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クリエイターのための「誇張」入門(2)

 ふつうの文章では表現し得ぬ「強い気持ち」(「超好き」、「マジ寂しい」、「最高に嬉しい」などなど)をいかにして描くか?

 頼りになるのが……レトリックの1つ「誇張」である!



※注:本記事は、「クリエイターのための『誇張』入門」の第2回です。先に以下の記事をご覧になることをオススメします★


【3-3】「非量的に表現する」タイプの誇張とは?


 ここまで、

・「量的に増やす」タイプの「誇張」

・「量的に減らす」タイプの「誇張」

 ……をご紹介してきた。

 共通点は「量的な変化」であること


 それに対して今回ご紹介するのは、「非量的に表現する」タイプの「誇張」

 一言でいえば、「数字に置き換えられないものを、実態よりも大きく/小さく表現する」テクニックだ。


 例を見てみよう!


<例1>

 「顔面蒼白」……「精神的に強い衝撃を受けたことで、顔が真っ青になる」という意味。

 なるほど。言いたいことはわかるが……まぁ、いくら何でも顔が青くなることはないだろう(エイリアンではあるまいし)。

 つまりこれは、「顔色」という数字に置き換えられないものを実態よりも大げさに表現することで、「いかに強い衝撃を受けたか」を伝えようとしている……というわけだ。


<例2>

 長い人生である。

 誰しも1度や2度は、驚愕することだってあるだろう。

 ……が、実際に心臓麻痺やらショック死やらに至る人は少ないようだ。

 つまり、「死ぬほど」という大げさな表現によって、「いかに驚いたか」を伝えようとしている……ということになる。


<例3>

 言うまでもないだろう。

 「お前の気持ちはわかった。では腹を切れ」と言われて従う者はいまい。誰だって大人しくニンジンを食べる。

 ということで、これは「死んだ方がマシ」という強い言葉を持ち出すことで、「いかに苦手としているか」を伝えようとしているわけだ。


<例4>

 神とは何か?

 ここでは「絶対善」と定義しておこう。

 つまり、「彼は『神のような聖人』です」 = 「彼は『絶対善』です」となるわけだが……冗談は止せ。

 そんな人間がいるものか!

 ……つまり、「神のような」という過剰な表現を使うことで、「いかに善人か」を伝えようとしているのだ。


<例5>

 あまりにも萌えて萌えて心臓がもたぬことを「萌え死ぬ」なぞと表現するが……果たして人は萌えて死ぬものか?

 否!

 かくしてこれは、「死ぬ」という大げさな言葉を使うことで、「いかに萌えているか」を伝えようとしている……といえる。



 以上、「数字に置き換えられないものを、実態よりも大きく/小さく表現する」例をご覧いだだいた。


 「量的に増やす」タイプ、「量的に減らす」タイプとの違いをご理解いただけたと思う。


【4-1】「慣用表現」を崩すのだ!


 ここまで、

・「量的に増やす」タイプ

・「量的に減らす」タイプ

・「非量的に表現する」タイプ

 をご紹介してきた。


 さて、ここからは少し視点を変えて、上記3つのタイプをさらに細分化してみよう。


 なぜ細分化するのか?

 最後までご覧になれば納得していただけると思うが……「誇張」を使いこなすためにはこの作業が必要なのだ!

 

 まずは、以下の図をご覧いただきたい。

 赤色のセルは、これまでにご紹介した3つのタイプ。

 青色のセルが、これからご説明する3つの区分である。


 例えば、以前「弾丸よりも速く走った」という表現をご紹介した。

 これは「量的に増やす」タイプの慣用表現(昔から習慣的に使われてきた表現のこと)だ。


 つまり、前掲の図の【A】に該当する。


 さて、これを「ニュートリノよりも速く走った」と言い換えてみよう


 ちなみに……「ニュートリノ」が何なのか説明するとえらい煩雑になるので割愛するが、「光と同程度の速度を持つ素粒子」、もっとざっくりいえば「光くらい早いもの」とご認識いただきたい。


 さて、「弾丸」だろうが「ニュートリノ」だろうが結局言いたいことは変わらないわけだが……「ニュートリノよりも速い」という表現には目新しさがあると感じないだろうか?

 そう、これは慣用句ではない


 したがって、「ニュートリノよりも速く走った」は【B】に該当するといえるだろう。

 なお、【B】と【C】の相違は主観的・相対的なものなので【C】にしてもよいのだが……まぁ、「弾丸」を「ニュートリノ」に置き換えただけなので【B】にしておこう。


 これをさらに【C】に移動させるには……んー……「彼は走った。CERNでも観測しきれぬスピードで!」なんていかがだろうか?


 「CERN」とは「欧州原子核研究機構」の略称で、世界最大規模の素粒子研究所である。

(みんな大好き「STEINS;GATE」に登場する「SERN」はCERNをもじったものだ!)

 そのCERNが、2011年に「ニュートリノは光よりも速い気がするんだけど……」という実験結果を発表したことをご存知だろうか?その後の「あっ、実験に不備があったわ……」まで含めて大騒動だったので覚えている方もいるかと思う。


 ……という事情を踏まえて、「彼は走った。CERNでも観測しきれぬスピードで!」


 まぁ、文章としての出来不出来は置いておくとして……元ネタが「弾丸よりも速く走った」だとわからぬほどに、大きく変化を遂げたことに異論はないだろう。

 つまり、【C】だ。


 さて、別の例を見てみよう。

 「亀よりも遅い」という表現を以前ご紹介したが……覚えているだろうか?

 これは「量的に減らす」タイプの慣用表現である。


 前掲の図でいえば、【D】に該当する。


 これを、「ナマケモノよりも遅い」と言い換えてみよう。

 「ナマケモノよりも遅い」という表現は耳慣れぬものなので、まぁ【E】と言ってよいだろう。


 それでは、これを【F】にするにはどうすればよいだろうか?


 んー……「遅い!ナマケモノが途中で3回昼寝したってこんなに遅くはならぬはず!!」なんてどうだろう?


 元ネタは「亀よりも遅い」で、それを崩す内に生まれた表現だが……最早元が何だったのかわからぬほどオリジナリティが強まっている。

 【F】と言ってよいだろう。


 さらにもう1つやってみよう。

 先ほど「死ぬほど驚いた」という表現をご紹介した。

 「非量的に表現する」タイプの慣用表現だ。


 前掲の図でいえば、【G】に該当する。


 これを崩してみよう。

 すなわち……うむ!「1度死んで、3日後に奇跡の復活を遂げて、でもやっぱりまた死にそうなくらい驚いた」

 これは【H】……というより【I】か?

 繰り返しになるが……「慣用表現が大きく崩れているか」、それとも「小さな崩れにとどまっているか」の判断は主観的なものだ。

 したがってこの場合、【H】でも【I】でもどちらでもよいのだが……まぁ、今回は【I】にしておこう。


 以上、「慣用表現そのまま」と、「慣用表現を小さく/大きく崩す」の違いをご理解いただけたと思う。


【4-2】「慣用表現そのまま」は原則使用禁止です★


 さて、さらに突っ込んだ議論をしよう。


 改めて、先ほどの図を掲載する。

 ここで注目いただきたいのは、「慣用表現そのまま」の欄だ。


 そもそも「慣用表現」とは何だっただろうか?

 「慣用表現」、それは「昔から習慣的に使われてきた表現のこと」。ざっくばらんにいえば「テンプレ的な表現」だ。


 ……さて、お気づきだろうか?何かがおかしい……。


 じっくりお考えいただきたいのだが……「誇張」とは、「ふつうの言葉では言い表せない強い印象や衝撃を、何とか伝えようとして大げさな言い回しをすること」である。

 そんな「誇張」に「テンプレ的な表現」を使う……?


 ふつうの言葉では言い表せない印象・衝撃を伝えるために特別な表現を用いようとして、テンプレ的な表現を採用する……?


 おかしい!

 矛盾である!圧倒的矛盾!


 「慣用表現」とは、私たちの生活に根づいた「テンプレ的な表現」のこと。特別な気持ちを表現することはできないはずだ。


 例えば、「弾丸より速く走った」という表現。

 作者が「本当に本当に本当に!速くて驚いた!!この驚きを何とか伝えたい!!!」と思ったその強い気持ちは、この表現で読者に届くのだろうか?


 ……おそらく届かない!

 「弾丸より速く」なんて慣用表現は巷に溢れている。読者の目は文章を上滑りするだろう。


 もしかすると心優しい読者は、「『弾丸より』なんて言うくらいだから、メッチャ速かったんだろうね。ふむ」と作者の真意を解読してくれるかもしれないが……甘えてはいけない。


 一方、「CERNでも観測しきれぬスピードで走った」ならどうか?

 これは慣用表現ではない。耳慣れぬ表現だ。

 読者は戸惑う。

 「……ん?何だって?」

 おそらくパッと見では理解できない。

 読み返す。

 それでもよくわからない。

 しかし、何やら尋常ならざる緊張感が伝わってくる。

 衝撃的なスピードだったのだろうと想像する。

 

 ……この違い!


 ご理解いただけただろうか?

 つまり、慣用表現には「ふつうの言葉では言い表せない印象・衝撃」を伝える力がないのだ(だって慣用表現は「ふつうの言葉」なのだから)。

 したがって、慣用表現は「誇張」には向いていない!


 図でいえば、【A】【D】【G】!


 この3つを「誇張」目的で使ってはならない!

 少なくとも創作活動においては要注意!!


【4-3】「真新しい表現」は実在しないことにしておこう


 少し話題を変えて……ここまでご覧になって、こんな疑問をお持ちになった方もいると思う。

 すなわち、「慣用表現をそのまま使う」とか「崩す」とかそういうことではなくて……「慣用表現とは無関係のオリジナルで真新しい表現」の話をしないのはなぜだろう?


 真新しい表現!


 なるほど。

 誰も見たことのない表現ならばショッキングで、インパクトがある。

 「誇張」が、「ふつうの言葉では言い表せない強い印象や衝撃を、何とか伝えようとして大げさな言い回しをすること」だというなら、真新しい表現を使うのが一番よいのかもしれない。


 ……が、真新しい表現なんてものがあるのだろうか?

 私にはどうも実在するとは思えない。


 1000年以上に渡って、多くの人が日本語の文章を紡いできた。それでもまだ発見されていない表現なぞ、本当にあるのだろうか?

 怪しい。じつに怪しい。

 「真新しい表現を発見した!やったぜ!!」と飛び上がっても、それは単なる勉強不足。私たちが知らなかっただけで、とっくの昔に似た表現は存在していました……なんてオチになる気がして仕方がない。


 いや、真新しい表現の探求者を否定しているのではない。

 まるで宝探しのようなロマンがあって素敵だ!

 ……ただ、あなたはトレジャー・ハンターではなくてクリエイター。至上命題は作品を完成させることだと思う。


 宝探しはインディ・ジョーンズに任せておこう。

 クリエイターの方には、一か八かで斬新な表現を探索するのではなく(いつまで経っても作品が完成しない……)、「現実的なテクニック」のマスターをオススメしたい


 はて。「現実的なテクニック」とは何か?


【4-4】「誇張」を使いこなす「現実的なテクニック」★


 さて、結論部である。


 ここまでの議論をまとめると、

・「慣用表現そのまま」はNG!(慣用表現には、「強い気持ち」を読者に伝える力がないのだから)

・「慣用表現とは無関係の真新しい表現」を追究するのは止めておこう!(作品がいつまで経っても完成しなくなるから)

 ……ということになる。


 アレもダメ!コレもダメ!……では私たちはどうすればよいのか?

 どうすれば、「誇張」を使いこなすことができるのか!?


 かくして結論。


 慣用表現を崩して、目新しい表現を生み出そう!


 慣用表現をそのまま使うのではない。しかし同時に、ゼロから真新しい表現を探すのでもない。いわばその真ん中!これが「誇張」を使いこなす現実的なテクニックだ。


 具体的には、本記事前半でご覧いただいた作業……例えば、「弾丸よりも速く走った」という慣用表現を踏み台にして、「ニュートリノよりも速く走った」→「彼は走った。CERNでも観測しきれぬスピードで!」と想像を膨らませたあの作業。

 あれだ!


【4-5】「誇張」を使いこなすための「公式」★


 さて、「誇張」を使いこなすための現実的なテクニックは、「『慣用表現』を崩して、目新しい表現を生み出すこと」だと申し上げた。

 さらに話を進めると……ここから、巧みな「誇張」を生み出すために必要なスキルが明らかになる。


 すなわち!

「慣用表現についての知識」×「その崩し方のテクニック」=「巧みな『誇張』」


「慣用表現についての知識」について


 まず、「慣用表現についての知識」について。

 「慣用表現を崩す」ためには、大前提として慣用表現自体を知らねばならぬ(知らねば崩しようがない)。


 さて、仮にあなたが慣用表現に不案内だとしても……

「国語の授業はいつも居眠りしてたよ!!」

「文学なんて読んだことないよ……」

 と悲嘆することはない。


 また、小説の神様こと志賀直哉の小説を慌てて読み漁るのもオススメしない(ぶっちゃけた話、小説を読むことに慣れていない人が手に取ってもちっとも面白くないと思う)。


 便利な時代である。まずはインターネットで「慣用句 一覧」「主な慣用表現」などと検索して、ヒットしたサイトをざっと眺めるところから始めることをオススメしたい

 一覧の中から慣用表現を1つピックアップして、それをいじくりまわし、今日のnoteで使ってみるとよい。


 例えば、おいしいものを食べた時に使う慣用表現として「頬が落ちる」というものがある。これを崩して、目新しい表現を目指すのだ!

「あまりの旨さに頬が弾け飛んだ!」なんていかがだろう?……えっ?いまいち?)


 地味な作業に見えるかもしれないが……10回、20回、30回と繰り返す内にあなたは慣用表現に精通することだろう。

 そうなればもうこっちのもの!「誇張」マスターの称号を手にする日も近い。


「慣用表現の崩し方」について


 次に、「慣用表現の崩し方」だが……ここにも一定のテクニックは存在する(と私は確信している)。

 ただ、これを真っ正面から論じ始めると超長文になるため、ここではいくつかのコツをご紹介するにとどめたい。


○できる限り元ネタから遠い場所へ

 「弾丸よりも速く走った」が元ネタならば、「ミサイルよりも速く走ったはオススメしかねる。あまりに似すぎているからだ。

 もっと遠くへ!想像力を限界まで膨らませるのだ!


○特定の時代や場所を想起させる言葉を使い、読者の関心を惹く

 例えばカール・ルイスよりも速く走った」

 「なぜここで急にカール・ルイスが登場した?何か特別な意味が込められているのか?」と読者は興味を持つだろう。


 同時に、何やら情緒というか、懐かしさというか……特別な雰囲気が生まれてくる点も見逃せない(以下のnoteによると、この「特別な雰囲気」を「エモい」と呼ぶそうだ。面白い文章なのでぜひご一読を)。


 あるいは、円谷幸吉より速く走った」という表現はどうだろう?

 東京オリンピックが迫る中、円谷氏の名前を使った「誇張」は、ある世代に対してはかなり刺激的な響きを持っていると思う(「刺激的」というのは、要するに「誇張」として効果があるということだ)。



 ……以上、

・「量的に増やす」タイプ

・「量的に減らす」タイプ

・「非量的に表現する」タイプ

 という3つの「誇張」を使いこなすための現実的なテクニックをご紹介した★


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続きはこちら★

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関連

「日本語ラブ!俺は日本語が好きだ、愛してる!!だからこそ日本語の方も俺を愛するべきだよねぇ」(元ネタ:折原臨也)

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 最後までお読みいただきありがとうございました。みなさんの今後の創作・制作のお役に立てば幸いです。

(担当:三葉)

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