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【短編】それは奇跡ではなくて、ただの日常の一コマのように


 久しぶりの北海道の冬はとても痛い。胸が張り裂けそうなくらい、全身が凍りつきそうなくらい寒くて痛い。外気に晒されている頬の感覚も薄れてきたくらいには。

 12月12日、記念すべきゾロ目の日に私は北海道の大地で雪に降られていた。大通公園を駆け回るキラキラ輝くトナカイ。サンタさんを模したイルミネーション。幸せそうに出店を見て回る恋人たち。

 なんだか、ここにあるものすべてが私を傷つける気がしてくる。手に握りしめたホットココアはやけに熱いし、寒いはずのミュンヘン市は生暖かい空気に包まれてるし、君は変わらずに無表情だし。でも、そんなとこも好きなんだけど。

 雪でぼやける視界の奥に、愛しい君を見つけた。久しぶりに会った君を見つめていれば、君は降り頻る雪ごと私を抱きしめてくれる。

「久しぶり」
「1ヶ月も経ってないけどね」

 ココアを溢さないようにバランスを取りながら、空いている片手で抱きしめ返す。久しぶりの温もりはいつもより暑くて、感触も着込んでるおかげで厚い。

「ホットココアおいしい?」
「一口飲んでもいいよ」

 彼の口元に差し出せば、一口飲み込んでからなんとも言えない表情で口元を歪ませている。あいかわらず下手くそな笑顔に、胸の奥がツーンっと染みた。

 下手くそな笑顔を見ながら何を話していいのかわからなくて、遠くの方で聴こえる音楽の話を振る。クリスマスによく掛かっている定番の曲だ。

「なんだっけ、あの、君はもう戻ってこないみたいな英語のクリスマスの曲」
「ワム! のラストクリスマス?」
「あーそうそう。クリスマスの曲って、大体恋人待ってるよね」

 クリスマスって華やかで楽しくて、ワクワクするものなのに。クリスマスソングの歌詞の内容はどうしてこんなにも、寒いんだろう。大体恋人待ってたり、もう帰ってこなかったり、別れてたり。

 歌に自分自身を重ねて切なくなって、耳を塞ぎたくなるような内容ばっかりなんだろう。

「クリスマスまでには……なんて、無理だね」
「できる限りがんばる。まぁ、クリスマスまでは厳しいかな」
「そうだよね、言ってみただけ」

 強がってしまう私は、本当にみったくない。胸の奥の方に雪が入り込んでしまったようで、胸まで痛んできた。

 イルミネーションは馬鹿みたいにキラキラ輝いてるし、手を繋ぎ合う恋人たちはアホみたいに幸せそうだ。掛かってる曲もそう、私の心情なんて無視したように楽しそう。

「寂しいね」
「君は、寂しがりだからね」
「クリスマスまでには、なんて言わないから。早く私の元にきてよ……」

 上擦った声は泣き出しそうな私の気持ちごと吐き出していて、君はまた困ったように下手くそな笑顔を浮かべる。抱きしめてくれた君の温もりが、痛いくらいに私の胸を締め付けた。

「実はプレゼントあるんだけど、受け取ってくれる?」
「何、急に。クリスマスはまだ先だけど」
「クリスマスプレゼント、とは別になんだけど。僕しか君にあげられないもの。かな」

 改まったような言葉に抱いたほんの少しの期待を、甘ったるいココアで飲み干す。違った時に傷つきたくない。喉の奥に言葉が張り付いて、黙りこくったまま彼の方を見れば、言い出しづらそうにほっぺたを掻いてる姿。

 どちらも言葉を出さないまま、しばしの沈黙。彼が言い出そうとした瞬間、どこかで鐘が鳴った。

「こんなところで言うのもあれなんだけど」
「うん」
「これ」

 まごついた手でポケットを弄る。小声で「あれ」とか言ってたのは聞こえなかったフリしてあげた。

 格好つけなくていいから、普通で、平凡で代わり映えのない日々でいい。だから、ここからの君の人生全てが欲しい。

「結婚しない?」
「うん。結婚しよ」
「なんかムードもへったくれもなくなっちゃった。雪が降ってるイルミネーションの中で、とか、ロマンチックかなと思ったんだけど」

 それをプロポーズのすぐ後に言ってる時点で、ムードもへったくれもないんだけど。でも、それがなによりも君らしくて私は笑いを堪えられなかった。

「じゃあ、クリスマスプレゼントねだってもいい?」
「いいよ、あ、僕が買えないものだと困るけど」
「大丈夫、君にしかできないこと」
「なに?」
「これからの君の時間、全部私にちょうだい」

 少しカッコつけてしまった感はある。でも、君のムードもへったくれもないプロポーズを、私のプロポーズで上書きしてあげよう。少しだけロマンチックに。

 タイミングよく降り注いだ雪は、私たちを祝福してくれるシャワーのよう。この一瞬を切り取って、スノウドームにしてしまいたい。

 それくらい、幸せな気持ちが胸の奥に満ち溢れている。

「もちろん」

 君の震えた声が耳の奥に柔らかく響く。また、明日からは離れ離れだなんて淋しすぎる。幸せと寂しさが混じり合って顔がぐちゃぐちゃだ、踏みつけられた雪みたいに。

「帰りたくなくなっちゃうじゃんか」
「僕もこのまま帰したくないんだけど、ね」

 その言葉すら私をただ浮つかせる。どうしよう、今、世界で1番幸せかもしれない。

「たぶん、今、1番変な顔してる」

 顔を隠すように少し冷めてしまったホットココアをあおるように飲む。幸せをトッピングしたココアの甘さが口の中に残る。

「1番可愛いよ」
「くさい」
「求めてなかった?」
「嬉しかったけど、そういうのは君らしくない」
「まぁ、いいんじゃない? 今日くらい」

 そっか、今日くらい私らしくなくても、馬鹿みたいに幸せそうな顔でもいっか。

 北海道の雪は馬鹿みたいにキラキラ輝いていて、なんだかあったかい。悴んで真っ赤になった手を彼のポケットに滑り込ませる。

 握り返してきた彼の手の暖かさが、泣き出しそうなくらい優しくて胸がまた痛い。

<了>


お読みいただきまして、
ありがとうございました!

余談ですが
みったくない…… かっこわるい、ださい
という意味の北海道弁です!
私北海道出身でして。
クリスマスで真っ先に思い浮かんだのが、
北海道の冬の景色でした。

本当にキラキラで綺麗なので、
ぜひ、冬の北海道に訪れてみて欲しいです!


この作品は、
蜂賀三月さんの
アドベントカレンダー参加作品です!


明日は、
射谷 友里さん✨

楽しみに、お待ちしてます💕

#アドベントカレンダー2021

#創作の輪2021



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