その両拳に女神の加護を

 反対側コーナーの、対戦相手の息遣いが聞こえるほどに感覚が鋭敏になっている。日頃の節制から次の最終ラウンドまで、自分が絶好調の証だ。ホールの照明はリングのみを照らし、観客席にはスマホから漏れる光源ぐらいしかないが、500人程度の観客一人ひとりの表情までよく見える。そこにミーハー層はいない。専門家気取りが無言で頷く空気が、俺には心地よかった。
「残り1つ。色気出すなよ」
 つまりは恰好よく勝つ必要はない。KOを狙わず、ポイントを稼いで判定勝ちでいい。有難い指示をくれたのは俺のセコンド。“剛腕女王”と呼ばれた女。元キックボクサーで、25歳で伝説のまま現役引退。現在は年齢不詳のシングルマザーは、22歳の俺には常に上から目線。
「ウッス」
 休日は一緒にアニメを見てくれるロリ巨乳中学生のセコンドが理想だが、彼女たちは二次元からは出てこない。現実は過酷で、厳しい。
 比べて、この非日常のリングでの点取りゲームは楽な作業だった。

【続く】

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