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北の海の航跡をたどる〜『小樽・利尻礼文航路』 #6 小さな船体で島民の生活安定に貢献『第五むろと丸』

1976年(昭和51)12月、礼文島金田ノ岬で座礁した「新おたる丸」(446㌧)の事実上の代船として『第五むろと丸』(365㌧)が1977年(昭和52)6月から就航。

その前の1977年(昭和52)1月から5月までの「第三利礼丸」(224㌧)のあとを受けてのものである。

広報りしり(1977年/昭和52)6月号
第五むろと丸

『第五むろと丸』Muroto-maru  No.5
・竣工 1963年(昭和38)12月15日
・総トン数 365㌧
・全長 43.30m
・全幅 7.60m
・航海速力 12ノット
・旅客定員 212名
・小樽利礼航路就航 1977年(昭和52)5月〜1981年(昭和56)5月14日
✳︎1977年(昭和52)室戸汽船より購入

「第五むろと丸」は、就航してからの4年間に小樽と利尻礼文間を238往復し生活物資や建築資材、海産物を約4万2000㌧を運搬しました。

小さな船体で大いに島民の生活安定に貢献した船といえます。

1981年(昭和56)5月14日、最終航海を終え航路から離れました。

カーフェリー時代を迎えた小樽・利礼航路は、このあと、航路再興策としてカーフェリーを就航させることを決定。輸送力、観光客の増加を画策していきます。

最終航海を迎えた「第五むろと丸」(利尻島沓形港)

参考・引用文献
・「利尻の近代史Ⅲ 小樽利礼航路のあゆみ」
・「広報りしり No.124」 発行 利尻町役場 1981年 発行


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