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掌編/短編小説

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基本的に連作ではない小説をまとめています。日常から一歩だけ外れた世界、そこらへんに転がっている恋、病とふだんの生活、鬼との友情なんかを書いています。
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記事一覧

【ショートショート】『上のヒトに代わって』

【ショートショート】『上のヒトに代わって』

「あのさあ、おたくで注文したアンプ、速攻で壊れたんだけど、どうなってんだよ。これじゃぁ週末のライブ、仕事にならねえだろうが!」

 電話口の男は末尾の「だろうが」を一音ずつ強調して怒声を飛ばした。

 瞬時に花音は男の声が小さくなるように電話機の「小」ボタンを連打する。
 音声機器メーカーのカスタマーセンターで働く花音は、パソコンのモニターに向かって何度も深く頭を下げる。おわびをするときには出せる

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【書き出しと終わりメーカー】秘密のまにまに

【書き出しと終わりメーカー】秘密のまにまに

 あなたに秘密があるように、わたしにも、誰にも言えない秘密を持っているのです。

 わたしの秘密はあなたは知らないわけだけど、あなたの秘密はわたしはこっそり知っている。

 あなたは10年前、返済ができずにあなたの大事なものを売りました。

 喉から手が出るほどに黒いお金が必要だった。

 真っ当な銀行はけんもほろろ、保証人のホの字も出せばガンジーだって裸足で逃げてく世間だもの、お辛かったですわね

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【掌編小説】エニグマ

【掌編小説】エニグマ

 仕事だとか人間関係だとかでうんざりしてくると、私は本能で「清潔」な場所を欲するようになる。

 例えば煌々とした照明にさらされ、隙間なくきっちりと整理されて商品が陳列されているドラッグストア。

 あるいはたった3枚のコインできらきらゆらゆらと揺れるピアスを手に入れることができる雑貨店。

 そうでなければ洗剤の香りが漂うなか、ドラム式の洗濯乾燥機がぐるぐると回転するコインランドリー。

 職場

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【掌編小説】合法だけどやべーやつ

【掌編小説】合法だけどやべーやつ

「私ね、まだ合法だった頃のやべーやつ、使ったことがあるんですよ」

 店内の1番奥のテーブル席をはさみ、対面に座ってやべー話を口にしているのは私の上司、アララギさん。

 アララギさんは、部下である私にも敬語を使ってくれる。一人称は「俺」ではなく「私」。

 アララギさんは体格ががっしりしているので、遠目から見るとまるで大型の冷蔵庫のよう。

 最近は多忙なためか美容院に行く暇がないようで、ストレ

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超掌編『夢のような薬』(497文字)

超掌編『夢のような薬』(497文字)

 新薬の研究をめぐり、連日マスコミが情報の争奪戦を繰り広げていた。

「この薬でどんな細胞も若返るというのは本当ですか?」

 おぼつかない足取りで杖をついたR製薬会社のY社長に、マスコミがいっせいにマイクと望遠レンズを向けると、広い額を撫でつつ彼は口を開いた。

「可能性はあると言って良いでしょう。しかし研究段階ですので道のりは長そうです。何しろ神の領域に入りかねない夢のような薬ですので」

 

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掌編小説『よだかの光』

掌編小説『よだかの光』

この記事を書いているのは1/8夜22時半です。
明日は成人の日。
東京の降水確率は0%。
みぞれまじりの成人式にならなくてよかったと
なんら成人式に関係のない私はひっそりと安堵するのです。

二十歳を迎えたあなた方はこれからより
いろいろなことを体験することでしょう。

「じぶん割とお酒強くね?」と調子に乗って
記憶を無くしたりリバースしたり。
手当たり次第に恋をして、
そのたびに愛ってなんだよと

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掌編小説 『よだかと、ふたり』

掌編小説 『よだかと、ふたり』

「来年のことを言うと鬼が笑う」と言うけれど、新年を明日に控えた青年3人、ボロアパートの一階で電源オフのこたつに三方向から足を突っ込みつつ、来年こそ鬼でも悪魔でもなんでもいいから、いやできれば満席のお客さんをどっかんどっかん笑わせたいよな、などと語らっておりました。

貧しさゆえに暖房器具に頼らなくても3人が愛する「お笑い」へ熱意ゆえか、窓に結露した水滴は音もなく静かにつう、つうとしたたり落ちていき

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【小説】 蜜

【小説】 蜜

「書き方とかけっこう忘れるよね」

シングルベッドの上で黒のキャミソール一枚の蜜(みつ)27歳(営業事務)が毛布を胸元に手繰り寄せながらぼやいた。

左手には結婚式の出欠席を問う往復はがきを持ち、太陽の光をかざして見ている。

大晦日の朝10時、日差しは薄いながらもまだ眩しい。
彼女は目をしぱしぱさせながら、決して見えやしない他人のこの先の未来を見るようにはがきを日光に透かしてしばらく眺めていた。

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秘密基地にて羽化する僕は

秘密基地にて羽化する僕は

「ねえ、きょう夕ご飯の後に秘密基地で遊んでもいい?」

きゅうりをトントンと細切りにしているお母さんに上目遣いで訊ねてみた。
秘密基地というのはぼくのおうちの押し入れのことだ。

普段は昼間、押し入れにゲームや落書き帳やお菓子を持ち込ち、謎の敵Xを倒す作戦会議をたったひとりで企てたり、暗がりの中でジェリービーンズを一粒ずつ口に放り込んで目をつむり、じっくりと遠くアメリカのお菓子屋さんを想像して科学

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🦑 【掌編】おしりがかゆい

🦑 【掌編】おしりがかゆい

いけない。
どうやら私は「人前でかけない場所が痒くなる呪い」にかかってしまったようだ。

元来の頑固さや皮肉屋であることを深く反省し、人様とはなるべくやりあわないように重々慎重に過ごしていたつもりが、先日ちょっと職場の後輩であるめぐちゃんにうっかり口を滑らせてしまったのだ。

「めぐちゃんはいいなあ実家暮らしで。自分で使えるお金たくさんあるんでしょう?」

最後の「しょう」のところでめぐちゃんの顔

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【掌編】 ズルはダメだよ

【掌編】 ズルはダメだよ

「ズルはダメだよ」

先日、同僚の茉莉から借りた漫画で「ズルはだめだよ」というセリフがあったことをふと思い出した。サダキヨと言う少年はいつもお面をつけていて、小学校時代のケンジくんに言うのだ「ズルはダメだよ」と。

🍙🍙

金曜日、朝6時半。東京の下町にある1DKの狭いキッチンに立って、横溝さんのためにお弁当を作っている。半袖シャツの上にエプロンはつけない。長いストレートの髪を頭の高い部分でき

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ショートショート『本日は曇天なり』

ショートショート『本日は曇天なり』

午前中にラジオで流れていた天気予報によれば、日中はくもり、夜はなんて言っていたっけ。ところにより、雨?
 
なだらかに話す女性の声の途中から先が思い出せないが、今日の予定は図書館に出かけるだけだ。それほど気にしなくてもいいことだ。

普段、何かにつけて音楽を流さないと落ち着かない私だけれど、今日はイヤホンをせずに図書館に行こう。
玄関のドアを開けて黒のコンバースの左足から外に踏み出した。木曜日の1

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小説  『夢のような彼』

小説  『夢のような彼』

山手線の中で、佐藤二朗の大きな体にもたれかかる。汗の匂いと、車内の暖房の匂い。黒いコートを彼は羽織っているから、ガタイのいい体が余計に大きく見える。

わたしと彼との関係はわからない。だってこれは夢だから。ふと視線をやったわたしの左手薬指にリングはない。しかしこれも夢のなかなので未婚かどうかはあてにならない。

なぜならわたしは実際の生活でも結婚指輪を毎日つけるわけではなく、つけることもあれば外し

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目次 (投稿小説一覧)

目次 (投稿小説一覧)

noteクリエーターの皆さま、こんにちは。
いつも遊びに来てくださってありがとうございます。

このページではやすたに ありさがこれまでnoteに投稿した小説の一部を紹介致します。
気になったものがあれば、ちらちらと覗いて頂けると喜びます。

物語のどれかひとつでもあなたの気持ちを動かすことができたなら、こんなにうれしいことはありません。
登場人物の誰かひとりとでも「一緒に過ごしてみたい」と思って

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