「超訳百人一首 うた恋い。」について

新元号「令和」が、万葉集「梅花の歌三十二首」の序文からの出典とのことで、ネットや新聞など様々な媒体で万葉集や和歌の話題を目にする機会が増えてきました。

私は、プロフィールでも一応「和歌好き」と記してあるので、この突然の万葉集ブームになんとなくソワソワしている今日この頃です。 

「和歌好き」と言っても、私が和歌の魅力に目覚めたのは大体3〜4年前という極最近のことなのです。

恥ずかしながら、学生時代の古文の授業は常に眠気と戦っていた記憶しかなく、小倉百人一首を暗記する課題も何度か追試を受けており、しかも合格したら綺麗さっぱり忘れてしまうという体たらくでした。


そんな「にわか和歌オタク(声に出すと少し可笑しい)」の私が、和歌の魅力に取り憑かれてしまったのは、『超訳百人一首 うた恋い。』という漫画に出会ったからです。


この作品、漫画がヒットした後にアニメ化もされていまして、何の予備知識も無いままアニメを観てみたら、あまりにも面白くて、気付いたら漫画もBlu-rayも全巻揃え、百人一首の関連書籍も読み漁るまでハマってしまいました。

するとどうでしょう。あっさりと100首暗記していました。学生時代はあんなに苦労していたと言うのに。「好き」の力ってすごいなぁと我ながら感心しました。笑

万葉集が注目されている今、和歌への熱い想いを語りたくてウズウズしてきたので、今回は和歌オタクになったきっかけである「うた恋い。」の魅力について順を追って書いていきたいと思います。


1. 学習漫画と創作漫画の絶妙なバランス


まず、この漫画がどういった内容かと説明しますと。

鎌倉時代初期の1235年(文暦2年)、宇都宮頼綱の依頼で藤原定家が選んだといわれている百人一首。
現代ではカルタとして有名ですが、じつはその中身は、みやびな歴史を語るには欠かせないスーパースターが多数登場し、恋の和歌が43首も入った、ドラマチック&ロマンチックな詞華集です。
成立から千年近く日本人に愛され、詠い継がれてきた、人間ドラマ、恋愛ドラマが、31文字の中に閉じ込められています。
『超訳百人一首 うた恋い。』はそんな百人一首のうつくしくせつない数々のドラマを、わかりやすい超訳コミックでお届けする現代の百人一首絵巻です。

(公式HPより引用)  


現在刊行されていているのは1〜4巻とスピンオフ1、2巻です。各巻毎にテーマが設けられており、取り上げた和歌の作者や周辺人物を主人公にして、和歌が詠まれた経緯が描かれています。

「超訳」とは言え、歴史上の人物をキャラクター化しただけの創作物ではなく、東京大学大学院人文社会系研究科の渡部泰明教授の監修のもと、ちゃんと史実に基づいた上で展開されているので、学校の授業でも使用されているのだとか。

和歌が詠まれた背景や、歌人の想いが丁寧に描写されているので、和歌の意味やシチュエーションが想像しやすく、より深く理解することができます。
更に、撰者である藤原定家が、読者である私達「現代人」に向けて、時代背景や当時の恋愛事情を解説してくれるメタ的なコーナーもあり、とても分かりやすいです。

しかし、学習漫画のような堅さはなく、例えば大友黒主の作風を「ライトノベル」、紀貫之を「ネカマ」と説明するなど、現代的な感覚や横文字も取り入れ、コメディタッチで楽しく読めてしまいます。そのへんの匙加減が見事なのです。


2. 歌人へのリスペクトを感じる

私が尊敬する漫画家さんが「漫画でいちばん重要なのはキャラクターである」と仰っていたのですが、うた恋い。の登場キャラクターは、みんな個性的でキャラが立っています。キャラの向こうには実在した人物がいるので、当然と言えば当然なのですが、この作品においては、文献などの記述を基に「こういう解釈もできる」という想像の余地をこれでもかと拾って、「こうだったら面白い」という可能性を大きく広げてくれたのだと感じます。

私がうた恋い。のアニメを観ていて、心を鷲掴みにされてしまったのは、13番歌「つくばねの〜」の作者、陽成院こと貞明と、その妻・綏子の夫婦のエピソードでした。
よって、この夫婦が私の「推しカップル」なので、この二人を例に挙げて紹介します。


後世に伝わっている陽成院像といえば、「廃帝となった悲劇の天皇」だとか「奇矯な振る舞いの多い暴君」だとか、マイナスなイメージが先行しがちです。

しかし、妃である綏子内親王へ贈った「筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞ積りて淵となりぬる」の和歌は、うた恋い。的超訳によると「あるかないかの想いでさえも積もり積もって 今はもう君のことがとても愛しい」とあります。募る恋心を、川の流れが積もって淵となることに例えた、とても情熱的な恋歌です。

作中の貞明も、幼少の頃より粗暴者だと腫れ物扱いされ、猜疑心から余計に暴君として振る舞ってしまうひねくれ者として描写されますが、そんな彼に寄り添い、向き合おうとしたのが綏子でした。 彼女の真心に絆され、頑なだった心が徐々に解されていった貞明でしたが、人はそう簡単には変われません。綏子への好意を素直に口にできない貞明は、和歌に想いを託したのです。

この貞明というツンデレ男(※作中では「ツンギレ」と表現されています。「デレ」どころかキレ散らかすので。笑)、幼少期に在原業平に情操教育を施されたことにより、和歌では己れを偽れないという妙な性癖の持ち主として描かれます。 口を開けば暴言ばかりを吐く貞明ですが、ひとたび和歌を詠ませれば、綏子への愛が駄々漏れになってしまう憎めないキャラとして、夫婦揃って人気を博しています。

陽成院の和歌が勅撰集に採られたのは、この「つくばねの〜」一首のみで、歌人として優れていたという訳ではないようです。

「廃帝となった暴君」としてのイメージがある一方で、愛しい人への好意を表現したやさしい一首が残されている陽成院。どちらが真の姿なのか、それを知る術はありませんが、後者のような一面もあったのだと考えたほうが、楽しいような気がします。

このように史実を丁寧に拾い上げ、歌人たちを一人の人間として大切に扱ってくれているので、読者はキャラクターに好感を持て、和歌をより一層身近に感じられるのです。


3. 恋歌≠恋愛の歌


「和歌とは〜」みたいなことを言い出すと、うた恋い。の話題から脱線してしまうので、詳しくは別の機会に回しますが、これだけはどうしても伝えたいので書きますね。笑

小倉百人一首と言えば、撰者である藤原定家の好みが反映され、恋の歌が多いことで有名です。

その恋歌に主にスポットを当てて紹介しているので「うた恋い。」というタイトルなのだと思われますが、恋歌以外の和歌も取り上げられていますし、何より「恋」と「恋愛」は別物であるという考えから「うた恋。」ではなく「うた恋い。」表記なのかなと、私は考えています。

以下、シリーズ監修の渡部泰明教授のインタビュー記事によると。

「恋の歌」といいますが、恋と恋愛は違います。恋愛は極論すれば言葉は要らないのですが、恋は言葉を必要とする──表現に向かうことになる。恋は何かを追い求めていくという形を取りますが、それを第三者に伝えるために表現を磨き上げていくのです。

 (中略)
※75番歌「ちぎりおきし〜」の和歌が恋の歌としても読めるという例を挙げる。

百人一首には、そういう公的・社会的なことを詠みながら、恋の歌として読める歌が、結構あるのではないかとにらんでいます。恋は人間が生きているなかで、心動かされる全てと関わるのではないか。

──恋愛はいわゆる男女の間の関係、恋は手が届かない憧れを追い求めるような思いと考えればよいのでしょうか?

そうですね。「こふ(恋・乞・請)」んです。手が届かないからこそ理想なのですね。

出典
(Gakken Mook CARTAシリーズ ゼロからわかる!図説 百人一首/特別インタビュー「歌はプレゼント」/学研)より

好きだ惚れたの気持ちが、成就してから始まる関係を「恋愛」とし、成就する前、若しくは成就しない手の届かないものを「乞ふ」気持ちを「恋」と呼ぶとのことです。

つまり恋歌は恋愛感情のみに留まらず、誰しも一度は経験したことのある、何か手の届かないものを求める「こころ」を表現していると考えられます。

「恋とかむず痒いし、そんなに興味ないんだよなぁ」という理由で避けてきた方は、そう思って百人一首の恋歌を味わってみると、また違った印象を受けるのではないでしょうか。


4. 自分の「こころ」を言葉として残したのが和歌である


長々と語ってきましたが、ようやく最後の項目です。
ここまでお付き合いくださった方は、もう少しで終わりますので、せっかくですから最後まで読んでやってください。笑

百人一首の中で好きな和歌を挙げろと言われても、その都度変わるので困ってしまうのですが、頻繁に思い出す一首があります。

55番歌 大納言公任
『滝の音はたえて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ』
超訳(昔あったという見事な滝の流れる音はもう聞えないけれど 名前だけは残って今も語りつがれている)

枯れてしまった大徳寺の滝跡を詠んだ和歌です。
私はこの一首に、和歌の魅力が詰まっていると感じました。

和歌の中には、作者不明の「詠み人知らずの歌」が多く存在します。何処の誰が詠んだのかは分からないけれど、それでも歌だけは大切に語り継がれてきて、今も残っている。これは和歌以外の文化でも言えることですが、作者がこの世を去った後でも、作品だけは残る。これって本当に素敵なことだとしみじみ思います。

自分の考えを書いたり、人の考えを読んだりすることが好きなnoteユーザーの皆さまには、思うところがあるのではないでしょうか。

うた恋い。2巻にて小野小町、在原業平、文屋康秀が三人で月見をするシーンがあるのですが、後宮を離れてから苦労している小野小町が、かの有名な9番歌「花の色は〜」の和歌を詠んで、「自分の人生はこれで良かったのかしら」と想いを馳せます。そんな小町に、業平と康秀はこんな言葉を掛けます。

先ほどの和歌、人並に結婚をして、子供に囲まれていたら、詠めなかったと思いますよ。
あれこれ悩んできて、寄る辺なく過ごすあなただから詠めた和歌です。
それでいて聞く人を選ぶということもない。
人は大なり小なりみな後悔を抱えてますから…その心に触れる、いい和歌です。
(中略)
なにも出世だの子を残すことだけが自分を残す手段ではないんですよね。
私たちは歌人だから、自分が生きた証を和歌にして、人の心に残していける。
だからつらくても胸をはりましょう。
そしてこれからも、たくさん悩んで、自分の和歌を残していこうじゃないか。


(うた恋い。2巻より引用)

このように、うた恋い。では、自分の「こころ」を言葉にすること、書くこと、伝えることの素晴らしさや苦悩が描かれています。私も描くことに行き詰まる度に、この言葉を思い出して、自分を励ましてきました。書いたり、描いたり、作ったり、何かしら表現したい人には、きっと響く何かがあると思います。

『超訳百人一首 うた恋い。』是非お手に取って、何か感じてもらえたら嬉しいです。


最後に、作中で定家が語る百人一首への導入部分から引用させていただいて、終わらせていただきます。

苦しい恋に悩んでいた時
出世に苦労していた時
近しい人の死に悲しんでいた時

和歌が、それを詠んだ人が、ぼくを支えてくれる気がした。

今も昔も 人の悩みや喜びって変わらないんだなあって思うと……
心がすこし軽くなったんだ。

僕が選んだ百人一首に 君たちが同じようなことを感じてくれたらうれしいな。



(うた恋い。2巻より引用)


私がこんなに和歌を好きになれたのは、「うた恋い。」のおかげです。

小倉百人一首が後世に残ったこと。そして、それを題材に「うた恋い。」という素晴らしい作品を描いてくださった杉田圭先生に、心から感謝申し上げます。

素敵な作品との出会いを、ありがとうございました。


読んでいただきありがとうございます。いただいたサポートは、創作の糧にさせていただきます。