はあちゅうさんのセクハラ告発の記事を読んだけど、素直に「セクハラはクソ」と言えない自分がいる。

大好きなはあちゅうさん。私のやる気の源、はちゅうさん。初めてフリーランスという生き方を知った時、この人みたいになりたいと思ったはあちゅうさん。

たまにはあちゅうさんの本に出てくる「電通時代のセクハラ」。いよいよ名指しで公開された。相手の男が自分の身を守ってるクソな感じを含めて本当にクソなんだけど、素直に「セクハラをクソ」だと言えない自分がいる。

あの記事を読んで、派生して考えたことをnoteにメモしておく。


①「セクハラはクソ」と言っている男たちは、本当にそう思っているのか?自分はそういうことを一切していないと言えるのか?

あの記事を引用リツイートしている男性は、基本的に「セクハラはクソ」「はあちゅうさん支持」が多い。

多分、あの記事を読んだらそういう気持ちになるのだと思う。(普段の考えや言動はとりあえず置いておいて、読んだ直後は)セクハラはクソだと、素直に思うのだろう。

でも、自分を棚に上げていないか?セクハラをしたことがないと言い切れるのか?本当に?

自分のことを無意識に棚に上げて、純粋な気持ちで「セクハラはクソ」と言っている人はまだマシかもしれない。

中には、「これくらいの発言や言動、仕方ないだろ。許容範囲だろ。」と思っている人もいるのではないか。周りが「これはクソ」って言ってるから、その「クソ」に賛同しないと自分が批判されるので「クソ」と言っている人もいるだろう。

これはセクハラに限ったことじゃない。様々なマイノリティや被害者に関係すること。

例えば、昔に比べて「発達障害には適切な配慮を」みたいなことが盛んに言われている。本当に心から「発達障害には適切な配慮をしなければいけない」と考える人が増えているのは勿論のことだと思う。でも、中には、「発達障害には適切な配慮を」と口では言うものの、本心では「そんなの知らんわ」って思っている人がいると思う。教員の中にだっているのではないか。

また、「鬱は休むべき」という雰囲気が当たり前になってきている。だから、部下が鬱になったら、上司は普通、「まずゆっくり休め」と言うだろう。でも、それが本心かは分からない。本心は「俺の時はそれくらいでへこたれなかった。今の若者は弱い」かもしれない。そんなこと言ったら自分が責められる世の中になったからこそ、理解あるフリをしているだけかもしれない。

誰がどこまで本心で言っているのか、分からない。だから、男性がこの手のセクハラ系の記事に「セクハラはクソ」と言っているのを見ると、複雑な気持ちになる。

もちろん、普段から中立派というか、まともな発言をしている人なら、「やっぱりこの人はセクハラをクソだと思っているよね。うん、いい意見言ってくれている。さすが。」と思う。

でも、普段からセクハラ系の危うい発言をしている人、明らかに過去にチャラチャラ過ごしていて権力のありそうな男性による「セクハラはクソ」系の発言は、素直に受け取れない。それ、本心?本心だとしたら、自分の行動は?過去にしたことは?

前科があるのに「セクハラはクソ」だと発言する八方美人より、前科があるならセクハラ関係には無言を貫く人の方が、よっぽどまともに見える。考えを改めた発言をした上で「セクハラはクソ」と言っている人もいるだろうが、謝れば取り消しできるわけでもない。どうしようもない。



②私には、セクハラをクソだという資格がない

私も若い女。だから、セクハラ的発言をされることはある。嫌な思いをしたこともある。だけど、「セクハラはクソ」と素直に言えない。言う資格がない。

なぜなら、セクハラみたいなものから始まった恋があったから。

なんなら、ひどいセクハラを受けたことを黙認し、関係を続け、しまいには好きになって恋愛関係になったこともある。一度じゃない。

初めこそ私は「純粋な被害者」だっただろう。だけど、それを黙認し、関係を続け、しまいには好きになって恋愛関係…。きっかけはクソでも、恋仲は恋仲。相手を悪く言いたくない、という心理になる。

そして一番心苦しいのは、「私はセクハラの被害者でもあるし、加害者でもある」ということ。私は黙認し、関係を続け、好きになった。これは、相手のクソみたいな行動を受容したことになる。それだけではなく、相手の男性に「わりと強めのセクハラからでも恋は始まるのだな」と無意識に植え付けているかもしれない。そして、また次の女性にも同じことをするかもしれない。また次の、そのまた次の女性にも。

ということは、私のセクハラ受容~恋愛関係 という一連の流れは、世の中(といったら大げさかもしれない)の女性へのセクハラ助長になっている。巡り巡って、自分以外の女性を傷つけているかもしれない。

だから、私は被害者でもあり、加害者でもある。

隙を作る自分が悪い。そんなことしてくる男性と関係を続けてしまう自分が悪い。それは私の弱さでもあり、ズルさでもある。だけど、ある意味「本能」だとも思う。

女性の一部は「性行為(またはそれに準ずる行為)をすると、相手に愛着がわく」ように出来ているのだと思う。10か月間お腹に赤ちゃんを入れておかなければならない本能なのか。分からない。だけど、一定数「セクハラから始まった恋愛」っていうものがあるはずだ。

※セクハラとレイプがごっちゃになっているのはダメかもしれまぜん、この文章。

また、セクハラをセクハラと認知できる女性はまだ救いようがある。環境さえあれば、声をあげられるから。助けを求めることも不可能ではないから。

世の中には大変な家庭環境で育ってきたり、恋愛関係でもめにもめながら生きてきた人もいる。そういう人は、セクハラをセクハラと認知することさえできないかもしれない。セクハラを愛情としか受け取れないかもしれない、セクハラをスルーしてしまうかもしれない。そういう人はどうしたら救われるのだろう。と、児童福祉のバイトをしている私はモヤモヤする。



③セクハラを告発する女は、よほど一貫性を持った人間でない限り、自分の首をしめることになる

これは、はあちゅうさんが一貫性を持って主張している女性だからこそ成り立つ記事。

上のような(②のような)行動をしている私みたいな人間が「セクハラされました。辛い。」と言ったところで、どれだけの人が同情してくれるだろうか。自己責任、隙があった、その後恋愛関係になったなら仕方ない…そう思われても無理はない。セクハラの落ち度をすべて男に持っていかせるには、普段から徹底したセクハラ排除の態度を示し続けていなければいけない。(「そんなことない。どんな状況でも男が悪い」という風潮もあるが、私はそうとも限らないと思う。私だって悪い。)じゃないと、「おまえにも責任がある」になってしまう。

中途半端な態度でいる女性がセクハラを告発すると、きっと、自分の首をしめることになる。

(中途半端な態度でいる女性でも告発しやすい世の中が理想なのか?でもなんだか、ズルい感じもする…。)分からない。



④恋愛だってセクハラから始まる(こともある)

「恋愛初期のドキドキやハプニング」と「セクハラ」の違いって何だろう?

不快な想いをすればセクハラなのか?悪意があればセクハラなのか?体に触れたらセクハラなのか?容姿について発言したらセクハラなのか?よくわかんない。(セクハラの定義については、よく分かっていないところがある。)

不快な想いをすればセクハラだとすると、セクハラって曖昧すぎる。


好きだけどまだ恋人じゃない男性から手を繋がれたら、ドキドキする。ずるいなぁと思いながらも、ドキドキする。嫌な気持ちはしないから、行動を受容する。恋愛関係に発展する。そして、恋人になるかもしれない。

好きでも無いし恋人でもないし、ちょっと嫌な男性から手を繋がれたら、気持ち悪いと思う。嫌な気持ち、不快な気持ちになる。他人に教えたくなる。もう関わりたくないと思う。

こんな風に、同じ行動にしても、「相手の男性のことをどう思っているか?」によって「セクハラなのかどうなのか?」は変わってくるだろう。

どう思っているかどころか、相手の容姿によるかもしれない。イケメンならある程度許容できるっていう人が、きっといる。


一般人にいきなり抱き着かれたら、怖すぎる。

だけど、何かの企画で斎藤工に抱き着かれたら、驚くけどとっても嬉しい。気がする。


一体どこからがセクハラになるのだろう。

容姿レベルの低い人は、もうそれだけで「セクハラ認定」される確率が高くなるのか?うーん…。それってひどい話だ。だけど容姿のパワーって、私が想像しているより強いと思う。



セクハラってなんなんだろう。

私は偉そうなこと、何も言えない。

被害者でもあり加害者でもあるから。

それに、私も男性にセクハラをしていないとは言い切れない。自信がない。

女性にもセクハラをしていないとは言い切れない。

私と比較されることでセクハラ感を感じる女性がいるかもしれない。(私は細いので、「細い」と言われる。それは同時に、隣にいるぽっちゃりの女性へのセクハラになり得るかもしれない。)

私は女の子の髪の毛や手を触る癖がある。それを苦痛に思っている友達がいるかもしれない。

バイト先の子どもたちにも、セクハラをしていないとは言い切れない。

中学生女子が2人いるとき、一人のことを「可愛い」と褒めることは、暗にもう一人のことを「可愛くない」と言っているようなものかもしれない。

最近だって、「クリスマスの予定は?」という質問を男性にしたことがある。あれだって、セクハラかもしれない。


セクハラって何だろう…。

恋愛依存傾向があり、性に人一倍興味のある私は、「セクハラ」をせずには生きられないのではないか?とさえ思ってしまう。セクハラせずには生きられないし、セクハラを受けずには生きられない。加害者にもなるし、被害者にもなる。細心の注意を払うことでセクハラに触れる回数を減らすことは可能だろう。でも、すべての発言に神経質になってもいられない。どこかしらでセクハラに出会ってしまう。その都度「ごめんなさい」と謝られる/謝ったところで、セクハラが帳消しになるわけでもない。

ああ、どうしたらよいのだろう。分からない。


※セクハラの定義を心得ているわけではないこと、この文章の中では男性→女性へのセクハラ中心に書いていること等偏りが多いです。すみません。

※「セクハラは仕方ないこと」と言っているわけではありません。できることなら無くなってほしいです。でも、いじめもセクハラも、人間が人間と関わっている限り、大なり小なり発生してしまうものだと思います。どうしたらいいのだ…



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コメント2件

Hagexさんの「はあちゅうのセクハラ告発大炎上まとめ」で「女性の否定的な内容で注目を集めた」と紹介されてるけど、このノートを読む限り、否定的なことは一切書かれてないのに不思議だ(笑
http://hagex.hatenadiary.jp/entry/2017/12/20/123000
なんて言うか、言わんとしてることは分かりますが、やっぱ受け手が嫌だって思ったらセクハラではないでしょうか。月並みなことを言って申し訳ないですが…。
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