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学校図書館、ありがとう、また

小学生の頃まで場面緘黙症があって、家族以外の誰とも口がきけなかった。話そうとすると喉がキュッと締めつけられて、ともだちの視線が恐怖になる。名前を呼ばれても返事ができなくて、音読の順番が回ってきても立っているのがやっとで、だんだん視界が涙で霞んで、そんな私とそれでも周りの子たちは対等に接してくれた。でもやっぱり学校は怖かった。

学校図書館は好きだった。声を出してはいけないから。無言でいることが当たり前で、筆談や身振りでお話しできた。皆が私と同じ「話し方」で会話をしてくれるのが嬉しくて、図書館は私を普通の子にしてくれた。

ひっそりと並ぶ本、独特の匂い、太陽の光が届かない一番奥の本棚、見たこともない鳥ばかり載った図鑑、禁帯出の赤いラベル。

それからずいぶんと時間が経って、自分が場面緘黙症だったことさえ忘れていた。先日近所の図書館で借りた本の貸出ラベルをなんとなしに見ていて、そういえば小学生の頃はいつも図書館に逃げ込んでいたな、と懐かしくなった。本棚をまるで別荘へつづく小路のようにゆっくり歩き、本の背表紙に貼られた案内ラベルを目でなぞる。

貴重書と禁帯出のラベルがとくに好きだったことを思い出した。

孤立はしていなかったけど、誰とも話せないことは私を孤独にしていた。本を通してとっくの昔に死んだ著者と話した。絶滅した鳥を眺めた。

図書の背表紙に貼る案内ラベルは個人でも買えるのだと知って、すぐに揃えた。ついでにマグネットになったかわいいラベルたちも買った。ラベルもマグネットも必要なものじゃなかったけど、届いた荷物を開封したとき、懐かしさが涙になってあふれた。

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千十九

無駄なこと・意味のないこと・どうでもいいこと
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