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本心だけで生きる人は「うざい」のか

※書きたいことも構成も考えずに書いた、殴り書きの文章

先日、こんなセリフを聞いた。

「だって、本心だけを聞いてたらうざいでしょ」

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私は本心を言わない人(≒場を上手くとり持たせようとする人)のことが「嘘つき」に見える。と伝えたら、この言葉が返ってきた。(正確に記憶しているわけではないけれど)

私は「まじか」と思うと同時に、ビジネスをしている人は「本心ばかりだとうざい」と考えるのが自然かもな、と思った。

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ビジネスは、価値を交換していくシステムだ。相手の役に立つことを提供することで、報酬またはスキルをもらう。価値の交換。ほぼ同等の交換。パーソナリティや個人の「好き嫌い」はそんなに重要じゃなくて、欲しい価値を交換できればOK。嫌いな人だって、欲しいポケモンをくれるなら関わるよね。そんな感じ。

私がやりたいことは、ただただ考えながら人間として生きること。つまり表現みたいなもの。これって、ビジネスとは明らかにシステムが違う。価値交換を前提としてなくて、「仕方なく生み出してしまう」「自分を突き詰める」行為だ。

あくまでも、人間の関係性は「自分」と「ファン」。しかも、ファンというのは身近な人のことではなく、遠くの人。ネットまたは出版物または作品を介して繋がる人。身近な人は、ファンとは違う。業界の先輩からの応援も、ファンとは違う。

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バンドについて。歌詞を自分たちで考えて、自分たちで生き様を表現している。普通の人にとってバンド活動をしている人は、おそらく「好きだけど、人間性が濃すぎて実際に関わるのは疲れる」「でも、辛い時に共感する」。

これが私のイメージする私のあり方。実際に関わるのが疲れるほど人間性が濃くない限り、人間の心には刺さらない。

なんて説明したらいいのだろう。一般的な人の「極限の感情」みたいなものを常に生み出してるのが「表現者」や「バンドマン」だと思う。例えば、普通は失恋した瞬間だけメンタルがおかしくなるけど、表現者やバンドマンは常に失恋と同等の心の状態というか。

極限の人間に刺さるのは、ほどほどに価値を提供する人ではないと思う。強烈な何かを世の中にばらまいて、目に入ったら好きになってくれ。ってスタンス。

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自分を社会に合わせる必要は無い。本当の本当に、最低限でいい。最低限を確保したらあとは、死なないように生きればいいだけ。

死んだら人生の実験ができなくなるからね。社会的にミスったくらいじゃ死なない世の中。生物的な死以外で死ぬ人がいませんように。心の死が、生物的な「死」になりませんように。

私はこれからも、現実世界の人には「絡みづらいな」と思われてしまうような奇妙さで生きていくよ。ネットの向こうでいつも見ててくれる人のことが人一倍大切。

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