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開封動乱フレッシュ事変

あらすじ
湖畔の水模す羽織の背には
命より重しフレッシュ掲げ
開封仇なす大虫どもには
地獄の豪雨の罰を与うる

水滸噺番外 注意書き
北方謙三先生水滸伝,楊令伝何でもありな二次創作です。
・すいこばなしは、作者のtwitterにて連載中です。 
・ご意見ご感想等々、こちらまでお寄せいただけると、とても嬉しいです。いつも助かっています!
・原作に興味を持たれるきっかけになったらこれ以上の喜びはありません!

旗揚げ新鮮組

趙安「我々の新機軸を発表する」
公順「…」
何信「…」
趙「この羽織を着るのだ」
公「羽織?」
何「今の着物は?」
趙「もちろん脱ぐ」
公「…脱ぐんですか?」
趙「異論が?」
公「…寒くないですか?」
何「甘えるな、公順」
趙「我々の新しいグループ名を発表する」
公「…」
何「…」

趙「新鮮組だ」
公「背中にフレッシュの文字が…」
何「旗印もフレッシュの一文字…」
趙「鮮やかな水色が栄えるだろう?」
何「美しいです、趙安殿」
公「…」
趙「公順?」
何「まだ不服なのか?」
公「大好きなんです、こういうの」
趙「ならば良し」
何「局長は趙安殿ですな」
公「局趙安殿」

趙「なんだその趙安撫みたいな渾名は」
何「お前は副長か、公順?」
公「鬼になって見せます」
何「私は…」
趙「一番隊隊長か?」
公「総長ですか?」
何「昔は参謀に憧れていたのだが…」
趙「ところで公順、肌艶がいいな」
公「油に麹を混ぜたものを塗っています」
何「それは変だ」

趙安…拳は口の中に入らないが、オレンジは一口で食べれる。
公順…意外としょうもない漢詩をノリノリで書く。
何信…イケメンだし、学問もあるし、武芸も強い自負があるけど、体臭で台無し。

公順「何信殿は総長ですか」
何信「学識を買われた」
趙安「隊士を募ってきた」
公「…」
何「…」
趙「なんと十人もの強者が入隊することとなった」
公「十人!?」
何「ずいぶん集まりましたな」
趙「集え!十名のフレッシュマン!」

!!!!!!!!!!

公「面構えが…」
何「只者ではないぞ」

王煥「…」
趙「彼は王煥。美男でありながら、武芸の腕も並ではない」
公「一番隊隊長ですな」
韓存保「…」
何「韓存保殿が!?」
公「すごい方なのですか?」
趙「かつてフレッシュマンの座をかけて、呼延灼と死闘を繰り広げた御仁だ」
公「なんと…」
趙「二番隊隊長を希望された」
公「謙虚な…」

楊温「…」
趙「楊温は傍流ながら、楊家の血を引くという」
何「楊志の親戚ですか?」
趙「面識はない。彼は武芸の他、潜入も得意としている」
公「三番隊隊長にしましょう」
王文徳「…」
公(なんか嫌な感じだ)
趙「王文徳は高俅の元にいたが、学識豊かで親孝行な男だ」
何「彼が参謀ですか…」

項元鎮「…」
趙「項元鎮は、弓の名手でありながら、大砲も扱えるナイスミドルなフレッシュマンだ」
公「元さんと呼ばせてください」
李従吉「…」
趙「李従吉は風水に詳しいが、先陣を切って飛び込むのを得意とするフレッシュマンだ」
何「魁フレッシュと呼ぼう」

梅展「…」
趙「梅展は水軍の将だが、見事な槍の使い手でもある」
公「頼もしい殿になりそうですな」
荊忠「…」
何(こいつはやばそうだ)
趙「荊忠はもともと青蓮寺の軍の隊長だったが、この度新鮮組の入隊を希望した」
公(人斬り荊忠って奴がいると聞いた覚えが…)

張開「…」
公「見上げるほどの巨漢ですな」
趙「張開も高俅の元にいたが、巨躯に似合わぬ細やかな仕事を得意としている」
何「我々の密偵となる監察にしましょう」
徐京「…」
趙「徐京は眼医者の倅だが、気配を消すのが誰よりも得意だ」
公「彼も監察にしましょう」

趙「以上十名を十フレッシュマンズと名付ける」
公「見事な面々です」
趙「主な任務は開封府の治安を守る事だが、戦に出る者もいると思う」
何「中でも韓存保殿の戦歴は確かですからな」
公「王煥は私よりも年下ですね」
趙「今日この日を、フレッシュの旗の元に集った新鮮組の旗揚げの日とする!」

趙安…もっと剣の稽古を積んだ方が良さそうだ。
公順…王煥とすぐ仲良くなった。
何信…王文徳に対して複雑。

王煥…女性ファン多数の色男。彼の三段突きはまず防げない。
韓存保…無骨な軍人。武芸の腕も一二を争う。
楊温…必殺技は牙突。
王文徳…フレッシュマンとは少し肌が合わない気がした。
項元鎮…いつもニコニコしている優しいおっちゃんだが、弓は超一流。
李従吉…恵方の方角にすぐ突っ込みたがる。
梅展…水軍の将と兼務。賊の中にも顔が効く。
荊忠…王和はまだしも高廉と合わなかった。とにかく単独行動がしたい。
張開…強面ででかいが、下戸で甘党。
徐京…実は鍼治療もできる。

第一話 私生活

趙安「…」
王煥「…」
趙「フレッシュ!」
王「フレッシュ!」

公順「性が出ますな、二人とも」
何信「最近鍛錬を怠っていないか、公順?」
公「私はどうも武術に向いてないようで…」
何「それでは鬼のフレッシュなど勤まらんぞ、公順」
項元鎮「まあまあ、何信殿」
何「元さんもなにか言ってくれ」

項「公順は隊士をまとめるのが実に巧みだ」
公「…元さん?」
項「確かに男は強い方がいい。しかし私は公順のような男も新鮮組に必要だと思うな」
何「…なるほど」
公「御礼申し上げます、元さん」
項「だからサボっていいとは言ってないぞ、公順」
公「これより始めます」
項「韓存保に習うといい」

公「韓存保殿、ですか…」
何「行ってこい、鬼のフレッシュ」
公「…腹を据えて行って参ります」
項「おう」

韓存保「…」
公(…やはり凄まじい威圧感がある)
韓「…何の用ですかな、公順殿」
公「!」
韓「…」
公「…武術の稽古を、お願いしたく」
韓「…」
公「よろしくお願いいたします」
韓「こちらこそ…」

公「…」
韓「」
公「!?」
韓「…もう一度」
公(動きが全く見えなかった)
韓「…」
公「…」
韓「」
公「!?」
韓「公順殿」
公「申し訳ございません。もう一度…」
韓「いえ。稽古を変えましょう」
公「これは、真剣?」
韓「私も真剣を使います」
公「それは!」
韓「焦らずに」
公「…失礼いたしました」

韓「お互いに構えて立つのですよ、公順殿」
公「構えて立つだけですか?」
韓「はい」
公「…それでよろしいのですか?」
韓「やってみましょう」

公「…」
韓「…」
公(何という気だ…)
韓「…」
公(身体が動かない…)
韓「…!」
公(死ぬ!)
韓「…」
公「」
韓「…」

韓「公順殿」
公「!」
韓「…」
公「…なにも、できませんでした」
韓「…」
公「ここまで不甲斐ないとは…」
韓「焦らずに」
公「…韓存保殿?」
韓「あなたには時間と素質がある」
公「…本当ですか?」
韓「だから趙安殿も、あなたを抜擢した」
公「…」
韓「私は関わる人間を選びます」
公「…」

韓「あなたには、私の時間を一日二刻、差し上げましょう」
公「…私も、韓存保殿の時間を無駄にしないため、精進いたします」
韓「では。今日は、これにて」
公「韓存保殿!」
韓「…」
公「ありがとうございました!」
韓「…」

何「フレッシュ!」
項「フレッシュ!」

韓「…思い出すな、双鞭よ」

趙安…第九代フレッシュマンこと新鮮組局長。略して局趙安。
公順…新鮮組副長こと鬼のフレッシュ。伸びしろ満載。
何信…新鮮組総長こと大将軍何信。体臭をなんとかしろ。

王煥…剣の腕は一二を争うフレッシュマン。
項元鎮…元さんと呼ばれるナイスフレッシュ。
韓存保…謎多きフレッシュマン。

第二話 閃光フレッシュマン

王煥「フレッシュ!」
隊士「!?」
楊温「フレッシュ!」
隊士「!」
公順「彼らの強さは凄いとしか言えないな…」
韓存保「王煥殿は、猛者のフレッシュ」
公「韓存保殿」
韓「楊温殿は、無敵のフレッシュ」
公「両者にふさわしいフレッシュです、韓存保殿」
韓「そして公順殿は、鬼のフレッシュ」
公「…」

公「彼らを見ていると、そんなフレッシュを名乗る資格は…」
韓「あります。公順殿には」
公「…それは?」
韓「いつかあなたは、鬼に遇う事があるでしょう」
公「鬼?」
韓「そしてあなたは、その鬼を斬らなければならない」
公「…」
韓「稽古を始めましょう」
公「今日もよろしくお願いいたします」

公「今日も全く歯が立たなかった…」
王「公順殿!元気ないっすね!」
李従吉「飲みに行きませんか?」
公「今日は韓存保殿の稽古を復習するから、また今度な」
王「じゃあ俺らもその復習に付き合うっす!」
李「いいな!」
公「…ありがとう。二人とも!」
李「お先に!」
王「さすが魁フレッシュ」

王「韓存保殿とはどんな稽古を?」
公「真剣で、ただ向かい合うだけの稽古だ」
李「韓存保殿を相手に、真剣?」
王「韓存保殿は、俺でも相討ちで勝てるかどうかの相手っすよ」
公「…何でそんなに強いんだ、王煥?」
王「才能っすかね〜」
公「羨ましいな」
王「だから言葉にするのが苦手なんっすよ」

公「李従吉も巡回の時はいつも先頭を切るそうだな」
李「魁フレッシュは常に先陣を切らないと!」
公「武術は基礎しか習わなかったからな…」
王「じゃあその基礎を俺らに見せてくださいよ!」
公「…嗤わないでくれよ」
王「俺は真剣な男を嗤う男じゃねえっす」
公「…すまん」
李「構え!」
公「!」

王「面!」
公「!」
王「払い!」
公「!」
王「突き!」
公「!」
王「しっかりしてるじゃねえっすか!公順殿〜」
公「…そうか?」
王「基礎を疎かにして、小手先の技ばっか鍛えてる野郎に比べりゃ全然強いっすよ、公順殿」
李「あとは応用ですね」
王「もっと力を抜いて、もう一度」
公「よし…」

公「ありがとう、王煥、李従吉」
王「じゃあ今夜は公順殿の奢りっすね」
李「飲み行きましょう!」
公「やれやれ」

公「意外と少食だな、王煥」
王「…好き嫌いが多いんっすよ」
李「確かに細いよな」
王「だから女にモテるんっす」
公「お前の顔ならそうだろうな」
王「公順殿だって悪くないっすよ」

李「…」
公「何をしている、李従吉」
李「今宵の公順殿の恵方は、妓楼!」
公「!?」
王「占いできるんっすよ、こいつ」
李「よく当たりますよ」
王「じゃあ、妓楼も公順殿の奢りで」
公「断る」
李「でも好きなんでしょう?」
公「!?」
李「図星ですね、公順殿」
王「局趙安殿には内緒にするっす」

公「…奢らないからな」
王「なんだかんだノリいいっすね、公順殿」
李「どんな女が好きなんですか?」
公「うるさい」
?「…」
王「…待て。そこの」
?「…」
公「?」
李「公順殿。剣を」
?「…」
?「…」
?「…」
公「賊徒か」
王「こいつから血の匂いがしました」
?「…」
王「見ててください、公順殿」

公「王煥?」
王「後ろは頼んだ、李従吉」
李「任せろ」
?「!」
王「」
?「!?」
公(何が起きた!?)
李「!」
?「!?」
公(李従吉も強い!)
?「!」
王「!!!」

公「!?」
王「…片付けましたよ」
李「趙安殿に報告します」
公「…王煥、今の技は?」
王「三段突きっす」
公「何も見えなかった…」

王「何者っすかね、こいつら」
公「…どこへ行く、王煥?」
王「妓楼に行くって言ったじゃねえっすか」
公「こんな時に何を言っている!」
王「…血が騒いで眠れそうにねえ夜は、女抱くことにしてるんっすよ、俺は」
公「…」
王「…じゃあ、ちょっくら」
公「…私はこいつらの身元を調べるとしよう」

公順…もっと強くならないと…今のままでは私が一番弱いぞ…
韓存保…まだ彼を語る時ではない。
王煥…翌日は妓楼で寝過ごし大遅刻。趙安に厳しく叱られた。
李従吉…恵方に向かってまっしぐらな魁フレッシュマン。
楊温…楊業の血を引くフレッシュマン。楊志との面識はないが、腕は互角かも知れない。

第三話 大虫窩

役人「…」
?「おい、てめえ」
役「!」
?「人様にぶつかって謝ることもできねえのかい?」
役「…ぶつかってないですが」
?「いいや、ぶつかった」
?「腐れ役人だ」
役「!?」
?「腐れ役人の首は飛ばさねえとな」
役「」
?「死ね」

?「首を晒そう」
?「相変わらずてめえの斧はよく斬れる」

宿元景「開封府で賊が頻発しているそうだな、趙安」
趙安「はい」
宿「調査は?」
趙「梁山泊によるものと推測していたのですが」
宿「それはありえぬ、趙安」
趙「宿元景殿?」
宿「梁山泊の面々が市井の民を殺すわけがない」
趙「…」
宿「悪徳役人やそれに類する者を襲うのならば、まだ分かるがな」

趙「…それでも叛徒には変わりありませぬが」
宿「戦は別だ。今回の件と梁山泊は切り離して考えよ、趙安」
趙「…宿元景殿」
宿「どうした?」
趙「梁山泊好きなんですか?」
宿「闘う相手としてな」
趙「はあ」
宿「もう一度豹子頭の騎馬隊と相対したいものよ」
趙「…」
宿「九紋竜の遊撃隊もいい」

趙「調査の首尾は、公順?」
公「ただいま張開殿と徐京殿が進めているところです、趙安殿」
趙「開封府の治安を守れずして、新鮮組の意味がないからな」
公「私たちが遭遇した賊の懐に、このような印が」
趙「虎の印?」
公「何かの手がかりになるのではないかと」
趙「覚えておこうか」
公(何者かな)

張開「趙安殿」
趙「おう、張開」
張「…役人の首が城内に掲げられています」
趙「なんだと!?」
公「すぐに行きましょう!」

公「酷い…」
趙「天誅?」
張「替天行道ではありませぬな」
趙「この腐れ役人は我ら大虫窩に無礼を働いたので天誅を下した…」
公「なんと身勝手な」
張「ただの役人です」

趙「…我らで弔おうか」
公「虎の印と大虫窩…」
趙「なるほど。虎の穴か」
公「こんな非道がまかり通るなんて…」
趙「その道を正すのが我らだ、公順」

女「…」

公「…ご家族でしょうか」
趙「これ以上こんな想いをさせる民を出さぬぞ、皆!」
公「はい!」
張「…」
公「張開殿?」
張「涙が…」

公「徐京殿はどうされているのですか、張開殿?」
張「…あいつは影です」
公「影?」
徐京「後ろの正面だあれ?」
公「!?」
趙「見事な変装だ、徐京」
徐「お褒めにあずかり光栄です〜」
公「一体どこにいたのですか?」
徐「それ言うたら飯が食えなくなる」
公「…」
徐「ご報告が」
趙「分かった」

徐「公順殿らが襲われたのは夜間やね?」
公「はい」
徐「何しに行く途中やったん?」
公「それは…」
徐「場所は色街やんな、確か」
趙「隅に置けんな、公順」
公「王煥に言ってください!」
徐「…それがあの辺り、どうも嫌な感じなんよ」
公「嫌な感じとは、徐京殿?」
徐「それがなあ〜」
公「…」

徐「勘、としか言いようがあらへん」
張「監察とはそういう仕事なのです。公順殿」
徐「男の目が、けだものみたいな宿があってん」
公「けだもの?」
徐「公順はんは、ならへんの?」
公「なりません!」
趙「分かった。引き続きよろしく頼む」
徐「合点承知!」
張「かしこまりました」
公「全く!」

趙「治安維持と戦の調練も並行してやらんといかんとは大変だな」
公「確かに…」
趙「何信と韓存保殿を見ろ、公順」

何「!」
韓存保「…」

公「何信殿と互角とは…」
趙「当然だ。呼延灼と並ぶほどの男だぞ、韓存保殿は」
公「八代目フレッシュマンを争ったという…」
趙「私も彼の過去は知らない」

趙「二刻の稽古はどうだ、公順?」
公「真剣で向かい合う稽古なのですが…」
趙「それで?」
公「どうしても、腰を抜かしてしまったり、気を絶ってしまうのです…」
趙「そうか」
公「私に何が足りないのか、未だに掴めないのですが…」
趙「掴むまでやめるなよ、公順」
公「無論です!」
趙「よし!」

楊温「!」

趙「楊温の用兵は機を見るに敏だな」
公「彼も楊業の血を引くという…」
趙「あまり他人の過去の詮索ばかりするな」
公「…」
趙「今のお前は、韓存保殿の稽古と調練に打ち込む時だ」
公「はい!」
趙「楊温と手合わせしてこい、公順!」
公「フレッシュ!」
趙「…」

公「!」
楊「!」

趙「兵を率いる時は溌剌とするな、公順は」

楊「!」
公「!?」

趙「おう、楊温の急襲が」

公「!」
楊「…」

趙「なるほど」

公「凄まじい突撃ですな、楊温殿」
楊「上手くいなしたじゃねえか、公順」
趙「公順」
公「はい」
趙「死ぬのが怖いか?」
公「…それは」
楊「…俺は巡回に」
趙「…」

趙「私には自分が死ぬのを防ぐため、兵を犠牲にする用兵に見えた」
公「…」
趙「死ぬ時は誰だろうと平等に死ぬのが戦」
公「…」
趙「将が自分の命惜しさに兵を犠牲にする用兵など言語道断」
公「…」
趙「行け、公順」
公「…ありがとうございました」

趙「…私も人のことは言えぬかもしれぬがな」

趙安…剣の腕は凡庸だが、部下の掌握や視野の広さと公平さは局長に相応しい。
宿元景…実は梁山泊が好きすぎる禁軍の将。一緒に闘う夢を見たほど。
公順…自分に欠けているものを自覚し始めた。
張開…寡黙なフレッシュマン。巨漢の強面。涙もろい。
徐京…剽軽なフレッシュマン。潜入任務はお手の物。
何信…韓存保殿から学ぶことが多いな…
韓存保)…戦歴をひた隠しにしているが、とんでもない実績を残しているとか。
楊温…普段は無愛想だが、酒を飲むと豹変して饒舌になる。

第四話 選ばれざるフレッシュマン

王文徳「…」
趙安「フレッシュはどうした!王文徳」
王「…フレッシュ」
趙「肚から声を出せ!」
王「フレッシュ…」
趙「声が小さい!」

公順「王文徳殿が…」
何信「フレッシュも言えぬ男がなぜ新鮮組に…」

王「…」
公「王文徳殿」
王「公順殿か…」
公「フレッシュが得意ではなさそうですね」

王「…どうしても私は、大きな声を出すのが恥ずかしいんだ」
公「誰でも得手不得手はありますからね」
王「…」
公「王文徳殿は、なぜ新鮮組に?」
王「…なんとなくさ」
公「聞いてもいいですか?」
王「なにを?」
公「あなたはなんとなく不得手な組織に入隊するのですか?」
王「…失礼」
公「…」

王「…」

王「…」
牛邦喜「おい、狗」
王「…」
牛「進捗は?」
王「…もう少し、待ってくれ」
牛「お前のもう少しと狗が千里走るのと、どちらが速いやら」
王「…」
牛「腐れ野郎嫌いの高俅様がなんと言われるかな…」
王「頼むから待ってくれ!」
牛「だから俺が哀れな狗を助けに来たんじゃねえか」
王「…」

牛「この情報を腐れ野郎どもに垂れ込め」
王「!?」
牛「何を今更驚いている?」
王「まさか、お前たちまで…」
牛「…」
王「こんなことが許されると…」
牛「これ以上言ったら、お前から消えるが?」
王「…」
牛「良い報告を待ってるぞ、親殺しの親不孝〜」
王「…」

王「母上。私はどうしたら…」

王「趙安殿。大虫窩について、私の塾生から情報が」
趙「私塾を開いていたな、王文徳は」
何「頼りになるのか?」
王「…私にとっては」
趙「続けてくれ」
王「大虫窩には、人斬り五虎将がいるそうです」
趙「…」
王「一人一人が一騎当千の豪傑らしく…」
何「お前の情報は本当に確かなのか、王文徳」

王「…」
何「黙って聞けば、いるそうです、だの、らしく、だのあやふやな言葉ばかりではないか」
趙「どうなんだ、王文徳」
王「…その連中が入り浸っている賭場を、塾生が見つけました」
趙「…」
何「口の利き方が変わったな、王文徳」
王「…」
何「参考までに、聞かせてくれ」
王「…なんなりと」

何「賭場はどこに?」
王「ここです」
何「知らせた塾生の名は?」
王「…牛邦喜」
何「そいつはどうやって賭場を…」
趙「何信」
何「…」
趙「疑う理由を探ることは容易い」
王「私は…」
趙「私も半分疑っているがな」
王「…」
趙「しかし、人斬り五虎将や、賭場から推測できることはあるはずだ」

趙「お前の情報は参考に留めておく」
王「…はい」
趙「張開と徐京の情報と組み合わせて判断しよう」
何「この程度の情報では、それが賢明ですな」
王「…」
何「それでは私は巡回に…」
趙「一人で行くのか、何信?」
何「少し考え事をしたいのでね」
趙「油断するなよ」
何「分かってます」
王「…」

王「…」
公順「王文徳殿?」
王「!」
公「鳩、ですか?」
王「ああ…」
公「どこに飛ばしたのですか?」
王「…故郷の、母上の所さ」
公「…」
王「…」
公「他にご家族の方は?」
王「これ以上聞かないでくれ、公順殿」
公「…失礼しました」

?「…カモが来たぜ」
?「鳩だ。馬鹿野郎」
?「…」

趙安…あいつの知謀は買っているのだが…
公順…故郷という割に、飛んで行った位置が不自然ですね…
何信…肌が合わんのだよ、あいつとはな。
王文徳…インテリフレッシュ。訳あり。

牛邦喜…高俅の部下。それだけで概ね察せられるだろう。

第五話 キラーフレッシュマン

何信「王文徳が、どうも匂う…」
?「匂うのは貴様だ」
?「…何里から分かった、お前?」
?「五里…」
何「…何者だ?」
?「名乗るのは刺客の仕事じゃねえよなあ、梁永」
梁永「縻牲!黙ってろ!」
何「梁永に、縻牲か」
?「お命頂戴仕る…」
縻牲「袁朗は冷静だな」
袁朗「…」
梁「馬鹿野郎!」

何「貴様らが大虫窩の人斬りか…」
縻「そうとも!」
梁「てめえから殺すぞ、縻牲」
縻「どうやって死にたい?」
何「…死にたくないなあ」
縻「そうはいかねえ」
何「しかし折角旅に出るのなら、共は多い方がいいな」
縻「どこ行こうってんだよ」
何「」
梁「痛え!?」
縻「梁永!」
何「死出の旅さ」

何(まず一人に深傷!)
梁「ぶっ殺してやる」
縻「臭えのに強えな、おっさん」
何「…」
袁「…」
縻「手伝えよ、袁朗」
袁「…」
縻「使えねえ…」
何「!」
縻「おっと!」
何(大斧ならば、懐に…)
縻「!」
何「!?」
縻「腰が引けてんぞ、おっさん」
何(何という速さ…)
縻「懐にゃ入れねえからな」

何(これは死ぬかもしれん、趙安殿)
縻「死ね!」
何「」
縻「!?」
何(一人斬ったが…)
袁「」
何(こいつの剣は、防げないよな…)
袁「さらば…」
何(さらば、新鮮組…)
?「殺し合いは他でやってくれ」
袁「何奴…」
?「近場の者だ。僕は血の匂いが嫌いなんだよ」
何(…誰だ?)
袁「…退くぞ、梁永」

梁「担いでくれ…」
?「…あともう一つだけ嫌いなものを教えてあげようか?」
梁「何者だ、てめえ…」
?「!」
梁「!?」
?「死に損ない」

袁「!」
?「あんたはどうでも良い」
袁「…御免」

?「深傷ですね」
何「…あなたは」
?「僕には、知らせる事しかできない」
何「…新鮮組に、連絡を」

?「こんな事でごめんなさい」
何「恩にきる」
?「坊。頼んだよ」
坊「はい!」
何「…」

何(もう、元のように剣は使えないかもな…)

坊「こっち!」
公順「何信殿!」
趙安「手当てを!徐京!」
徐京「応急手当てしかできへんけどなぁ」
趙「医者の手配を!公順!」
公「もう出来てます!」
何「」

医者「…一命は取り止めそうですな」
趙「何信ほどの者が、この様な深傷を…」
公「何信殿が斬ったのは、人斬り五虎将の梁永と縻牲だと、張開殿が」
楊温「二人も斬るとは」
王煥「俺らがいたら、何信殿も何とかなったのに」
趙「その通りだ、王煥。これは我らの不覚でもあるが、何信の油断でもある」

公「…」
趙「今回の件を教訓に、単独での巡回は慎もう」
李従吉「かしこまりました」
荊忠「俺は知らねえからな、局趙安」
公「フレッシュ法度に背くつもりか、荊忠!」
荊「性に合わねえんだよ、俺は」
趙「死にたければ好きにしろ、荊忠」
公「趙安殿!」
趙「お前の強みは単独で動いた方が生きる」

荊「分かってるね、局趙安殿」
公「調子のいい奴め…」
趙「死んでもしらんからな」
荊「死なねえよ〜」
公「荊忠!」
項元鎮「…長所を活かすとは、こういう事でもあるぞ、公順」
公「元さん…」
趙「今は何信の回復を祈ろう」
公「元通りになるでしょうか、何信殿…」
趙「今は祈るしかない、公順」

王文徳「…」
趙「呼ばれた理由は分かっているな、王文徳」
王「…」
公「王文徳殿が飛ばした鳩を、徐京殿が捕まえました」
梅展「牛邦喜は高俅の縁者の下衆野郎の馬鹿の名だ」
趙「どこで知った、梅展?」
梅「汚ねえ博打ばっか打つ奴で、界隈の有名人だよ、趙安殿」
趙「何信の傷は、深い」
王「…」

趙「お前の密告で、私は頼みの片腕を半分しか使えなくなった」
王「…自裁します」
荊「自裁で済めばフレッシュ法度はいらねえだろうがよ」
公「一番無視してる奴が…」
趙「どうするのがいいと思う、荊忠?」
荊「とりあえず、こいつを囮にして、牛邦喜って馬鹿を俺と公順でぶっ殺すのはどうかな?」

公「なぜ私まで!」
荊「一番気に食わねえからさ」
趙「有無は言わさんぞ、王文徳」
王「…」
趙「お前の知謀は認めている。荊忠の策を立案して、明日までに持ってこい」
王「明日まで、ですか?」
荊「これだから青瓢箪は…」
趙「命がかかっているのを、忘れるな、王文徳」
王「…かしこまりました」

?「てめえだけ逃げ帰ってきやがってもしょうがねえんだよ!」
袁朗「…」
?「だらしねえな」
?「そんな雑魚おいといてよ〜大将」
?「あ?」
?「いつ都を燃やせるんだ?」
?「もう少しだ。都の糞役人と話をつける所だ」
?「辛抱たまんねえや!」
?「どこ行くんだ?」
?「ちょっと人殺しに!」

?「バレんなよ」
?「仕方ないね」
?「あんた!馬鹿どもの手綱をもっと握らないかい!」
?「やなこった!めんどくせえ」
?「歪みねえな」
?「全く…」
袁「…」
?「辛気臭え面するなら出て行け!袁朗!」
袁「失礼…」
?「てめえが失礼なんだ、雑魚!」
?「違いない」

袁「これが私の運命か」

趙安…大将軍何信がやられたか…
公順…梁山泊の戦に出られるのでしょうか…
何信…新鮮組でも腕はトップクラスだが、過信は否めない。
徐京…目医者の倅。医術の技もそこそこ持ってる。
王煥…臭いっすけど、嫌いじゃありませんでした。臭いっすけど。
楊温…何信に香水を渡して後悔したことがある。
李従吉…あまりいい占いじゃないです…
荊忠…クレイジーフレッシュ。青蓮寺の軍から来た経歴を持つ。
梅展…ワイルドフレッシュ。水軍の将と兼務。博打好き。
項元鎮…穏やかで優しいフレッシュマンなのに、なぜかモテない。
王文徳…崖っぷちに立たされた。

梁永…獣の皮を被った獣のような刺客。謎の若者に首を折られた。
縻牲…大斧の遣い手の巨漢。よく喋りすぎる。何信に一刀両断された。
袁朗…抜き打ちの達人。なぜこんなところにいるのだろう…

第六話 秘密

荊忠「面白え策立てたなあ、青瓢箪」
王文徳「…」
公順「…高俅に弱みを握られているのですか?」
荊「今聞くことじゃねえ、公順」
公「…」
荊「お涙頂戴の人情話なんざ反吐が出るぜ」
王「…」
荊「…来たな」
公「何が」
荊「さっさと行け」
牛邦喜「…」
公(!?)
王「…貴様に言われるまでもない」

牛「上手くいったか、狗」
王「はい」
牛「成果は?」
王「何信を討ちました」
牛「あの臭すぎる野郎か」
王「ただ、五虎将も深傷を負いましてな」
牛「どうでもいい」
王「代わりになる男たちを見つけて参りました」
牛「なによりだ」
王「彼らとの宴に牛邦喜殿をお招きしたく」
牛「狗も気がきくな」

牛「名は?」
徐京「わいは山丞と申します」
梅展「俺は田左」
王「この二人です」
牛「田左はまだしも、山丞は弱そうだな」
徐「そら殺生やわ、牛邦喜はん」
牛「お前らが殺生するんだろうが!」
徐「あら!一本取られてまった!」
牛「面白え野郎だ!」
徐「まあまあ、ご一献」
牛「おう」
王「…」

牛「俺たちは劉敏って糞役人と組んでる」
徐「劉敏はんね」
牛「そいつが大虫窩の一味を飼ってるのさ」
徐「そらバレたら大変やんなあ」
牛「バレるわけがない。高俅様の能吏だからな」
徐「どんなお仕事されてはるんですか?」
牛「開封の徴税を取り仕切っている」
徐「堅気のお役人さんやないの〜」

牛「堅気の役人の皮を被った外道さ」
梅「そろそろ締めよう」
徐「…おや、もうこんなに夜が更けてしもた」
牛「いけねえ…」
王「大丈夫ですか?牛邦喜殿?」
牛「…大丈夫だ」
徐「言うてあんさん千鳥足やないの」
牛「…」
徐「ご案内して差し上げましょ、田左はん」
梅「しょうがねえ…」
王「…」

牛「気の利く野郎どもだな、おい」
徐「…案内言うても、あなたのお家とちゃうんやけどな」
牛「…ああ?」
?「…首尾は」
徐「上々〜」
?「」
牛「!?」
荊忠「ご苦労」
梅「…美味い酒も相手が悪きゃ不味くなるもんだ」
徐「ごめんなあ、牛邦喜はん」

徐「わいら、地獄の一丁目の案内人やねん」

公「鳩が来た!」
趙「劉敏、か」
公「捕縛しましょう!」
趙「公順!王煥!」
王「フレッシュ!」
張開「案内します」
趙「そういえばお前、高俅の手の者だったな」
張「…反吐を吐くような思いを、二度としたくなかったもので、志願した口です」
趙「分かった。案内を頼む、張開」
張「フレッシュ」

張「ここです」
趙「入れるのか?」
張「お任せを」
公「…」
張「開きました…」
王「器用っすね、張開殿」
趙(静かに)
王(!)
公(高俅にバレませんか?)
趙(策は講じてある)
張(早く!)
趙(行くぞ!)
公(フレッシュ!)
王(フレッシュ!)

王(悪趣味な屋敷っすね)
公(匂います、趙安殿)
趙(たしかに)

趙安「!」
劉敏「!?」
趙「フレッシュ改めである!」
公「縛につけ!」
劉「新鮮組!」
王「殺しちゃ駄目っすね?」
趙「今は」
張「私が担ぎます」
劉「」

徐「ほなわいは別行動で」
梅「…骸をどうする?」
荊「先帰れ、梅展」
梅「あ?」
荊「ここからは、俺の仕事だ」
梅(なんて面してやがる…)

趙安…一度言ってみたかった。
公順…隊士の行動に目を光らせている。
王煥…走るのしんどいっす。
張開…奴に嫌な目に合わされたことがあるのでね。

王文徳…賢い鳩を飼っている。
徐京…悪させんと堅気で生きりゃええのに。
梅展…薄気味悪いやつだと思ってはいたが…
荊忠…舌舐めずりが止まらない。

牛邦喜…因果応報。地獄に堕ちた。
劉敏…外道役人を待ち受ける運命やいかに。

第七話 フレッシュマンサディスティック

部下「劉敏殿を知らないか?」
下「いないのか?」
?「…」
下「劉敏殿、朝からどこへ行かれていたのですか?」
?「医者だ」
下「それは?」
?「風邪ひいてしもた」
下「…劉敏殿?」
?「…しばらく出仕を控えることにする」
下「はい。かしこまりました」

徐京「…これで当面はばれへんやろ?」

趙安「大虫窩について、全て吐かせろ」
公順「…私が、やるのですか、趙安殿」
趙「鬼のフレッシュの仕事だ、公順」

劉敏「」
公「…」
荊忠「色々教えてやるよ、公順」
公「袋?」
荊「色々趣向を凝らしてあってな」
公「…なんの匂いだ」
荊「なにが出るかな〜?」

「右手」

公「なんだこれは!?」

荊「牛邦喜の右手に決まってら」
劉「」
荊「じゃあまず右手から責めることにしよう」
劉「!!!」
公「…この袋、まさか」
荊「ご新規様は覗かねえ方がいいぞ?」
公「!」
荊「だから言っただろうが…」
公「」
荊「こいつよりお前が先に吐いてもしょうがねえ…」
公「」
荊「…しょうがねーなぁ」

公「…」
何信「気がついたか、公順」
公「何信殿!よかった」
何「…聞いたよ」
公「私には、あんなおぞましい事はできません…」
何「趙安殿も後悔されていた」
公「趙安殿が?」
何「人斬り荊忠」
公「青蓮寺の軍から来たと…」
何「あまりの残虐さと身勝手さで追放されたそうだ」
公「そんな男が…」

荊「お口は使えますか〜」
劉「」
荊「あんたのお家にゃ銭が腐るほどあるらしいな」
劉「その銭を、全てやるから、許してくれ…」
荊「許す許さねえじゃねえんだな、それが」
劉「!!!」
荊「これが俺の仕事なのよ」
劉「!!!」
荊「許す許さねえじゃねえ」
劉「!!!」
荊「喋るか喋らねえかだ」

荊「喋らせましたぜ〜」
趙「ご苦労、荊忠」
荊「後始末は別の奴にやらせてくれ」
趙「お前がやれ」
荊「嫌なこった」
趙「…報告しろ」
荊「えらいこと企んでやがってな…」
趙「開封府の焼討ちだと!」
荊「帝を拐って取って代わるんだとさ」
趙「出来るわけないだろう!」
荊「裏切り者がいたら?」

荊「劉敏と牛邦喜が内応する算段だったと」
趙「…その裏には」
荊「高俅がいるだろうな」
趙「度し難いな」
荊「高俅は下郎だが、馬鹿じゃない。尻尾は見せねえだろう」
趙「大虫窩のねぐらは?」
荊「あいにくそれを吐かせる前に、毀れちまった」
趙「…」
荊「だが、徐京の言う通り、色街のどこかだろうな」

趙「青蓮寺の手を借りるか…」
荊「それ俺に言うか?」
趙「…」
荊「二度と俺の前で、その寺の名を口にするな」
趙「…」
荊「次口にしたら、俺は殺されようとも、貴様を嬲り殺すぞ、趙安」
趙「わがままな奴だな」
荊「それが俺さ」
趙「だがお前の言う通り、この件は我らだけで始末した方が良いな」

荊「だろう?」
趙「私は軍人だ。厄介な政争にまで巻き込まれたくはない」
荊「賢明だ、局趙安殿」
趙「大虫窩は、いつ決起するつもりだ?」
荊「夏祭りの頃に決起するそうだ」
趙「大虫窩の将は?」
荊「王慶ってどら息子だ」
趙「用心する者は?」
荊「金剣先生とかいう変態軍師と五虎将の三人だと」

趙「分かった」
荊「中でも五虎将の毒焰鬼王って野郎がずば抜けてヤバいらしい」
趙「お前が言うとは、どんな男だ?」
荊「焼討ちの実行犯を名乗り出るほどさ」
趙「…夏祭りまであまりないか」
荊「じゃあ俺はここで」
趙「荊忠」
荊「あ?」
趙「お前も新鮮組の同志だぞ」
荊「…よせ。気持ち悪い」

趙「…私が後始末をするか」
韓存保「…」
趙「韓存保殿?」
韓「私が済ませておきました」
趙「…なぜ?」
韓「私がやるべき事だと思ったからです」
趙「御礼を…」
韓「そんな事で局長が頭を下げないでください」
趙「…」
韓「私のことも呼び捨てに」
趙「…分かった。韓存保」
韓「では…」
趙「…」

趙安…このままでは開封府が危うい…
公順…心を毀しそうです…
何信…目は覚ましたけど…
徐京…変装とモノマネの名手。悪趣味な部屋やなあ。
荊忠…彼が独りで何をしているのかは、誰も知らない。
韓存保…眉一つ動かさず、独り黙々と惨事の後片付けをしていた。

劉敏…毀れちゃった荊忠のおもちゃ。もう戻らない。

第八話 かつてはフレッシュマン

王文徳「…」
何信「…どの面さげて来た、裏切り者」
公順「王文徳殿…」
王「…事が終わったら、私は自裁する」
何「自裁したところで、ただの自己満足だ」
王「…」
何「お前を生涯許すつもりはないが、自己満足で死なれるのも面倒だよ」
王「…」
公「一体あなたに何があったのですか、王文徳殿?」

王「私は義父を殺している」
公「!」
王「酷い義父だったから、後悔はしていないがね」
何「それで?」
王「義父は役人でね。私は故郷で手配されて、ここまで逃げて来た」
公「…」
王「私には、高俅に罪を無かったことにしてもらった恩があるんだよ」
公「それで我らの間者に…」
何「似た者同士が」

公「今やあなたが高俅に殺されませんか?」
王「その時は、その時さ」
何「どっちつかずの男だな」
王「…違いない」
公「なぜそんな生き方を?」
王「…母上が、故郷にいる」
何「…」
王「私の便りだけを生き甲斐にしている、不憫な母親さ」
何「だが二度と帰れないんだろう?」
王「無論」
公「…」

何「そんな事のために、お前は男の節を曲げ続けるのか?」
王「私は母上のおかげで、今の命がある」
公「…」
王「だから今の私は、母上のためだけに生きている」
何「…」
王「そのためなら、いくらでも男の節なんて曲げられるんだよ」
何「不憫な男だな」
王「それが私さ」
公「王文徳殿」
王「…」

公「この先あなたの御母堂が亡くなられたら、どうするのですか?」
何「公順…」
王「…」
公「…」
王「…失礼する」
公「…」
何「…言うではないか」
公「王文徳殿がご自身の生を全うしていないと思ったものですから」
何「…私たちは幸運なのかもしれんな、公順」
公「我らの趙安殿のおかげです」

何「男にも色々な奴がいるのだな、公順」
公「怪我の様子はどうなのですか、何信殿?」
何「右腕は、二度と昔のように動かん」
公「そんな…」
何「馬には乗れる。親衛隊の指揮はなんとか取れるだろう」
公「それ程の手練だったのですか?」
何「私が斬られたのは、袁朗という抜き打ちの達人だった…」

公「しかし五虎将の二人を討ち取るなど、何信殿でないと…」
何「その話なのだが、公順」
公「なにか?」
何「私が討ったのは大斧使いの一人だけなんだ」
公「討ち取られたのは二人では?」
何「深傷を負わせたが、討ち取ったのは私ではない」
公「…じゃあ一体誰が?」
何「子どもを連れた、若者だ」

公「私たちを案内した子どもだ!」
何「…澄んだ声をしていた」
公「…」
何「それしか覚えていないがな」
公「急いで趙安殿に報告します!」
何「今日は寝ていろ、公順」
公「…」
何「酷くうなされていたぞ」
公「…」
何「心の打撃を癒すのには、休むのが一番だ」
公「…お言葉に甘えます、何信殿」

楊温「半!」
?「丁」
梅展「また丁目か!」
楊「!」
?「今日はついてる」
楊「今月の銭すっちまった…」
梅「なあ、兄さんよ」
?「…なんですか?」
梅「あんた、丁目にしか張らないね」
?「僕の流儀です」
楊「潔いね。名前は?」
蕭嘉穂「蕭嘉穂と申します」
梅「気にいったよ。飲み行こうぜ」

公順…梁山泊との戦は大丈夫ですか?
何信…指揮は出来るから問題ないさ。
王文徳…故郷から手紙が届き慄然。
楊温…一緒に行くのを梅展に懇願したが、無一文では相手にされなかった。
梅展…いける口だね、蕭の兄さん。

蕭嘉穂…美男。色白で目も声も澄んでいる佇まいは、浮世離れしているかのよう。

第九話 夜

韓存保「…」
公順「…」
韓「変わりましたね」
公「王煥と李従吉のおかげです」
韓「そういう意味ではありません」
公「…」
韓「武術の腕は上達しました」
公「…」
韓「しかし、前よりも弱くなっている」
公「どういう意味ですか?」
韓「あなたは他者に答えを求めすぎています、公順殿」
公「!」

韓「あなたはもっと、孤独に慣れなければならない」
公「…」
韓「人は皆孤独です」
公「…」
韓「民の一人一人、兵の一人一人。生きている者は皆、孤独を抱えています」
公「…」
韓「そして将は、彼らの孤独を背負って、戦っているのです。公順殿」
公「趙安殿も…」
韓「童貫元帥もです」
公「…」

韓「あなたがご自身の孤独を知るまで、稽古はいたしません」
公「…分かりました。私の孤独と向き合ってみせます。韓存保殿」
韓「…愉しみにしていますよ」
公「?」
韓「孤独を知った、あなたを」

公「…孤独を知る、か」
王煥「」
公「王煥?」
王「…公順殿」
公「随分顔色が悪いではないか」
王「妓楼の行きすぎっすね〜」
公「冗談で言ったのではない!」
王「…ほっといてください」
公「そうはいくか!」
王「独りにしてください、公順殿」
公「…」
王「ちょっと元気ないだけっす」
公「…」

公「医者には行ったのか?」
王「行くほどのもんじゃねえっすから大丈夫!」
公「王煥…」
王「…元気になったら、また飲みいくっすよ!」
公「…次は割り勘だぞ」
王「せこっ!」
公「お前が図々しいんだ!」

王「…」

王「!」

王「…」

王「才能ばっかあっても、身体弱いんじゃ世話ねえんだよ」

公「灯を消そう」

公「…剣でも振ってみようかな」

公「!」

公(違うな…)

公「!」

公(王煥の剣はもっと鋭かった…)

公「!」

公(李従吉の剣には迷いがなかった…)

公「!」

公「!」

公(私が闇になったようだ)

公(私の闇…)

公(私の弱さ…)

公(死にたくない…)

公(死ぬのが怖いから…)

公(独りになりたくない…)

公(独りが怖いから…)

公(どうして…?)

公(いつも独りで、泣いていたから…)

公(どうして…?)

公(一緒に遊んでた友達が、死んだから)

公(どうして…?)

公(…やめろ)

公(あの時、お前は…)

公(…やめろ)

公(独りで逃げ…)

公「やめろ!」
韓「…」

公「…韓存保殿」
韓「いきなり無理をしすぎです」
公「…」
韓「夜は人をけだものにします」
公「…」
韓「外をご覧なさい、公順殿」
公「…」
韓「朝日が昇るところを」
公「韓存保殿…」
韓「…孤独だったのですね、公順殿」
公「今は違います…」
韓「幼い頃は?」
公「…」

韓「今は話さなくても大丈夫です」
公「…はい」
韓「しばらくお休みなさい、公順殿」
公「しかし、軍務が…」
韓「全て私が引き受けます」
公「…申し訳ございません」
韓「全て私の責任です」
公「…」

公「韓存保殿…」
韓「はい」
公「…私が話せるようになった時、聴いてくださいますか?」
韓「私はあなたの全てを受け入れ、全てを赦します。公順殿」
公「…御礼申し上げます」
韓「ゆっくりお休みなさい」
公「…」
韓「…」
公「」
韓「…またやってしまったよ、双鞭」

公順…昏睡中。
韓存保…後悔中。
王煥…拒絶中。

第十話 禁じられたフレッシュマン

趙安「公順が?」
韓存保「全て私の責任です」
趙「韓存保」
韓「公順殿の軍務は全て私が担います」
趙「その事はいい」
韓「…」
趙「あなたは、何者なのだ?」
韓「…」
趙「過去に何があったのだ?」
韓「…」
趙「局長命令だ。話してもらおう」
韓「…」
趙「…」
韓「…私は、呼延灼の友でした」

韓「第八代フレッシュマンを継ぐのは、本来なら私でした」
趙「…」
韓「しかし私は傲り高ぶり、罪を犯しました」
趙「…」
韓「縛につく前、呼延灼と殴り合い…」
趙「…」
韓「敗れた私は自首し辺境に流罪となったのです、趙安殿」
趙「あなたの名は呼延灼からは一度も聞いたことはなく、噂しか聞いた事がなかった」

趙「かつてのあなたの軍歴について、調べた」
韓「…」
趙「私など比較にならない軍歴をお持ちではないですか」
韓「それも私の罪です」
趙「軍人が戦をするのが罪だと?」
韓「春秋に義戦なし」
趙「…」
韓「これでよろしいでしょうか、局長」
趙「…公順のことは、よろしく頼みます」
韓「誓って」

韓「…」
項元鎮「韓存保」
韓「…」
項「やめろ」
韓「…」
項「なぜお前は自分を罰するのだ」
韓「生きることが私の罪であり、罰だからだよ、項元鎮」
項「…」
韓「また一つ、私は罪を犯してしまった」
項「…」
韓「罪は罰で、贖わねばならない」
項「…哭いているぞ」
韓「…」
項「背中の鬼が」

公順「」
韓「公順殿?」
公「」
韓「何処へ?」
公「…街まで」
韓「…」
公「…今から、孤独と、向き合いに行くのですよ」
韓「今はやめなさい」
公「大丈夫です…」
韓「…」
公「きっと、帰りますから…」
韓「…」
公「きっと…」
韓「…」
公「…今、迎えに行くから、待っててくれよ」
韓「…」
公「行って参ります」

徐京「病気のふりってのも退屈やなあ」
部下「劉敏殿!」
徐(あかん!)
下「開けてください、劉敏殿」
徐「病をこじらせたと言っているだろう」
下「そんなこと言ってられません!」
徐「流行病かもしれぬのだぞ」
下「高俅様がお見えですよ!」
徐(なんやて!?)
下「お待たせするわけにはいきません」

徐(備えあれば憂いなしとはよく言ったもんや)
下「お身体も大変かもしれませぬが!」
徐「分かった。見苦しい格好をしているから、着物を整えて参る」
下「急いでくださいね!」
徐(これでわいらも動かんとあかんか)

高俅「劉敏はまだか」
下「申し訳ございません…」
高「牛邦喜もどこに行ったのだ」

女「…」
下「誰だ、お前?」
女「…劉敏様の婢女でありんす」
下「お前みたいな女がいたかな?」
女「…劉敏様はあと少しで参ると」
下「そうか」
高「けしからん」
女「お薬を買って参ります」
下「さっさと行け!」
女「行って参ります」

女「…」

女「…はしたないけど、早よ帰らんと一大事や」

楊温「…」
女「…」

楊「!」
女「!」

楊「すまぬ、御令嬢」
女「…ごめんあそばせ」
楊「可憐な…」
女「…今なんて言うた?」
楊「声が?」
徐京「さっさと帰るで、楊温。高俅にバレてまった」
楊「…」
徐「あんさんこういう女好きなんやね」
楊「殺すぞ、徐京」
徐「女の子には優しくせんと」

高俅「もぬけの殻ではないか!」
部下「どういうことだ!」
高「もしや腐れ者どもが…」

趙安「そうか、高俅が感づいたか」
徐京「そうでありんす」
王煥「…キモいっす。徐京殿」
徐「こういうのは形から入らんと本番で使えへんねやで?」
趙「例の宿は?」
徐「…わいが高俅やったら、罠にするわ」

趙「すると牛邦喜と劉敏が消えたことは、大虫窩にも伝わるだろうな」
王「俺たちの動きをより警戒するってわけですね」
趙「…決起も早まるかもしれん」
李従吉「ヤバイですね…」
何「誰かのせいで、この一大事に働けぬ自分が不甲斐ない」
王文徳「…」
項「遅参しました」
韓「…」
趙「…」

趙「公順は、韓存保?」
韓「独りで街に出られました」
趙「なんだと!」
煥「今一大事なんっすよ!韓存保殿!」
韓「…」
趙「あなたがなんとかすると誓ったではないか!」
韓「…」
趙「…あなたはなんなのだ、韓存保?」
韓「…」
煥「占いはどうなんだ、李従吉?」
李「…言いたくねえ」
韓「…」

趙安…公順にはいち早く復帰してもらいたいのだが…
公順…待っててね…
韓存保…彼は何を抱えているのか…
項元鎮…韓存保とは旧知らしい。
徐京…特徴のない顔ってのは、化粧する時に役立つんや、楊温。
楊温…一生の不覚だ…
王煥…ちょっと部屋に行ってます…
李従吉…公順も、王煥の顔色も心配。
何信…公順が消えたですと!?
王文徳…故郷の家族から真実を知らされた。

高俅…新鮮組を警戒する密書を出した。

第十一話 仄暗い湖の底から

公順「…この湖だ」
?「兄ちゃん、どうしたの?」
公「君は?」
坊「あ!」
公「あの時の…」
?「どうしたんだい、坊?」
坊「蕭兄ちゃん!あの時の兄ちゃんだよ!」
蕭嘉穂「…あなたが、新鮮組の」
公(綺麗な瞳だな)
蕭「私は蕭嘉穂と申します」
公「新鮮組副長、公順です」

蕭「…辛いことがあったのですか、公順殿?」
公「…こんな、暑い日のことでした」
蕭「お水を」
公「ありがとうございます」
蕭「…あなたは人を疑わないのですね」
公「それは?」
蕭「もしも私が大虫窩の者で、毒を混ぜていたとしたら?」
公「…それはないでしょう」
蕭「なぜそう言えるのです?」

公「匂いで分かります」
蕭「それは?」
公「あなたから、血の匂いが、全くしないから」
蕭「…ご明察」
公「話を続けてもよろしいですか、蕭嘉穂殿」
蕭「粗相しました」

公「幼い頃、友がいました」
蕭「…」
公「あれだけ子どもだけで水遊びをしたらいけないと、きつく言われていたのに…」
蕭「…」
公「私と友は、内緒で水遊びに行ってしまったのです」
蕭「…」
公「この湖畔の」
蕭「…」
公「この場所から」
蕭「…」
公「私と友は水遊びを始めたのです」
蕭「…」

公「…どちらが遠くまで泳げるのかを競って」
蕭「…まだ、話しますか?」
公「…聴いていただけるのなら、仕舞いまで聴いていただけませんか?」
蕭「私は構いません」
公「ならば…」
蕭「しかし、あなたの心の傷口から血が吹き出しているのを見ていられない」
公「…」
蕭「心が、毀れませんか?」

公「…聴いてください」
蕭「…」
公「私の、友のために」
蕭「謹んで」
公「…私は泳ぐのが得意だったようなのです」
蕭「…」
公「それをあの頃の私は、普通だと思っていました」
蕭「…」
公「だからあの時の私は、友も私と同じくらい泳げるものだと、信じて疑っていなかったのですよ…」
蕭「…」

公「そして、ふと後ろを振り向いたら、誰もいなかった」
蕭「…」
公「ここに来ると、聞こえるんです」
蕭「…」
公「待ってくれ。待ってくれ。と、喘ぐ友の声が」
蕭「…公順殿」
公「…おや?」
蕭「?」
公「聞こえませんか、蕭嘉穂殿?」
蕭「…」
公「…今、呼んでいるのかな?」
蕭「公順殿!」

梅展「よう!蕭の兄さんじゃねえか!」
蕭「梅展さん!」
梅「公順?」
公「…梅展殿」
梅「…お前、幽鬼みてえな面してんぞ」
公「そうでしょうか?」
梅「舟でも出すか?」
公「…いいですね」
蕭「梅展さん!今の公順殿は…」
梅「大丈夫だ。溺れようが沈もうが、必ず俺が助けっからよ!」
蕭「…」

梅「伊達に宋国水軍を率いてねえ」
公「…乗せてください。梅展殿」
梅「ならそんなおっかねえ面すんな」
坊「お舟!」
梅「四人で乗ろうぜ」
蕭「…失礼します」

公「暑いですね」
梅「俺は夏が好きだ」
公「どうしてです?」
梅「昔は轟天雷の大砲が、祭りで花火を上げてたろ?」
公「そういえば」

坊「花火ってなあに?」
蕭「夜の空に咲く綺麗な花のことさ、坊」
坊「坊も見たい!」
梅「轟天雷が梁山泊に行っちまったからな〜」
公「生きていれば必ず見れるよ」
坊「お兄ちゃん?」
公「…そう。生きていれば」
梅「いい加減にその面をやめろ、公順」
蕭「梅展さん。公順殿には訳が…」
梅「…」

梅「…坊主。怖い話を一つしてやるよ」
坊「怖いのは嫌だよ!」
梅「この湖には水鬼が出るらしい」
坊「…水鬼ってなあに、おじさん?」
梅「それはな、この湖の底から顔を出すんだ…」
坊「怖い!」
公「…」
梅「!」
公「!?」
蕭「梅展さん!何を!」
坊「お兄ちゃん!」

公(ここはどこ?)

公(…)

公(早く来いよ!)

?(…待ってよ、公順!)

?(上手に息ができない!)

?(苦しいよ!公順!)

公(息継ぎすれば、苦しくないよ)

?(どうやるのさ!)

?(僕もう泳げないよ!)

公(簡単だってば)

?(待ってよ!公順!)

?(待って…)

?(待っ…)

公(…なにしてんだよ!)

()

公(あれ…?)

公(…)

公(…置いていって、ごめんな)

公(…)

公(今、一緒に行くから…)

?(そうはいくかってんだ!)

公(!)

公「!」
梅「こいつが水鬼だ!坊主!」
坊「びっくりした!」
蕭「…驚かせないでください、梅展さん」
梅「そんなこったろうと思った」
公「…」
梅「俺の友達は何人水の底に沈んでるかな…」

梅「生きようぜ、公順」
公「…」
梅「全部ひっくるめて、今日を生きればいいんだ」
公「…」
梅「生きているうちはよ」
公「…はい。梅展殿」
梅「そら。上がってこい」
公「…もう少しだけ、泳がせてください」
梅「…」
公「今生きている自分を、もう少しだけ、味わいたいから」
梅「…好きにしな」

公「帰りましょう!梅展殿!」
梅「一人だけ愉しそうに泳ぎやがって…」
蕭「一曲吹いても、よろしいですか?」
坊「待ってました!」
梅「笛か」
蕭「拙い笛ですが」
公「お願いします」
蕭「♪〜竹笛〜♪」
梅「…」
公「…」
蕭「♪〜竹笛〜♪」
公(これが、生きる醍醐味だな…)
梅(泣けてくるぜ…)

坊「蕭お兄ちゃん!」
蕭「身を隠してください」
梅「?」
蕭「あれは大虫窩人斬り五虎将、鄷泰と寇滅…」
梅「いけねえ!」
公「顔と歩んだ道だけでも覚えましょう」
梅「おう」
公「匂いますね」
梅「…なんの?」
公「火薬が」
梅「…近々やつらも決起するんじゃねえか」
公「急いで帰りましょう」

蕭「…別人のようですね、公順殿」
公「あなたと梅展殿のおかげです」
坊「ぼくは!」
公「ごめん!そうだった!」
梅「じゃあまた賭場で会おうぜ、蕭嘉穂!」
蕭「ええ。生きてたら、また…」
梅「湿っぽいぞ。色男!」
公「それでは我らは大至急任務に戻ります」
蕭「ご武運を…」
坊「ばいばい!」

蕭「…旅に出るよ、坊」
坊「次はどこへ?」
蕭「…誰も知らない、どこか遠くへ」
坊「最後にお兄ちゃんたちに何か贈り物をしようよ!」
蕭「そうだな…」

公「ただ今帰隊しました!趙安殿!」
趙「…水に落ちたのか?」
梅「舟から落ちやがりましてな」
公「憑物も落ちました!」
趙「ならばよし!」

韓存保「梅展殿」
梅「韓存保殿?」
韓「…借りを作りました」
梅「は?」
韓「必ず、返します」
梅「おう…」

趙安…元どおりだな、公順!
公順…水に落ちてスッキリしたんです!
梅展…よく分からねえおっさんだな。
韓存保…私は、何もできなかった…

蕭嘉穂…今にも消えてしまいそうな、儚い音色の持ち主。

第十二話 空

公順「韓存保殿!」
韓存保「いい顔をされていますね」
公「私は孤独です」
韓「…」
公「しかし、たとえ孤独に生きていたとしても、友が心に生きている」
韓「…」
公「そう思うことにしたのです」
韓「…私があなたから学びました、公順殿」
公「稽古をお願いしたく!」
韓「私からもお願いします」

韓「…」
公(…不思議だ)
韓「…」
公(あれほど韓存保殿に怯えていた自分がどこにもいないぞ)
韓「…!」
公(これは誘い)
韓「……」
公(これはわざと作った隙)
韓「…!」
公(来る!)
韓「!」
公「!」
韓「強くなられました。公順殿」
公「…私でも不思議です」
韓「なにも不思議ではありませんよ」

韓「あなたは生きる覚悟ができたのです」
公「…」
韓「生きる覚悟。それはすなわち死ぬ覚悟でもあります」
公「きっとこれからの私は、今日を生きるように今日死ぬことも受け入れられる、という気がします」
韓「…」

公「今日を生ききって、明日も生きるということは、今日の自分は死に、明日の自分に生まれ変わったと言えますからね」
韓「…」
公「失礼しました。稽古の続きを」
韓「…これからは実技指導に入りますが、覚悟はいいですかな?」
公「無論です!」
韓「しからば…」
公「韓存保殿!」
韓「なにか?」

公「今私は、あなたの笑顔を初めて見ました」
韓「…」
公「それではよろしくお願いいたします!」
韓「全力で来なさい。公順殿」

公「やはり日々の稽古の時とは全然違いました…」
韓「今日はこれまで」
公「ありがとうございました。韓存保殿」
韓「実技指導は五日に一度にしましょう」

公「日々の稽古は…」
韓「私が日々のあなたに教えることはなくなりました、公順殿」
公「…分かりました。私も武術の稽古を欠かしません」
韓「では、これにて」
公「失礼いたします」

韓「…私もこんな生き方がしたかったな、双鞭」

李従吉「公順殿!よかった!」
公「李従吉」
李「占いで嫌な結果が出たもんで、心配してました」
公「当たるも当たらぬも八卦だろう?」
李「そうなんですけどね」
公「王煥は?」
李「…妓楼に」
公「嘘をつくな」
李「…言う訳にはいかないんです」
公「言うまでもないぞ、李従吉」
李「…」

公「顔色が悪かったのをよく覚えている」
李「…」
公「食も細かったよな」
李「…」
公「…病なのか?」
李「…」
公「会わせろ。李従吉」
李「誰にも言うなって、あいつが…」
公「李従吉」
李「…分かりました」
公「病か…」
李「公順殿」
公「どうした?」
李「鬼みたいにおっかなかったです…」

公「入るぞ、王煥」
王「…公順殿」
公「痩せたな…」
王「これでまた女にモテるっすね〜」
公「ガリガリ男は相手にされんよ」
王「俺は王煥っすよ?」
公「ああ。新鮮組一番隊隊長の王煥だ」
王「…ねえ。公順殿」
公「…」
王「俺を戦で死なせてください」
公「…」
王「死ぬに死にきれねえっすよ」

公「…趙安殿に伝えておく」
王「マジっすか!」
公「約束する」
王「堅物公順殿も、男心が分かるようになってきたっすね!」
公「今お前が考えてることも分かるぞ?」
王「当ててください」
公「酒だろ?」
王「当たり〜」
公「…」
王「我慢するっす」
公「…」
王「戦が終わって、生きて帰るまで」

公「割り勘だからな」
王「せこっ!」
公「必ず間に合わせろよ」
王「意地でも」

趙安「…分かった、公順」
公「戦の時はよろしくお願いします」
趙「あれほどの才を持ちながら…」
公「天は意地悪ですね、趙安殿」
趙「全くだよ」
公「それでは巡回に」
趙「頼む」

公「…空はこんなに青いのにな」

王慶「牛邦喜と劉敏が消えたって?」
李助「どういうことなの…」
王「じゃあもうおっ始めちまうか、金剣先生!」
李「まだいかん。王慶殿」
慶「つまんねえ…」
寇滅「火薬の準備はバッチリですぜ?」
李「開封府の準備がだらしねえ…」
鄷泰「私たちで都を火の海にするとは痛快ですね!」
袁朗「…」

慶「どうした、袁朗?」
袁「…雨の匂いが」
寇「んなわけねえだろ、雑魚!」
鄷「この時期はいつも晴れの日が続くじゃないですか…」
王「気にすんな、根暗!お天道様が落っこちるわけねえだろうがよ!」
袁「…」
王「お天道様とかけて、俺の未来ととく!」
李「そのこころは?」
王「ピッカピカ!」

趙安…王煥の見舞いに行った。
公順…人の命ってなんなんだろう。
韓存保…最後に笑ったのはいつだろう。
王煥…肺の病。戦に間に合うか。
李従吉…こんな時、自分の勘が鋭すぎるのが嫌になるんです。

王慶…大虫窩首領。開封府で極道やりたい放題のどら息子。
李助金剣先生とあだ名されるマッチョ軍師。変態。
寇滅毒焰鬼王とあだ名される放火魔。イカれてる。
鄷泰…大人しい顔してえげつない人斬り常習犯。
袁朗…何もかも自分の運命と諦めた。

第十三回 能動的フレッシュマン

徐京「物好きやなあ、公順はん」
公順「監察の仕事も知りたくて」
張開「鄷泰と寇滅」
公「この通りに入っていきました」
徐「…例のお宿のある通りや」
張「決して振り返ったり、立ち止まったりせぬように」
公「じゃあ、無駄話でもしながら歩きましょうか」
徐「勘所が分かってますなあ、公順はん」

公「絶対に行きません!」
徐「妓楼に行けって、御大も言うてはったやんか!」
公「私は一人の女性を深く愛します!」
徐「そう言う奴に限って、女に愛が重い言われてふられるんやで〜」
公「なんですと!」
張(ここです)
徐「…あっかんわ〜お前さん!絶対にあかんわ!」
公「何があかんとですか!」

徐「あんさんの心にけだものが、隠れとるわ〜」
公「私はそれを飼い慣らせています!」
徐「言うてあんさん、男がそないなってしもたら、去勢された宦官と一緒やで〜」
公「あなたそれ、童貫元帥に同じこと言えますか!」
徐「ご堪忍…」
張「…」

公「…罠ですか、徐京殿」
徐「ぷんぷん匂った」
公「徐京殿の勘を信じます」
徐「公順はん…」
張「ならば拠点は別ですな」
公「それに異臭がします」
徐「…火薬やな」
公「はい」
張「帰りましょう」
徐「ところで公順はん」
公「はい?」
徐「本当のところ、どないやねん?」
公「行きません!」
張「…本当に?」
公「張開殿まで!」

公「趙安殿」
趙安「分かったか?」
徐「目星つけとった宿は罠ですわ」
公「街に火薬の匂いもしました」
趙「焼討ちか…」
公「匂いの発生場所を推測したのですが…」
張「ほう…」
徐「ええ仕事してはるな〜」
公「風向きから推理したのですよ、徐京殿」
趙「…これで拠点の範囲はかなり絞られたな」

趙「なんとしても我らで先をとるぞ」
公「ならば今宵行きませんか?」
趙「公順!?」
公「先んずれば人を制します」
趙「急いてはことを仕損じる、と思ったが…」
公「…」
趙「これ以上情報収集したところで、時間を無駄にするだけだな」
公「ご決断を!」
趙「新鮮組全員召集!」
公「フレッシュ!」

王煥「今夜っすか!」
公「…身体は」
王「!!!」
公「おう!」
王「バッチリっす」
項元鎮「ここまでよく調べたものだ、皆」
徐「あとは、あんさんらの仕事や」
楊温「無論」
徐「惚れてまうわ、楊温はん…」
楊「殺す」
趙「区域は大きく絞られたとはいえ、虱潰しにはなるだろう」
李従吉「恵方は…」

趙「大虫窩を見つけ次第、容赦を禁ずる」
荊忠「らしくねえな、局趙安殿」
趙「情けは兵にかけろ」
韓存保「…おや」
梅展「どうした、韓存保殿?」
韓「雨音が」
公「なんですって!」
趙「…我らに及時雨が降った」
王「これで名実ともに、水も滴るいい男っすね!」
何信「どんどん強くなっていく」

王慶「嘘だろ!」
寇滅「俺の火薬!」
李助「どういうことなの…」
袁朗「…」

趙「…天が今宵行けと言っている」
公「趙安殿!」
趙「今宵、出撃!」

「フレッシュ!」

趙安…私が公順に先を取られてしまうとはな。
公順…監察もびっくりの観察力。
何信…リハビリ中。
徐京…腕に自信はなくても直感は冴え渡る。
張開…堅実な仕事ぶり。
王煥…面貌の代わりようを尋ねることは許さない。
項元鎮…闇夜だろうが豪雨だろうが私の弓は関係ないさ。
楊温…女を見ても徐京なんじゃないかと思い始めた。
韓存保…まるで誂えたように…
梅展…槍を振り回して身体をほぐしてる。
李従吉…占い中。
荊忠…開封府から火薬とは違う不穏な匂いがする。

王慶…ヤケ酒だ!
李助…救いはないんですか!
寇滅…全部パーになっちまった!
袁朗…何も言わない。

第十四話 雨天決行フレッシュ日和

王煥「開封は豪雨ですな!」
李従吉「やつらはどこへやら」
荊忠「…俺は行く」
楊温「戦略は皆無か…」
公順「趙安殿!」
趙安「天が我らを後押ししているな」
項元鎮「…では、行きましょうか」
楊温「大虫窩」
張開「虎穴に入らずんば」
梅展「虎子は得られねえ」
韓存保「…」

何信「本営の守りは我らが」
王文徳「ご武運を」
徐京「気〜つけてな〜」

坊「絶好調だね!兄ちゃん!」
蕭嘉穂「降らせすぎたかな?」

趙「私と公順で二手に分かれる」
公「了解!」
趙「王煥、韓存保、李従吉が我ら」
公「楊温殿、項元鎮殿、張開殿、梅展殿が我らですな」
趙「当てた方に宴の酒を奢るのだぞ」
公「望むところです!」
王「絶対公順殿に奢らせますよ!趙安殿!」
公「奢れる者は久しからずだ!」
王「はい?」
公「…」

趙「必ず生きて帰るぞ、みんな!」
公「気を取り直して、行きますよ!みなさん!」

「フレッシュ!」

趙「恵方は、李従吉?」
李「…あっちです!」
王「…」
韓「無理をせぬように…」
王「無理するところっす」
韓「…違いありませんな」

項「気負うなよ、公順」
公「はい!」
項「…もうお節介かな」
楊「傘が欲しいところだが」
張「…少し、かさばりますな」
梅「…張開?」
張「…」
公「出撃!」

趙「公順の進言に乗って大正解だったな、韓存保」
韓「…彼に教えることは、もう何もありませんよ」
趙「これからも、宜しく頼みます」
韓「…」
李「…」
王「どうした?」
韓「静かに…」
趙「…」
韓「乱痴気騒ぎが聞こえますな」
王「耳いいっすね」
李「…俺の勘もまずここに行けと言っています」

趙「公順に奢らせられるかもな」
王「早く行きましょう!」

趙「…この匂い」
段二「なんだ!てめえら!」
王「」
段「!」

王慶「なんの音だ!」
趙「…」
慶「何者だ!」
趙「フレッシュ改めである!」

慶「新鮮組!」
李助「いかん危ない危ない」
袁朗「…」
慶「俺を逃せ馬鹿野郎ども!」
寇滅「てめえが死ね!糞首領」
慶「野郎!」
従「世話ないですね」
趙「口を慎め」
煥「…」
段五「畜生!」
煥「」
五「!?」
慶「出てこい雑魚ども!」
兵「…」
兵「…」
趙「少し多いな」
韓「凌ぎましょうか」

兵「死ね!」
従「!」
兵「」
趙「斬り捨てろ!新鮮組!」
袁「…私が」
助「結構すぐ逃げるんだね」
慶「死んでも俺を守れ!」
趙「…こんな連中のために死ぬのか」
袁「…」
煥(迂闊に斬り込めん…)
従「魁!」
袁「」
趙「!」
従「…趙安殿」
袁「…」
趙「己の不明を恥じろ」
袁「…痛いほどに」

煥「李従吉!」
従「額を守ってて良かった…」
韓「控えていなさい」
従「少し…」
趙「追うぞ」

従「…その剣をどこで?」
袁「故郷で…」
従「何人斬った?」
袁「…数えるのを、諦めたほど」
従「地獄行きだな」
袁「…違いない」
従「…じゃあな」

従「…きっと俺たちも、そうなんだろうなぁ」

趙安…軍務の合間をぬった剣の稽古を欠かさなかった。
王煥…ちょっと、息が苦しいっす。
韓存保…私の獲物は…
李従吉…額に鉢金をしてた。

公順…この通りじゃないのか!
楊温…えらい豪雨だ…
項元鎮…終わったら皆で湯に入るぞ。
張開…気配も消せますね…
梅展…殿なら任せてくれよ!

荊忠…単独行動中。目星はついてるぜ。

何信…碁でも打たぬか、王文徳。
王文徳…いいですね…
徐京…あんさんらもとっとと白黒つけてまいなはれ。

蕭嘉穂…傘はないのかい、坊?
…忘れちゃった!

王慶…俺だけ生き残れりゃいいんだ!
李助…どういうことなの…
寇滅…こんな所で死にたくねえ!
段二…斬られて階段から落っこちた。
段五…かませ。姐御が来たら…
袁朗…愚痴一つ吐かず、運命を受け入れ地獄に行った。

第十五話 修羅場

寇滅「やってらんねえぜ、くそったれどもが!」

寇「なんで今日に限って土砂降りなんだ!」
韓存保「…」
寇「!」
韓「毒焰鬼王…ですな」
寇「貴様らを火達磨に…」
韓「この豪雨で?」
寇「畜生!」
韓「…」
寇「?」
韓「…」
寇「素手でくるのか、おい?」
韓「…」

寇「舐めてくれるじゃねえか、おっさんよぉ〜」
韓「」
寇「!」
韓「私はね。一つ決め事があるんですよ」
寇「」
韓「鬼を地獄に送る時は、素手で嬲り殺すと」
寇「助け…」
韓「」

荊忠「やってんな〜」

荊「…」

荊「…しょうがねーなぁ」

公順「早く我らも探さなければ…」
荊「おい」
公「荊忠!」
荊「大虫窩はあの宿だ」
公「本当か!」
荊「…嘘つくわけねえだろうがよ」
公「お前も来い!」
荊「やなこった」
公「貴様!」
項元鎮「行こう、公順」
荊「…せいぜい頑張れ。鬼のフレッシュ」
公「…」

荊「俺も行きてえんだけどな〜」

?「…」
荊「…そんなに高廉の馬鹿は怒ってるのか、羌肆?」
羌肆「あんたを殺さないと、俺が死ぬ」
荊「まさか死ぬのが怖えのか、お前さん!」
羌「…」
荊「おめえらみてえな屑がそんな馬鹿言っちゃいけねえよ〜」
羌「…」
荊「たっぷり教えてやるよ」
羌「…」
荊「青蓮寺の殺し方ってやつを」

項元鎮「始まっているぞ、公順!」
公「援護に!」
梅展「フレッシュ!」
張開「!」
楊温「牙突!」
兵「!?」

公「血に酔いそうだ…」

韓「」

公「あれは韓存保殿!」

公「韓存保殿!」
韓「…」
公「!?」
韓「目に焼きつけなさい、公順殿」
公「…韓存保殿?」
韓「私が鬼を地獄に送るところを」

韓「」
寇「」
公「」
韓「…あと二発」
寇「」
公「…」
韓「!」
寇「」
韓「!」

公「…」
韓「…行きましょうか」
公「…」
韓「あなたには、見せておきたかったのです。公順殿」
公「…」
韓「私の、本性を」
公「…しかとこの目に焼きつけました」
韓「…では、同志の援護に」
公「はい!」

羌肆「!」
荊忠「口ほどにもねえな、後輩ちゃん」
羌「…」
荊「死ね」
?「お前がな」
荊「!?」
羌「高廉殿…」
高廉「行くぞ」
羌「止めを…」
高「刺すまでもない」
羌「」
高「苦しんで死なせる」
荊「…」

趙安「来たな!公順!」
楊温「待たせました!」
趙「捕縛に切り替えろ!」
項元鎮「フレッシュ!」
兵「!?」
楊「夜中の土砂降りでも弓とは目が良いな、元さんよ」
項「顔もな!」
楊「…だからモテねえんだよ」

王煥「…」
李助「!」
王「変態軍師っすか…」
李「ああん?」
王「剣が腐りそうっす」
李「だらしねえな?」
王「!」
李「!」
王(強えな、変態のくせに)
李「歪みねえな」

梅展「ここは通さねえぞ」
王慶「突っ込め!雑魚ども」
兵「そんなこと言ったって…」
慶「死んで時間を稼げ!」
兵「!?」
梅「!」

梅(本物の外道だ)
?「道を開けな」
慶「来てくれたか、ハニー!」
?「調子が良い男だね」
梅(なんだこの女)
段三娘「大虫窩の段三娘とは私のことさ」

梅「名字一つでえらい違いだな、姐さんよ」
段「それを言うんじゃない!」
梅「!?」
段「ぶち殺してやる」
梅(なんて力だ)
慶「今のうちだ!」
梅「野郎!」
段「亭主に手を出すな!」
梅「!」

楊温「…」
鄷泰「!」
楊「…この程度で五虎将?」
鄷「許しません!」
楊「可哀想だから目隠しして斬ってやるよ」
鄷「」
楊「ほれ!俺はなんも見えてねえぞ〜」
鄷「…」
楊「斬り放題だぞ〜」
鄷「…」
楊「」
鄷「!?」
楊「読み切りだぜ、坊や」
鄷「そんな…」

楊「まずはそのばっちいお手々から斬り落とそう」
鄷「やめて!」
楊「!!」
鄷「!」
楊「楊家家訓」
鄷「」
楊「卑怯者は手から斬り落とす」

楊「しょぼい武器使いやがる…」

荊(…ちくしょう、痛えなぁ)
?「…」
荊「俺と、同じ匂い?」
?「…」
荊「冥土の土産に、聞かせてくれよ…」
?「…」
荊「名は?」
樊瑞「混世魔王」
荊「あの…」
樊「…」
荊「…きっとお前のことは、誰かが、覚えていてくれるんだろうなぁ」
樊「…」
荊「…一つ、頼まれてくれねえかな?」
樊「眠れ」
荊「ありがとよ」
樊「」

樊「…忘れんよ、俺は」

趙安…これで百人力だ!
韓存保…戦でも何人の鬼を素手で葬ったことだろう。
公順…怖気をふるうような恐ろしい気でした…
項元鎮…闇夜だろうが豪雨だろうが関係ない弓の名手。でもなぜかモテない。
梅展…槍の使い手。殿と足止めに持ってこい。
張開…物静かでも、怪力と相まって相当な剣の使い手。
王煥…上手に息ができなくなってきた。
楊温…口ほどにもねえ雑魚一匹斬ったところでな。
荊忠…独り魔道を爆進していたが、ついに止まる時が来た。

王慶…命辛々自分だけ屋敷から兄の元へ。
段三娘…王慶無敵の嫁。あだ名は大虫窩。力が強すぎる女傑。
寇滅…因果応報。嬲り殺された。
鄷泰…因果応報。斬り刻まれた。
李助金剣先生は伊達ではない。

羌肆…青蓮寺の軍の若手。まだまだ未熟。
高廉…穢らわしく忌まわしい男だったよ…

樊瑞…覚えてもらえる、か…

第十六話 フレッシュマンの別れ

梅展(槍が使えなくなってきやがった…)
段三娘「だらしがないねえ!」
梅(おまけにハンパねえクソ力だ!)
公順「梅展殿!」
韓存保「…」
段「新手かい!」
韓「借りを返します。梅展殿」
梅「悪い、頼むわ…」
韓「…あなたに鬼は見えませんな」
段「地元じゃ鬼嫁で知られているよ!」
韓「…」

公「縛につけ!」
段「おやまあ!可愛い坊やだこと!」
公「…」
段「食っちまいたいくらい、可愛いねえ」
公「韓存保殿。ここは私が」
韓「…」
段「でもごめんな、坊や」
公「…」
段「死にな!」
公「!」
段「!?」
公「韓存保殿。捕縛を」
韓「かしこまりました」
段「…」
公「案ずるな峰打ちだ」

段「…本当に惚れちまいそうだよ、坊や」
梅「…強えじゃねえか、公順」
韓「借りを返せませんでしたな、梅展殿」
梅「酒でいい」
韓「それでは私の気が済みません」
梅「じゃあ気が済むまで飲ませてくれよ」
韓「…」
梅「飲んでみてえ酒があってな」
韓「…」
梅「それでいいさ」

趙安「王慶はどこだ!」
梅「この鬼嫁に逃されちまいました!」
公「まだ戦っている者は?」
趙「行くぞ!」
公「お供します!」

梅「まだ手が痺れてやがる」
段「あたしゃ、あの坊やに痺れちまったよ」
梅「あんた、なんであんなゲス野郎なんぞの嫁に?」
段「あたしもゲス野郎だからに決まってんだろう?」

王煥(キモいくせに!)
李助「!」
王(異様に強え!)
李「ああん?」
王(そろそろ限界かも…)
李「だらしねえな!」
王(…死域に入ったら)
李「救いはないね!」
王(…どっちに行くかな?)
李「救いはないんですか!」

王(…らしくねえぞ、王煥!)
李「ああん?」
王(それじゃあちょっくら)
李「!?」
王(入ってみようか!)
李「どういう事なの…」
王「」
李「…」
王「!!!」
李「…逝った」
王「…」

王「…」

王「…」
李従吉「王煥!大丈夫か!」
王「大丈…!」
従「王煥!」
趙安「李従吉!王煥!」
王「趙安殿」
趙「…」
王「戦で、死ねました」
従「バカ言ってんじゃねえ!」
趙「まだやる事があるだろう!」
王「…あっちで席取って、待ってるっす、みんなのこと」
公順「王煥!」
王「でもね…」
公「…」

王「そんなに焦って、早く来ないで、いいっすからね、みんな」
趙「…」
王「お先に、席取りに、行ってきます…」
公「その時は私の奢りだ、王煥」
王「…やったね」
公「…」
王「…じゃあ、ちょっくら」
趙「…」
王「」
公「…」

趙「捕縛した幹部は王慶の妻だけか」
張「役人に引き渡しました」
公「これで大虫窩は潰しましたね」
趙「王慶を取り逃したのは痛手だが…」
梅「あそこまで生き汚え下郎はそうそういないですよ」
趙「またいつか出てくるかもしれんな」
韓存保「王煥殿を連れて帰りましょう、李従吉殿」
従「…はい」

王煥

趙「二人は先に、王煥を連れて帰ってくれ」
韓「かしこまりました」
従「…」
公「李従吉!」
従「!」
公「泣くのは宴までの我慢だ!」
従「はい!」
趙「…」

公「…おや?」
趙「どうした、公順」
公「まだ血が臭う…」
張開「趙安殿、あれは…」
趙「!」

荊忠

公「荊忠!?」
楊温「酷えことしやがる…」
梅「…因果応報、ってやつか?」
項「それは違う、梅展」
梅「元さん?」
項「安らかな顔をして、眠っているじゃないか」
梅「…」

項「本当は、こんな顔をしているやつだったなんて…」
公「一体誰が…」
趙「荊忠がここに来た経緯を思い出せ、公順」
公「…そういう事、ですか」
項「彼は私が運びます」
梅「…俺も」

何信「よく戻られました…」
趙「十フレッシュマンズが、八人になったが…」
徐京「…あんまりやで、お月さん」

王煥
荊忠

徐「これからって奴の命ばっかり奪いなさんな…」
趙「戦と同じだよ、徐京」
王文徳「…」
趙「二人の勇敢なフレッシュマンに礼!」

趙安「!」
公順「!」
何信「!」
王文徳「!」
韓存保「!」
楊温「!」
項元鎮「!」
李従吉「!」
梅展「!」
張開「!」
徐京「!」

趙「いつの間にか、雨が止んでいたな」
公「あの土砂降りが、嘘のような朝ですな…」
趙「虹が出ている」
公「…趙安殿」
趙「どうした?」
公「何色に見えますか?」
趙「赤橙黄緑青藍紫、というから…」
公「…」
趙「七色かな」

趙安…静かな宴になるよな…
公順…王煥の技は誰も真似できないのでしょうね。
何信…天稟としか言えなかったよ。あの技は。
韓存保…誰にも言わない秘密がある。
楊温…湿っぽいがしょうがねえよな。
王文徳…同志の生き様を見て、ようやく肚が座った。
項元鎮…今生きている実感を噛み締めている。
李従吉…堰を切ったように涙が止まらかった。
梅展…韓存保からの酒を、一口ずつ大切に味わっている。
張開…下戸だから普段なら飲まないけど、今宵は一口だけ口にした。
徐京…ずっと塞ぎ込んで、料理も酒もほとんど口にしない。

王煥…悔いはねえっすよ!
荊忠…黒猫がずっとお墓の前に佇んでいる。

段三娘…末恐ろしいほどの余罪が発覚。死罪宣告された時、呵々と笑ったという。
李助…金剣も死域の猛者には歯が立たなかった。

最終話 さらば新鮮組

王文徳「趙安殿。お話が」
趙安「どうした、王文徳?」
王「策を申し上げに」
趙「どんな?」
王「…」
趙「正気か!王文徳!」
王「至って」
趙「…罪滅ぼしのつもりか?」
王「ただの自己満足です」
趙「王文徳」
王「はい」
趙「やっと良い顔になったな」
王「…やっとです、趙安殿」
趙「構わん」

王「あなただけには、私の本意を知っていただきたいと思ってしまったのが、私の弱さですね」
趙「…分かった。許可しよう」
王「いつか必ず、あなたのお力に」
趙「待っている」
王「おさらばです。局趙安殿」
趙「さらば、王文徳」
王「フレッシュ!」

趙「…始めからこの声が出せれば良かったな」

高俅「どの面下げて帰ってきた、王文徳?」
王「あなたの狗になりに、這いつくばって参りました」
高「ほう?」
王「ワン!ワン!」
高「ほう、見事な狗になって帰ってきおった」
王「ワン!」
高「健気な狗よ」

王「…」
張開「よくやったな、王文徳」
王「張開!」
張「見届けてこいと、趙安殿が」

王「…お前も狗として生きる覚悟はあるのか?」
張「確かに、見届けるだけじゃつまらんな」
王「今は狗でいい。しかし我らには」
張「新鮮組の矜持と牙がある」
王「決して鈍らせるなよ、張開」
張「無論」

徐京「…」
楊温「どうした、徐京」
梅展「あの日からずっと塞ぎ込んでんじゃねえか」
徐「…わいは、友達がいなくなるんがこんなにしんどいもんやと思わんかった」
楊「…優しすぎんのさ、お前は」
徐「…」
梅「お前の監察の仕事は、みんなが頼みにしてるぜ?」
徐「仕事はできても、心がもたん…」

楊「…俺らは軍人だからな」
梅「慣れちまったところはあるかもしれねえ」
徐「わいは死ぬまで慣れる気がせん…」
楊「実家に帰るのは?」
徐「…こう見えて、勘当された身なんや」
楊「すまん…」
徐「独りが寂しゅうてな。道行く人を笑かそう思って、ずっと人の観察してたんよ」
梅「そうなのか?」

徐「観察しとったら、いつの間にか気配ばっかり消せるようになってまって」
楊「おう」
徐「監察になってまったんよ〜」
梅「…くだらねえ」
徐「本当は笑いをとりたいんやけどな〜」
楊「じゃあ、芸人になれよ」
徐「芸人!」
梅「その方が良さそうだな!」
徐「なんで思いつかへんかったんかな?」

楊「…嘘だろ?」
梅「俺らに聞くんじゃねえ!」
李従吉「売れるか占うっす!」
楊「おう、来たな売れっ子占い師」
徐「頼んますわ、李従吉はん」

趙安「新鮮組の面々も減ったな」
公順「楊温殿は江州へ出向。梅展殿は水軍強化にかかりきり」
何信「李従吉は占い師、徐京は芸人」
公「韓存保殿と元さんは?」
趙「元さんは退役される」
何「…韓存保殿は?」
趙「公順」
公「はい」
趙「韓存保のもとへ行け」
公「私が?」
趙「稽古場で待っている」

何「行ってこい、鬼のフレッシュ」
公「フレッシュ!」

公「韓存保殿」
韓存保「…」
公「失礼いたします」
韓「公順殿」
公「はい」
韓「あなたが戸を開けたら、二度と振り返ってはいけません」

公「…私は友や部下がついて来ているか確認する時は、振り返ります」
韓「…」
公「しかし、私が自身で決めた事については一切振り返りません」
韓「…」
公「失礼いたします」
韓「入られよ、公順殿」
公「…!」
韓「…これが私の身体です。公順殿」
公「何という数の傷が…」

韓「私は生きている事が罪であり、罰でもあるのです」
公「そんな事は…」
韓「この無数の傷の多くは呼延灼との立合いで負った傷」
公「呼延灼?」
韓「私は呼延灼と立ち合った時、卑怯な手を使っていました…」
公「…」
韓「気づいた私は、戒めとして、呼延灼の鞭を全て身体で受けました」
公「…」

韓「それ以来、我に帰った彼の顔が忘れられなくて」
公「…」
韓「この傷を治す最中、私は背中に刺青を彫りました」
公「刺青?」
韓「ご覧なさい」
公「!」
韓「…私には鬼が憑いているんです」
公「…韓存保殿」
韓「公順殿」
公「はい」
韓「私を救ってはくれませんか?」
公「あなたを、救う?」

韓「私はずっと、首を奪られるに相応しい者を探していました」
公「それは」
韓「そして、あなたと出会った」
公「何を言われているのですか、韓存保殿!」
韓「私にはもう時間がありません…」
公「!!」

韓「私はあなたが戸を開けた時、腹を斬りました」
公「そんな…」
韓「だからどうか、この鬼の首を落としていただきたいのですよ」
公「私は、振り返りませんよ、韓存保殿」
韓「この剣で…」
公「韓存保殿の剣で」
韓「はい」
公「あなたの首を落とします」
韓「ありがとう、公順殿」
公「…」

韓「それでは、私の宿痾を斬り刻んでから、お願いしますね」
公「…はい」
韓「!!!」
公「…」
韓(私の罪と罰は…)
公「…」
韓(やっと…)
公「お別れです!韓存保殿!」
韓「ありがとう」
公「!」

公「…」

公「…ありがとうございました。韓存保殿」
趙安「…公順」
公「見事なお別れでした。趙安殿」
趙「…」
公「…私は鬼になりました」
趙「鬼と共に生きよ、公順」
公「はい」
趙「そして。私と何信と共に」
公「はい!」

呼延灼「…」
関勝「呼延灼?」
呼「鬼の声が聞こえてな」
関「…鬼?」
呼「独りにしてくれ」
関「ああ…」

呼「韓存保よ…」

蕭嘉穂「♪〜竹笛〜♪」
坊「…蕭兄ちゃん」
蕭「なんだい、坊?」
坊「どうして泣いてるの?」
蕭「大人になると泣けなくなるんだ」
坊「…」
蕭「だから代わりに泣いているんだよ」

趙安…見事な抱き首だ、公順。
公順…私は金輪際、涙を流しません。
何信…別人のようだ…

王文徳…自ら望んで高俅の狗になった。しかし、その魂胆は…
張開…王文徳と共に狗になる道を選ぶ。いつか覚えてろよ…

楊温…江州の南の風土の中、厳しい調練と鍛錬を積んでいる。
梅展…梁山泊の水軍も強えからな。

徐京…絶妙な滑り芸人。意図せぬところで爆笑が起きては小首を傾げている。
李従吉…顔と相待って、女性人気筆頭の占い師。

項元鎮…故郷に帰り、私塾と弓の稽古場を作った。

韓存保…長年の宿痾をようやく癒せた。

呼延灼…独り朱富の店で理由も分からず弔い酒。
関勝…呼延灼は軍人として気持ちいいのだが、人と人として接するのを拒むところがあるんだ。

蕭嘉穂…涙とは溢れた感情なんだよ、坊。



すいこばなしは、作者のtwitterにて連載中です。 
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お読みいただき誠にありがとうございました!

中学生の頃から大好きだった、北方謙三先生大水滸シリーズのなんでもあり二次創作です!