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人の醜さや悪意を描くために|「鬼」

 こんにちは。傑作マンガを分析・研究する「21世紀マンガスタディーズ」のお時間です。

 本日取り上げるのは……こちらの作品!


浄土るる「鬼」

<小学館新人コミック大賞>

※無料で閲覧可能です。アカウント登録なども不要です。

※読了目安時間:10分


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本作に対する評価のパターン


三葉「これは、第84回『小学館新人コミック大賞』の『青年部門』で佳作を受賞した作品です」

清水「ほぉ」

三葉先週末から土日にかけてネット上で随分話題になっており、Twitterやブログを見ると、多くの方があれこれコメントされています

清水「ふむ」

三葉「きっとアレですよね。何か一言言いたくなる作品なんでしょうね。『こんなの大嫌い!!』というネガティブなものも含めて、黙っていられないというか……

清水「なるほど」

三葉「さて、それではみなさんどのようなコメントをしているのか?ネット上の声を大雑把に整理してみました……こちら!




三葉「とまぁ、この7つが大勢を占めるかなと」

清水「ふむふむ」

三葉「清水さんはいかがでした?」

清水「私は……まぁざっくばらんに言って、⑦ですかね。よいとか悪いとかではなくて、好みに合わなかったかな」

三葉「確かにあなたの好みとは違うかも……ちなみに、私は③に近いですね

清水「『世の中には悪意丸出しの作品を求める人がいる 。需要はあるだろう』ってヤツですか」

三葉「そうそう。私自身がこうした作品を求めるタイプなので、需要があることはよくわかります」

清水「あー、そういえばあなた、『すべての作品はバッドエンドであるべき。ハッピーエンドはクソ』とか言っていましたね。『主人公はすべからく死ななければならない』とか」

三葉「いまはハッピーエンドも受け入れられるようになりましたけどね」

清水「あなたも年をとって丸くなったんですね」

三葉「……自分では成長だと思っているんですがね」


余談★


三葉「以下のサイトに、選者の評価コメントが載っています」


三葉「『面白い』というと失礼かもしれませんが……なかなか興味深いことになっているので、お時間ありましたらぜひご覧ください」

清水「ふむ」

三葉「いかがです?本作に対するコメントを見ると……『他の作品と比べてコメントしづらかったのかな?』と感じませんか?

清水「あー……抽象度の高いコメントになっているというか……」

三葉「そうそう。きっと簡単にはああだこうだ言えない作品なんでしょうね」

清水「なるほど」

三葉「本記事の冒頭で、『何か一言言いたくなる作品』と申し上げましたが……」

清水「ええ」

三葉「正確には、『何か一言言いたくなる作品……だけれど、コメントするのが難しい作品』なんでしょうね」


人の醜さや悪意を描くために


三葉「さてここからは、本作に対する好き嫌いは一旦脇に置いて……」

清水「はい」

三葉実践的な議論をしましょう!!

清水「実践的?」

三葉「ええ。すなわち……ある日、あなたのもとに友だちがやってくる。彼は本作を示して、『オレ、こんな作品を描きたいんだ!でも、ストーリーもキャラもアイデアがなくて……どうすればよいかな?』と相談を持ちかける。思案するあなた……

清水「……急な話ですね」

三葉「現実はいつだって唐突なんですよ」

清水「なるほど」

三葉「さて、友だちである。できることなら手助けしてやりたい」

清水「ふむ」

三葉あなたは一体どのようなアドバイスを送りますか?

清水「んー……これは難しい」

三葉相手は、すぐにでも描きたいと言っている。抽象的、観念的なアドバイスは屁の突っ張りにもなりません

清水「ふむ……」

三葉「でね」

清水「ええ」

三葉「私だったらどうするだろうと考えてみたんですが……『ポンポコを猫に置き換えてみるとよい』と助言するかなぁと思いまして

清水「……猫?」

三葉「ええ。物は試し、猫に置換してみましょう」

清水「えーと……」

三葉「つまり……主人公は、猫好きの少女・子豆。彼女は猫を撫で、エサをやる。しかし、猫はなかなか懐かない」

清水「ふむ」

三葉「それでもかわいがり続ける子豆。やがて猫が喉を鳴らす。子豆は嬉しそうに微笑む」

清水「ほぉ」

三葉「……が!直後、猫は見知らぬおばさんに甘え出す。……そう!猫は子豆に懐いたのではない!エサをくれるなら、相手は誰でもよかったのだ!!かくしてショックを受ける子豆。おしまい」

清水「ふーむ……」

三葉「いかがです?『どうってことない話』になったでしょ?

清水まぁ、相手が猫なら、エサをくれる人、つまり自分にとってメリットのある方にくっつくのも当然ですもんね。確かに『どうってことない話』ですね

三葉「そうそう」

清水「ええ」

三葉「しかし、これが猫ではなくポンポコという人間になると……『子豆はあまりにも哀れだ!』とか、『ポンポコは何を考えていたのだろう!?……裏切者!』とか、読者は感情を揺さぶられる

清水「あー」

三葉「つまり!『人間と動物のエピソード』を、『人間同士のエピソード』に変換するのです!すると、途端にドラマチックで、時には人の醜さを描いた悪意むき出しの作品になり得る!!

清水「ふーむ、なるほど」


誰を餓死させるのか?


三葉「ということで、試してみようのコーナー!

清水「ふむ」

三葉「お恥ずかしながら私案を披露させていただきます。……上野動物園のゾウにまつわる有名なエピソードがありますよね。あの悲劇的な……」

清水「えっと……『かわいそうなぞう』でしたっけ?」


-🐘-


かわいそうなぞう


 絵本。教科書に採択されていた時期もある。

 舞台は、第2次世界大戦中の東京・上野動物園。

 空襲によって檻が破壊されると猛獣が逃亡する危険があるとして、動物たちを殺処分することになる。

 ライオンやクマが処分される一方、ゾウはなかなか死なない。毒入りのエサは口にせず、硬い皮膚には注射針が通らない。かくして、餓死させることになる。

 ゾウたちはエサがほしくて必死に芸をするが、やがて飢え、衰弱し、死んでいく。


-🐘-


三葉そんな本作を……

清水「ええ」

三葉『両親と、長年引きこもっている息子』の物語に置き換えてみましょう!

清水「……ん?」

三葉「本年6月1日に、元農水省事務次官の76歳の男性が、44歳の長男を刺し殺す事件がありましたよね」

清水「あー、息子は長年引きこもっていたとか、家庭内暴力もあったとか……」

三葉「そうそう。無論、まだ裁判も始まっていません。真実は不明ですが……いずれにせよ、わが国の人口動態、ざっくばらんに言って少子高齢化を踏まえて考えると……現在、そして今後、『老親と、長年引きこもり状態の子ども』が注目に値するトピックだということは間違いないでしょう

清水「ふむ」

三葉「悲劇的なことですが……今回のように『親が子どもを殺す』こともあるでしょうし、逆に、『子どもが親を殺す』かもしれません。もしくは『心中する』とか」

清水「確かにね」

三葉「で、これを『かわいそうなぞう』風に描いてみるのです!

清水「ははぁ……」

三葉「すなわち、こんな具合!……老親は悩んでいる。自分たちが死んだあと、わが息子は一体どうなってしまうのか?孤独の内に死ぬならよい。自業自得だ。しかし……人様に迷惑をかけることだけは看過できぬ。親として、それだけは見過ごせぬ。テレビや新聞で、息子世代の凶行が報じられるたびに、彼らは眠れぬ夜を過ごす」

清水「なるほど……なかなか胸が苦しくなるストーリーですね……」

三葉かくして、彼らは決意する!息子を殺そう。それが、親としての最後の責任である!

清水「まぁ……今回の元農水省事務次官による事件もそうですが、そんな風に考える人は少なくないのかもしれませんね……

三葉「老親は、息子の食事に毒を入れる。……が、息子はバカではない。最近の両親の様子から何かを感じとっていた!」

清水「ほぉ!」

三葉「彼はネット通販で購入した銀のスプーンを使うことで、毒入りであることを見抜く!」

清水「あー、中世の貴族が毒殺を防ぐために銀食器を使っていたという……」

三葉「そうですそうです。銀は砒素に触れると黒く変化しますからね。息子はネットから得た知識で生きながらえたのです」

清水「なるほど」

三葉「その後も老親は様々な方法で殺害を試みる。しかしいずれも上手くいかない」

清水「ふむ」

三葉しかして最後の手段である!餓死させるしかない。長年、老いた母が料理を作り、息子の部屋に届けてやっていたのだが……これを止める!さらに、息子の部屋のドアを封鎖してしまう!」

清水「なるほど」

三葉部屋に閉じ込められた息子は、最早いかんともしがたい。彼は部屋の中で涙ながらに詫び、後悔を口にする。ドアの隙間からそれを見て、老母は涙を流す。老父がぽつりと呟く……『もう遅い』。そして哀れな妻の肩を抱く」

清水「うーむ……」

三葉息子は、まるでママのご機嫌取りをする小学生のように机に向かい、勉強しているふりをする。『ボク、頑張るよ……』なんて叫んでいる。しかし、老親にその言葉は届かない。彼はそのまま飢え、間もなく死ぬ……みたいな!」

清水「なんか……アレですね……」

三葉「アレでしょ?」

清水「ええ……こう、グッとくるものが……」

三葉「とまぁ、『人間と動物のエピソード』を、『人間同士のエピソード』に変換してみると、面白いアイデアが生まれると思うのです。人の醜さや悪意を描いた作品を作る時の発想法としてお試しください★


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登場人物紹介

・清水:マスター・オブ・アニメ。年100作以上のアニメを見続けて20余年。スタジオディーン作品で最も好きなのは「R.O.D」。


・三葉:清水とは中学からの友人。マンガではありませんが……本記事のテーマに即していえば、私にとってのアイドルは南条あやさんでした。


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 最後までお読みいただきありがとうございました。みなさんの今後の創作・制作のお役に立てば幸いです。

(分析:清水、三葉 / 文、イラスト:三葉)

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