無題72

古本屋の花が枯れていた話



ランドセルを背負ってる頃から通っていた古本屋に、久し振りに行った。
国道沿いにあるにも拘らず昼間でもなんとなく薄暗く、駅から歩くにはなかなか骨が折れるチェーン店。
近辺の系列店舗はわたしが知っているだけでも2店無くなっていた。
そもそもその通り自体が活気を失いつつあって、コンビニもレンタルショップもファストフードもゲームセンターもいつの間にか更地になっていた。回転寿司店だけ残っている。行列をつくっている。そこまでして寿司が食いたいか。食いたいんだろう。おいしいもんね。いつもお世話になっております。

古本屋はというと敷地に入った瞬間まずいと思った。
なにかわからないけれど空気のなかの、人を招き入れるみたいなものが薄くて、もやあとしていた。
今にも、という感じで。

からんからんとドアベルが鳴るとカウンターから2人分のいらっしゃいませが聞こえる。
よく声の通るわかりやすい挨拶。別にやる気を感じないとか覇気がないとかじゃない。なんなら店員さんの談笑が聞こえてくるので楽しそうなくらいだった。
昔と変わらない。いつも通りの声。



探している本があった。
発売から数年が経っていて、近くの書店にはもうなかった。絶対どうしても何をしても手に入れたい、というわけではなく、でもなんかずっと覚えていてどうせなら手元に欲しいかも。あったら買いたい。そういう本。
作者が聞いたらそれは取り寄せてなり電子でなり買ってくれよ、という話で、それが最善なのはわかっていた。

ゆっくりと奥に進んでいく。グッズの取り扱いが昔より遥かに増えている。推しのグッズありますかね。ないみたいです。あっお姉さんお仲間ですか。気まずいので離れますね。ちがうちがうこんなことをしにきたわけではなくて。

視界の端にコミュニケーションノートが映る。段になって数年前のものから置いてある。探したらあんのかな、幼いわたしが描いたちょっとアイタタめの落書きと文章。こわいので見ませんがね。

初めて古本屋という場所に足を踏み入れたとき。
たぶん、わたしは秘密基地を見付けたような気になったのだと思う。
書店とはちがう匂い、大人が本棚と本棚の隙間で立ち止まって本を開いている姿、小さな音を立てるのにも躊躇する静けさ。

とにかく読めればよかったし、限られたお小遣いの中でより安く欲しいものが手に入るならもっとよかった。
500円玉を握りしめて、床から天井まで伸びるように敷き詰められたたくさんの本を出しては眺め、悩んで諦めて計算して選んで買う。
それを繰り返して繰り返して歳を重ねた。

そしたら気付いた。


新しい本を買いたい
作者を応援したい
続きが読みたい


この欲求を満たすためには"買わなきゃ"いけなかった。
買いたいと思った。


本を新刊で買うようになった。
元々買っていなかったわけではないけれど、使えるお金が少しずつ増えていくにつれて、判断基準を尖らせていく。
発売されたらすぐに買う。
人にすすめる。
感想を送る。
自分の意思を、作品への思いを。
伝えると、届くかもしれないし届かないかもしれない。
でもないよりはある方が助けになるかもしれない。
そうなったらいいな


いつの間にか秘密基地には行かなくなった。
だって作者にお金入らないじゃん。
それに
前にテレビで本を書いている人が言っていた。
「読み終わっていらなくなった俺の本は売るくらいなら捨ててほしい」って。



ああ、これも欲しいな、これはちゃんと買う。あ〜〜これ迷ってるんだよな。うわこれ懐かし。
もしかしたら声に出てたかもしれないそんなことを思いながら、結局わたしは探していた1冊だけを買った。

もういちどからんからんとドアベルが鳴って外に出たとき、出口の両脇に大きさも種類もまばらな鉢植えが目に入った。
何の花かわからない。きちんと咲いてはいたみたいだった。
枯れていた。

どうしたらいいのかわからなかった。


恐ろしく寂しくなったのでまた近いうちに足を運ぼうと思う。
もう間に合わないのかもしれないけど。

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