あのひとの家はもうなかった。

歌集には入れなかった二年前の一聯の歌を少し推敲した。

あのひとの家はもうなかった。

ぼんやりと揺れながら庭は覆われて手足も胸も木陰でなくす
洗濯の白いシーツの隙間から逃げるあなたの背中が見えた
きっとの「っ」ぜったいの「っ」の幅跳びもあなたの距離に届かなかった
地図を持たず手のひらになつかしく降るあのひとの家はもうなかった
缶コーヒーの温みくらいの瞬きが海峡にまでゆらゆら至る
クローバーのみんなみんなと舌先にわたしの舌をささげています
ふるさとの見飽きた額の遠景にメッセージのない留守録を聴く
大皿のたらこスパゲッティのまわりでどこを見ていたのだろうぼくは
永遠の物語その一ページ鶏頭はちさくふあんにくちる
笑うにも風をかえして失踪のひとの記憶のもう来ない夏
#短歌

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