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旗旒信号と海軍

はじめに

この頁では軍艦の使用する旗旒信号について取り上げます。軍艦が国際信号旗を運用する際の特徴やその他の信号についてまとめたいと思います。
あくまで船乗りでも何でもない人が書いてるし、これを航海の参照にしてはならないし(民間人が参照にするような内容でもないけど)、これにより生じた損害は負いません。

国際信号旗とは

「国際信号旗」(Internstional maritine signal flags)とは、国際的に定められた海上通信用の旗のことである。国際信号旗はアルファベット旗A~Zの26枚、0~9の数字旗10枚、回答旗1枚、不足する旗の代用として使用される代表旗3枚の計40枚で構成される。数字旗は三角形に近い台形であり、ペンダント,ペナント(pendant/penannt)と呼ばれる。一般に信号旗と言えばこれを指し、旗旒信号の根幹を成すものと言える。

国際信号旗40枚

国際信号書

国際信号旗の様々な意味を定めているのは「国際信号書」(International code of signals :ICS,INTERCO)である。国際信号旗と同様、旗旒信号の根幹を成す。各旗の意味は他へ譲り、この頁では軍艦に関係のある部分を取り上げる。

NATO信号旗とは

ついでに今後何かと出て来るNATO信号旗についても述べておく。NATO信号旗は国際信号旗とは異なり、NATO等主に西側諸国の海軍(海自含む)が使用しているオリジナルの信号旗である。

NATO信号旗一覧

NATO信号旗は上の様に0~9の数字旗10枚、その他様々な意味を持つ旗が17枚、第四代表旗の計28枚で構成されている。尚、訳に関しては人や組織によって微妙に異なる場合もある。

軍艦と回答旗

国内での認識

「回答旗」は通常、相手の信号を読み取った際や相手へ返答する際、また数字関係の際は小数点として使用されるが、軍艦の場合特別なルールが存在する。
海自関係やミリオタの人はご存知であると思われるが、それは「軍艦が国際信号書を使用する場合、先頭に回答旗を揚げる」「軍艦が民間船と交信する時は一番上に回答旗を揚げる」と言うものだ。つまり読む側からすれば、「軍艦が回答旗を揚げていたらその信号は国際信号書のもの」と言うことである。これは日本に居れば支障は無く、殆ど正解である。しかし微妙な違いがある。

国際信号書の規定

シンガポール海軍「フォーミダブル」に揚がる信号旗

上はシンガポール海軍フリゲート「フォーミダブル」(RSS Formidable)が2019年10月に来日した際の写真である。"回答旗-RY"「貴船は本船が通過するとき徐行されたい」と信号旗を揚げている。一番上に回答旗があり、その下は国際信号書を見れば分かる。ではこのような運用は何に基づいているのだろうか。
ここで2つの文書を取り上げたい。第1に国際信号書、第2にNATO信号書である。
国際信号書とは先述の通り、信号旗による通信の根幹を成す文書である。この国際信号書のcahpter1,section5の8にこのような規定がある。

軍艦に於ける回答旗の使用方法
8.軍艦が民間船との交信を希望する時は、回答旗を目立つ場所に掲げる必要がある。尚且つ、交信を行っている間は回答旗を掲げ続けなければならない。

INTERNATIONAL CODE OF SIGNALS

つまり国際信号書では「軍艦が民間船と交信する時は一番上に回答旗を揚げる」という規定を定めているのである。
ここで1つ疑問が生じる。では、軍艦同士の交信なら回答旗は不要なのか?という点である。

NATO信号書の規定

英空母クイーン・エリザベス出港の様子

上の写真は2021年9月、来日した英空母クイーン・エリザベス(HMS Queen Elizabeth)が横須賀を出港する際の様子である。手前にマストだけ移っているのは海自の特務艇「はしだて」だ。そのマストには”回答旗-UW”「ご安航を祈る」と揚がっている。この状況はどう考えても軍艦同士の交信である。国際信号書の規定に従えば回答旗は不要の筈だ。
ここで登場するのが第2の文書、NATO信号書である。

NATO信号書ことATP-01

この「NATO信号書」の正式名称は「ATP-01, VOLUME II ALLIED MARITIME TACTICAL SIGNAL AND MANEUVERING BOOK」である。日本語に訳せば「同盟国海上戦術信号及び作戦展開書」的な感じである。
このNATO信号書はNATO加盟国は勿論、その他大体の西側海軍が共通して使用している信号書であり、海上自衛隊も例外ではない。先述の通りNATO信号旗というオリジナルの信号旗を定めている他、国際信号旗に独自の意味を持たせている。とまぁ、西側海軍が広く使用している信号書であるという認識で大丈夫だろう。
この信号書のchapter1,117「国際信号書」の項に以下の様な規定がある。

117. 国際信号書
国際信号書の信号は、単独又は複数で当信号書の信号と組み合わせて使用することが出来る。国際信号書の信号を使う際は国際的な手順に則り通信を行わなければならない。(訳注:国際的な手順とは、国際信号書に則った手順を指すと思われる。)
(1) 軍艦が国際信号書を使用する場合、旗旒信号を用いる時は回答旗を信号の前に揚げる。モールス信号、音声、手旗信号を用いる場合は、INTERCOを信号の前に付ける。(訳注:INTERCOはInternational code of signalの略である。)
(a) 国際信号書のみの信号を使用する場合、回答旗又はINTERCOの後にタックライン(Tackline.訳注:旗旒信号上ではスペース,空白で文書上で示す時はダッシュ”-”で示されるもの。信号上の混合、曖昧さを避けるために挿入される。)を続けて、それに続く信号が国際信号書に基づくものである事を示すことが出来る。信号が1つのグループから構成されている場合は、タックラインを省略することも出来る。
(b) 当信号書の信号が国際信号書によって補足されている場合、回答旗かINTERCOを国際信号書の信号の前に置き、それに続く信号のみが国際信号書から引用されている事を示す。
(c) 旗旒信号の場合、回答旗に先立つ当信号書の信号を含むコールサインは、応答、繰り返し、質問、取り消しの意味で使用される。複数の信号の場合、回答旗を上部に掲げたまま国際信号書の信号を揚げ下げする事もある。いずれの場合も、コールサインと回答旗を下げた事が信号の終了を意味する。
(2) 軍艦でない船や基地、同盟国に所属していない軍艦と通信する場合には、国際信号書を参照する。

ATP-01, VOLUME II,chapter1,117International Code of Signals

長いので重要な所(a)を端折ってまとめると、「国際信号書を用いる時は先頭に回答旗を揚げる」と言うことである。つまり通信の相手が軍艦だろうが民間船だろうが関係なく、「軍艦が」国際信号書を使用する時は回答旗を揚げる必要があると規定しているのである。言ってみれば、国際信号書の規定「軍艦が民間船と交信する時は回答旗を揚げる」を拡大した様なものだ。

NATO信号書の適用外の国

しかし忘れてはならないのが、このNATO信号書が適用されない海軍もあるということである。日本からすれば、その代表格はロシア海軍と中国海軍である。

"UW1"を回答旗無しでロシア艦に揚げる駆逐艦「南昌」

上記写真は2021年10月、中露合同演習の「海上連合-2021」で日本一周をした後の分航式でロシア艦に"UW1"「貴艦の協力に感謝する。ご安航を祈る。」を揚げている055型駆逐艦101「南昌」である。
この場合
①中国海軍なのでNATO信号書の規定「国際信号書を用いる時は先頭に回答旗を揚げる」は適用されない。
②相手は軍艦なので国際信号書の規定「軍艦が民間船と交信する時は一番上に回答旗を揚げる」も適用されない。
従って、回答旗を使用することなく"UW1"を揚げているのだと考えられる。

米露艦艇用補足信号

ここでは国際信号書の付録にある米露艦艇用補足信号(U.S./RUSSIA SUPPLEMENTARY SIGNALS FOR NAVAL VESSELS)について触れる。
これは通常の国際信号書の意味に追加をするもので、より軍事色の強い信号も含まれている。
例えば通常の国際信号書にある信号(以下ICSとする)の"RT1"は「貴船はどのような操作を実行するつもりか?」であるが、補足信号(以下SS)にある"RT2"は「本艦は貴艦の左舷側を通過するつもりである。」(I intend to pass you on your port side.)を意味する。”RT3”(SS)は「本艦は貴艦の右舷側を通過するつもりである。」(I intend to pass you on your starboard side.)と、ICSから派生させた様な意味を持たせている。

"RT2"を揚げるHMSディフェンダー

この写真は2021年6月23日、ウクライナのクリミア半島沖でロシア国境警備隊の艦船から撮影されたイギリス海軍45型駆逐艦「ディフェンダー」(HMS Defender)の様子である。同艦はロシアにより不法に占領されたクリミア半島のウクライナ領海を航行中、ロシア国境警備隊から警告射撃を受けた。この航行の自由作戦の最中、ディフェンダーは"RT2"「本艦は貴艦の左舷側を通過するつもりである。」を揚げているのを確認出来る。映像を撮影したロシア艦船とは反航しているらしく、旗旒信号とも一致する。
米露間とは言っているが、広く西側艦艇も使うものかも知れない。
他の例だと、"UY"(ICS)は「本船は訓練中。本船を避けられたい。」と言う意味となる。補助信号の"UY9"(SS)は「艦尾上でヘリコプターの運用を行う準備をしている/行っている。」を、"UY10"(SS)は「 本艦は砲のテストを行っている。」を、"UY11"(SS)は「本艦はミサイルのテストを行っている。」を意味する。こちらもICSの単に訓練を行っているという信号に具体的意味を追加しているものと言える。

"UY9"を揚げるロシア海軍フリゲート「グロームキー」

上の写真は海上連合-2021で日本海において中露が共同訓練を行っている様子。露フリゲート「グロームキー」が"UY9"(SS)「艦尾上でヘリコプターの運用を行う準備をしている/行っている。」を揚げている。
この様な信号もあるので、各自調べてみて欲しい。

行先信号

これは信号旗により自らの行先を示すもので、軍艦に限らず多くの民間船も揚げている。

"2代T"を揚げるフェリーとかしき

上写真は那覇港に入港する「フェリーとかしき」である。マストには"第二代表旗(以下、2代と示す)T"を揚げており、これは「泊ふ頭の係留施設に向かって航行する」を意味する行先信号である。
各港により信号の意味が異なるので、各海保のページ等で調べて欲しい。
あと多分ですが代表旗で始まるんだと思います。(多分ですので悪しからず…)

バース信号

これも自らの行先を示す信号であるが、行先信号とは異なり港内で着岸するバースを示すものであり、より局所的なものである。
ここでは海上自衛隊が使用しているものを取り上げる。

横須賀に入港する護衛艦「まや」

上の写真は横須賀に入港する護衛艦「まや」である。マストには"Desig Y1"が揚がっている。(内Desigと1はNATO信号旗。DesigはDesignation,指示の意)"Desig"は艦がバースに移動していることを意味し、"Y1"の部分は吉倉Yoshikuraの1バースを示している。横須賀本港の場合だと、吉倉桟橋はYで、逸見岸壁はHでバースを示す。

信号符字(コールサイン)

信号符字とは

民間船から軍艦まで、様々な艦船が固有に持つ呼び出し符号を「信号符字」(コールサイン)と呼ぶ。この信号符字を用いて特定の相手を呼び掛けて信号を送ったりすることが出来る。

横須賀に入港する米駆逐艦「ミリアス」

上の写真は横須賀に入港する米駆逐艦「ミリアス」である。彼女のマストには"NPLM"と信号符字が揚がっている。米艦が日本国内の港に入る時は信号符字を揚げていることが多い。恐らく、他の艦船から識別が出来、何かあった際には呼び掛けることが出来る様に自らの信号符字を示しているのだろう。
信号符字は大まかに2種類あるらしい。(一応日本国内の話としておきます…)まずは一定の規模を持つ艦船はアルファベットのみ、或いはアルファベットと数字を組み合わせた信号符字を使用する。例えば東海汽船の「橘丸」は"7JRC"、「さるびあ丸」(3代目)は"7KGA"である。また、海自の護衛艦「はるさめ」は"JSQO"、「みくま」は"JSNR"である。一方で東海汽船の「セブンアイランド結」は"JD4675"と、無線の呼び出し符号をそのまま使用しているらしい。
尚、国内の艦船の信号符字は官報に掲載されている。また、英米加豪NZ計5ヵ国(ANZUS/ファイブアイズ)やヨーロッパ等の艦船の信号符字はCALL SIGN BOOK FOR S HIPS ACP 113で公開されている。(少し古いけど…最新版はネットの海で見つけられていない…)

信号符字の規則性

軍艦の信号符字はアルファベット4文字から構成されており(無線呼び出し信号使用の場合は除く)、国や組織でその頭文字が決まっている(例外もある)。
海上自衛隊はJS--、アメリカ海軍や沿岸警備隊はU---、イギリス海軍はG----、カナダ海軍はC---、オーストラリア海軍はV---、ドイツ海軍はDR--、フランス海軍はF---、イタリア海軍はI---、オランダ海軍はPA--(水中処分船除く)、ニュージーランド海軍はZM--、ギリシャ海軍はSZ--、スペイン海軍はEB--、タイ海軍はHS--、トルコ海軍はTB--等である。
尚、中国海軍は一覧が公開されてないが、報道等から分かる限りではBN--である。
この様に、国の頭文字等から取っている場合もある。海自の場合はJapanese Shipの意が含まれているのかもしれない。
特にアメリカ海軍では信号符字で遊んでいる(?)こともあり、強襲揚陸艦「アメリカ」は"NUSA"、巡洋艦「バンカーヒル」は"NNBH"(Bunker Hillに掛けてる?)という具合である。

NATO信号書

先述の通り、海自を含む西側の海軍はNATO信号書を使用する。その中から極一部ではあるが取り上げる。
「軍艦と回答旗」の所で示した通り、西側の軍艦が回答旗を揚げていれば国際信号書に基づく信号であると識別出来る。つまり逆に言えば「回答旗無しで揚げている信号はNATO信号書に基づくもの」と言える。ここで忘れてはならないのは、行先信号や信号符字は例外であるということであるが。

国際信号旗に独自の意味を持たせたもの

F旗をあ揚げる護衛艦「いずも」

上の写真は2021年10月3日、海自の護衛艦「いずも」でF-35B戦闘機が発着艦試験を行った際に海自YouTubeで公開された「【ショート版】護衛艦「いずも」での発着艦検証作業」から引用加工したものである。
マストには回答旗無しに"F"が揚がっている。回答旗が無いことから国際信号書のものではなく、NATO信号書を参照することが分かる。
以下、NATO信号書からF旗の意味を引っ張って来ると

半揚:風の他は航空機の運用準備良し。
全揚の後半揚:一時的に(約10分)航空機の運用が遅れている。
全揚:本艦は航空機を運用している。
降下:航空機の運用完了。

ATP-01, Vol. II CHAPTER 2 Single Flags and Pennants 201 Single Alphabetical Flag Table

という意味になる。これと同様、アルファベット旗に様々な意味を持たせている。(アルファベット全てを紹介すると長くなるのでまた別の機会を設けたい)

不在旗

これは代表旗を用いて艦長や司令の不在(=艦に居ない)を示すものである。

護衛艦「てるづき」に揚がる不在旗

これもNATO信号書に規定のあるもので、右舷に"1代"が揚がっていれば「司令不在」を、左舷に"3代"が揚がっていれば「艦長不在」を意味する。尚、不在の時間は72時間以内で、この規定は港内のみで使用されるものである。
実際によく見かけるのは1代と3代であるが、"2代"は「参謀長の不在」を意味する。

その他NATO信号書に基づくもの

この他にも無数の信号が規定されているが、訳し切れる量ではない。2代から始まり艦の行動を示すものやら何やらがあるが、また別の機会に…。

旗旒信号の識別

一概に、この旗を揚げているから○○だ、と断定するのは難しい。状況に応じて判断すべきである、ということを前提に目安程度に捉えて欲しい。また、先頭はこの旗だから○○…と順序立って識別するよりは全体を見て判断した方が良いと思います。

先頭の旗-回答旗の有無

軍艦(自衛艦含む)における旗旒信号で最も重要な識別点は、回答旗の有無だろう。回答旗を一番上に揚げている場合、国際信号書に基づいた通信を行っていると判断出来る。これを逆に取れば、回答旗を揚げていない場合はNATO信号書などに基づいた通信を行っていると捉えられる。
尤も、行先信号や信号符字のもある。先頭の旗が代表旗なら行先信号、港内かつ先頭が指示旗(Desig)ならバース信号だろう。

旗の枚数

旗の枚数が4枚やそれ以上で、信号書上意味の無い文字や数字の羅列であれば信号符字の可能性が高い。そうでなければNATO信号書等で検索して当てはめるしかない。

イベントなど

自衛隊外の人が軍艦や自衛艦を目にする機会で多いのは基地の開放や一般公開だろう。こうした際は上記の信号は余り出番がない。”UW2”「ようこそ」くらいだろう。信号旗のアルファベットで単語や短文を作ることの方が多い様に思う。代表的なのは"welcome"や艦名だろう。以下の旗を文字通り解釈すると言うNATO信号書の規定に従い指示旗Desigを先頭に揚げる律儀な人もいるが、あんまり多くは無い感じがする。物好きな人が乗ってると、下の写真の様に左舷は" I Love / Yokosuka "、右舷は"come on / DD-101 / Murasame(むらさめ) / thanks "の様な誰が読めるんだコレみたいな長い信号旗を揚げる艦もある。

護衛艦「むらさめ」の旗旒信号。長い。2019年8月3日、横須賀地方隊サマーフェスタにて。

あと通信に用いられているものではないが、満艦飾もある。灰色の多い軍艦に様々な色彩を与えてくれる。

最後に

軍艦が使用する旗旒信号を羅列してみた本頁ですが、もしかしたらここに無い使用方法もあるかもしれません…。また、この頁を見て信号旗や旗旒信号に興味を持ってくれれば幸いです。

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