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空腹と疲れと苛立ちの果てにーー食べログに翻弄された最後の夜

わたしはおなかが空いて空いて、2日に1度はごはんを食べなければ生きていけない。ごはんはまずくて、耐えがたく、嫌で嫌でたまらない。とはいえ出かけると、用事が終わった夜に何かを食べてから帰ることが多い。

夕方近くに起きたら、めまいも吐き気もなく、かかりつけの整形外科に行けた。ひと月分の処方薬を確保して、新橋を出る。かねてからチェックしてあった飲食店のために西新宿を目指すのだ。

わたしは蕎麦に免疫がある(きらいじゃないという意味)。「山形の鶏そば」の、前から気にしていた有名店へ向かった。仙台出身のT と話題にもなったところ。さぞかしいい味なのだろう。しかし、その人が食べにいったのか、味はどうだったのかを聞いていなかった……。食べログの点はこのとき3.55点。この評価の真意は後述。

なんと道中の新橋駅の西側で、同じ「山形の鶏そば」を出す麺処を見つけた。しかし心は西新宿一色に満たされている。またの機会だ。都庁西へは30分で着いたと思う。そして、そのあと神楽坂のサラダやさんに行くつもり。

運転しながら所在を捜しーの、駐車スペースの確保を目指しーの、わたしはお店を1回見過ごして、別の道に入ってから戻る。空腹であっても、よろめいている場合ではないわたし。ここでふらつきが出れば、入店はだんだん遅くなる。

おや!? 有名店のはずが、店構えはさびれている。20時半頃か。
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先客は20代後半の超絶イケメン氏のみ。

冷ややっこ系のおつまみをお供に待った。鶏そばは冷や麺がスタンダードらしい。注文してから店内情報で知った。でもわたしは年中あったかいものを食べたいし、冷ややっことてギンギンに冷ったいままの豆腐が出てくるとは思わなかったミス。

お蕎麦の1口目。な、な、ななんだこの麺は! ちっともおいしくない。しかもどんどんまずくなって気が沈む。わたしはおなかが空いている! 手を止めたくない。まずくたってまずくたって命を懸ければ食べられないことはないのだ。飲みこめ。空腹を抱えたままお店を出るのは体に悪い。生きるためだ、食え。

2口しか食べないで残したらどういうことになるか。また違う飲食店に入り直して同じことをくり返す手間をかけなければいけないのだ! 怠惰な人間にできる芸当ではない。

とはいえ、まずくなる一方の食べ物を体が受け入れてくれぬ。不機嫌が亢進した。なんでまずいものでおなかを満たさなあかんねん。むしゃくしゃする。そうまでして生きる価値のある人生? 体に入れるだけ無駄。不快極まりない。それでももったいなくてもったいなくて、わたしはひもじさに抗えず、食べ進めるしかなかった。戦いの相手はまずさと空腹と虚しさと気まずさの4方向に及んだ。残せたのは3割に過ぎなかった。
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山形県民は、このようなものが「山形の郷土料理」とされて東京で振る舞われていることを怒るべきだ。そしてわたしは、まずいものを無理して体にたくわえようとする根性を失うべきだ。いさぎよく、正直に。イライラして寿命を縮めてしまう。そして、もったいないとか、「あの人達に悪いから……」とか考えないで冷徹になる士気を持たなければなるまい。
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その後わたしは2軒目に向かう。かねてより検討していたサラダ専門店のために。もっと近くの新宿駅マルイの中の同形態店を素通りした。閉店時間の近い、知らん駅ビルを走り回りたくないからだ。初めての駐車場からお店の距離もしんどい。

そして神楽坂の外れへ。つまり田舎方向に20分行った地のサラダ専門店に着いた。食べログ記載の閉店時間は間違っていた。わっせわっせと片付けられていく店内を見つめながら、わたしはサラダを買わせてもらえなかった。食べログめ〜。

そうと知っていたら先述のマルイのサラダやさんに行ったよ。このほか、駅ビルや近くにいくらでもお店はあった。こんなに離れてしまってはわたしのチェックリストにも近辺のお店はそうそうないよ。
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おなかが減ったなぁ。つらいなぁ。食べログで3.55点のお店があんなにまずいもんを出すなんて思わないよ……。まさかだよ。もう食べログを第1の情報源にするのをやめたい。

そば、うどん、ラーメンは、規定のアルゴリズムのせいで点数が高く出ることが知られている。もっと注意しなくちゃ。3.5点がおいしさの評判の指標とはいえ、そばで3.55点は決して高得点と言えないのである。そもそもわたしの舌は4点以上(!)のお店へ行っても、「味がわかる」わけではない。「そんなにまずくはないんだけどなぁ。何がいけないんだろう?」と首をかしげている。
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駅から離れてどうするの。マルイのサラダはもうないけれど、戻って何か探す? それか、飯田橋駅か神楽坂駅に出ればなんとでもなるよ。ただわたしの勘はこういうときにひどく精度が悪いんだ。

下手に動き回るよりスマホを信頼。チェックしてあったとこを。唯一見つかった。至近のハンバーガーやさん。まだ開いているはずなんだ、食べログによればね! 今はもう、グルメバーガーでがまんするんだ。2つで3,500円もするけれど。

わたしは近寄ってみる。おそるおそる……。人気がないなぁ。また閉まっているのかなぁ……。食べログのやつ、けしからんな、食べログめ〜。明かりがないなぁ。不安になるって。場所はここのはずなのに。つぶれてるのだろうか?

うわ! 閉まっている!! また食べログの閉店時間め〜、ではなくて、潰れているばりの暗さだなぁ? 定休日だった、食べログにもそう書いてある! なんやねん、なんやねんもう。
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夜も9時半を過ぎたなぁ。なにしろわたしはスマートフォンを持って食べログを見ているんだから。お店がないわけではないんだがなぁ。暗い夜道。つまみに5,000円も出すか、デニーズか、ラーメンだもんなぁ。ガールズバーも発見。どれもいらないや。はー疲れた。融通が利かないもんね、わたしは。つらい。苦しい。死にそう。無理。おなかが空いた。もうだめだね。

わたしはついに泣きだした。神楽坂のはじでね。体はますます動かなくなった。苦渋を舐める静かな晩。

1時間もそうしていた。わたしは覚悟を決めて帰ることになった。恒常的な体力の低さ、お店選びの下手さ、妥協なき頑固さ、どうにもならんね。まったく、「ご利用は計画的に」だよ。もちろん食べログのね。自分を変えることはできそうにないから、せめて食べログとの付き合い方を見直すね。

ありがたいことです。目に留めてくださった あなたの心にも喜びを。