファーだけは…ずっと見てしまったんだ。離れていて遠かったし、どこの誰かも知らないのに。

店の手伝いをしながら、先程見かけたサーファーのことが頭から離れない。なんだか顔が熱い気もするけれど、今はもう夕方になる頃だし…きっと夕陽のせい。頭をぶんぶんと振って無理やり思考を切り替える。そこへ、ガランッと扉が開く音がした。ーーよし、気持ちの切り替えだ!…!?
「いらっしゃいませー!」
「こんばんは。予約してる十です」
「はい、十様、3名様ですね!お待ちしていました!個室はこちらになります」
出迎えようとした私は現れたお客様の姿を見て思考停止した。母が笑顔で対応してお客様を個室へと案内した。私は目の前を通り過ぎる3人をただ見ていることが精一杯だった。…嘘
「…夏凛、お冷お願いできる?…ん?かりーん!聞こえてる??」
母に呼ばれた声で私は我に返った。
「あッ!ごめん、お母さん。お、お冷だよね。はーい!」
私は大急ぎでグラスを3つ用意して母が注文を伺っている個室へ向かった。

注文を受けた母と入れ替わるように私は個室へ入った。
「お、お冷です…どうぞ」
声が裏返らなかったか心配だった。グラスを置く手も震えてないかな…?けど、目の前のお客様たちは特に気にする風もなく、メニューや内装を見たり、歓談していた。
「へぇ、なかなかいいお店じゃない」
「だよな。メシもうまそうだしな」
「二人にそう言ってもらえて嬉しいよ!」
目の前にいるとてつもなく美形の3名様…ものすごいオーラがあるけど、芸能人とかかな??いやいやいや!それよりもーー…緊張しながら一つずつグラスを置いていく中、ついに3つ目の番になってしまった。
「龍はこの店によく来てんのか?」
…"りゅう"っていうんだ。
「うん、ここって子供向けのメニューも豊富だからよく弟たちも連れてくるんだ」
知らなかった…そんなに来てくれてたんだ。
「そうなんだ。龍がそれほど気に入ってるお店の味、楽しみだな」
ありがとう!とまるで自分を褒められたかのように笑顔になるこの人こそが、私の緊張の原因…なんとか全部のグラスを置き終えた。私の仕事はとりあえず終わりだけど…去るにはとても名残惜しかった。だけど、これ以上ここにいては明らかに不自然だ。ーーあなたは、誰ですか?そう聞きたい言葉を飲み込んで私は個室を出た。聞けなかったことをすぐ後悔したけど…きっともうチャンスないよねーー

と思っていたら、お母さんに出来上がった料理を運ぶよう言われてものの数分も経たないうちに、再び私は個室に出入りを繰り返し始めた。…偶然とはいえ、これじゃあずっと緊張しっぱなしなんだけどッ。し、仕方ないか、手伝うと言った手前。私はもう何度目かの個室へ料理を運んでいた。
「お!うまいなこれ!!ビールに合う。よっしゃ!二階堂に教えてやろ」
「本当だ。おいしい!…ボクも陸に教えてあげようかな」
「ーー二人がそこまで気に入ってくれて俺も嬉しいよ」
スマホでラビチャ画面を起動させた楽と天は少しだけ頬を染めて視線を逸らした。にこにこと嬉しそうに龍之介は二人を見守っていた。…なんだかこの人、安らぐなぁ。と思っていた時、その人がこちらに向き直った。
「いつもおいしい料理をどうもありがとう!間違ってたら申し訳ないんだけど、もしかして君はここの娘さんかな?」
いきなりの問いかけに驚いたけど、なんとか口を動かした。
「は、はいッ、そうです」
「やっぱり!実は俺の親父が漁師なんだけど、同業仲間の人がここの親父さんらしくて、よく行くお店だから確認したかったんだ。合っててよかった〜!」
その人がとびきりの笑顔を見せてくれた。…顔が熱い。ドキドキが止まらないッ。
「ち、父のことを知ってるんですか?」
「うん。といっても親父を通して間接的にだけどね。その縁でここの奥さんのことも知って、そしたらお嬢さんがいるっていうからもしかしてって思ってね」
なるほど…というかすごい偶然だ。
「そりゃまたすごい偶然だな」
「だね。なかなかないよね」
「だよね〜!」
いつのまにかお客様たちで盛り上がっている中に私も混ぜてもらっている…偶然とはいえ嬉しかった。今なら、聞けるかな?聞いてもいい、かな??口を開こうとするより先に話が進んだ。
「そういや、龍。おまえ、また波乗ったんだって?」
「えっ!?なんで知ってるの??」
「だって、おまえ、だいぶ噂になってるぞ。さっきおまえらと合流する前に寄ったコンビニで聞こえてきた」
「あ、それボクも聞いた。泊まってるホテルのお店で聞こえてきたよ」
「ええ!?…本当に?」
うん、と即答されたその人はなぜか顔を青くした。…いやいやそれよりも私的にはもっと重要なワードがあった気がする!もう少しだけ聞かせてもらおうっと。
「ど、どどどどうしよう〜!?だ、大丈夫かなぁ!?」
「ーー今更焦るのかよ…ったく。まぁ、しちまったもんはしかたねぇだろ。次から気をつけろよな」
「楽に同意。でも、龍ってば気づかなかったの?結構ビーチでは人が集まってたって聞いたけど」
「いや、そのッ…確かになんだか人が集まってるなぁとは思ったんだけど、まさか俺のことで集まってるとは思わなくて」
頬をかきながら苦笑いをする龍之介に楽と天は盛大にため息をついた。
「なんかすごく龍らしいな」
「本当に。ま、だからこそいいんじゃない?」
「だな」
頷き合う楽と天に張本人の龍之介だけは目を瞬いてから微笑んだ(きっと分かってないなと天と楽は思った)。
「ーーあ、けど姉鷺にバレたらまためっちゃ言われるだろうな」
「そうだね。絶対にケガしないとは言い切れないし、それに目立つし…ボクがマネージャーでもしつこく言うよ」
「…姉鷺さんからの連絡が怖い」

「かりーん!次、これもお願いできるー?」
「はーい!」
個室を出た私は母の元へ足を向けた。その途中、先程の会話を思い出す。

ーーあれだけ緊張したのに…私が聞くまでもなく、分かっちゃった。やっぱり私が見たサーファーはあの人だったんだ…!プロ、なのかな?新たな疑問が浮かんだ。

数時間後、ご馳走様でした、と彼らは店を後にした。店内もお客さんはまばらで私もお母さんもひと段落といった感じだった。
「しかし、ものすごいイケメンの人たちだったわね〜!常連の十さんだけでもかっこいいのに、連れの二人も…なんてね〜!」
「そ、そうだね」
すっかり大興奮のお母さんとはまた別に私もドキドキが収まっていなかった。深呼吸をしていたら、備え付けのテレビから曲が流れ始めた。…ん!?こ、これってーー!?

『♪〜全部 越えてしまえばいい〜♪』

「つ、十さん…!?」
思わず声に出してた。だって、ついさっきまでうちの店にいた人たちがテレビに出ていたから…!混乱している私の横でお母さんは目を何度か瞬いた後、口元に手を持っていった。
「あらやだ!十さんたち歌手だったのね!?どうりであんなイケメンなはずだわ!…お母さん、ファンになっちゃいそう♪」
上機嫌なお母さんを横目に私はまだまだ落ち着かなかった。けど、本当にお母さんの言う通りである。あんなイケメンさんたちだもん…芸能人でも不思議じゃないよね。実際そうじゃないかなって思ったぐらいだし。それにしても私たち親子は芸能関連に揃って疎いのかな…?テレビ画面に映る十さんたちの紹介文を読む。
「今、流れているのはデビュー曲…アイドルだったんだ」
どうしよう…そんなすごい人たちがうちの店に来て、私とも話してくれて、サーフィンもしていてー!!…もうすっかりキャパオーバーだ。完全に顔が熱い。ーーこれは誤魔化せないや。

「また、お店に来てくれないかな…」

会いたいな、と心の中で呟いた。そして、いつか伝えたい。今はまだほんの少ししか知らないけれど、歌もダンスもすごく素敵!それから

ーーあなたの波乗りを見たいです、と。

END

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