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分身のようにかわいがりたい自分の文章11選を転記する【2018年9月の固定ノート】

わたしは自身のすべて以上に、自分の作った文章を慈しむ。
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どうして人は生きている奇跡に驚嘆しないの? わたしは自分で呼吸し、好きに動き、考えられることを喜び、震えさえする。でも毎分毎秒をかけて生に胸を熱くするなど、わたししかしないに決まっている。人は資源を使いたくない。そんな「どうでもいいこと」に。命があるなど、
あ ま り に 当 た り 前 だから。

(初掲: 2018年7月24日@Twitter)

疼痛治療に行くと、最初に質問票を書かされる。その中に必ず、「痛みが治ったら何をしたいか」という項目があるだろう。わたしは怖くなる。想像する……。先生がそこを指差し、「これね、あきらめて。わかるよね?」と告げるかもしれないじゃない!「痛みのない幸せを感じたい」がわたしの答え。

#疼痛
(初掲: 2018年7月24日@Twitter)

墓石やさんの前に来ると、手を合わせて拝んでしまいます。今日、この行動がおかしいと気づきましたの。
(・_・;)

(初掲: 2018年6月29日@Twitter)

知らぬ間に寝てしまう。以前は運転中に寝落ちする程度だったが、今では歩きながら気を失っている。睡眠障害の度合いでいえば、深刻さは増しているはずである。

#関節痛 #寝落ち #睡眠障害
(初掲: 2018年6月23日@Twitter)

パン屋さんでのセルフサービス方式を始めたのは、『広島アンデルセン』なんだそう。トングでパンを選びとるとき、わたしはわくわくしちゃうの。おとなしいパン達に、時々、「ユーの方から来ちゃいなヨ!」と呼びかけるのが大好き。
ლ(´ڡ`ლ)

#広島アンデルセン #トング
(初掲: 2018年6月16日@Twitter)

自分のいいところを発見しました! わたしは人と比べることがまったくないんです。だから、嫉妬も妬みも僻みも経験ありません。ドデスカ。にっこり。
(๑´ڡ`๑)

(初掲: 2018年5月13日@他SNS)

小学1年か2年のやせっぽちの少年が、手提げ鞄と小さな水槽を持って歩いていました。狭い歩道の向こうから自転車を押したおばあさんがやってきます。このままではすれ違うことができません。少年は垣根にぺったりとへばりついて、おばあさんを行かせました。
そして、ぴょこっとおじぎして歩き始めました。少年が思慮深く考えてそうしたとは思えませんから、親がしつけたのでしょう。心が洗われるときでした。

(初掲: 2018年5月23日@Twitter)

目がかゆいん、かゆいん♪

(初掲: 2018年3月8日@他SNS)

「最近の若い人は〜」とけなす人々は、自分がもう若くないことを自認している。「若い人」のカテゴリーに二度と入れないのを不愉快に思っている。だから「若い人」をなるべく悪いものに仕立て、その中に自分がいないのを喜び、不愉快さをかき消して、気持ちに折り合いを付けるのだ。彼[女]らは哀れだ。

(初掲: 2017年12月13日@Twitter)

「馬鹿になれ」は、「利口者が馬鹿のメッキを張るのがいい」という意味だが、勉強も研鑽もしなくていい生き方を認める風潮を作ってきた。しかしそうではなく、やはりよく努力したあと、それをひけらかさない美徳を言っているのだ。

(初掲: 2017年10月16日@Twitter)

みんな、やせたらきれいになると信じているようだけど、やせてもきれいにはならない人がほとんどである。みんな夢ばかり見ている。夢なしじゃ生きられないもの。そしてやせたら、やせてもきれいじゃないことがわかってしまい夢を失う……。それが怖くて、うすうす知っているからわざとやせないのかも。

(初掲: 2016年9月1日@Twitter)
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おわりです。お付き合いありがとうございます。【このページは、2018年9月の固定ノートでした】

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