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ショートショート「蝉の背中」

ミヤさんの二の腕はふくふくしている。
それを指摘すると、今ダイエットしてるから秋には痩せるよと言っていーっと歯を見せて鼻に皺を寄せる。子供か。

ミヤさんというのは下の名前ではなく、苗字である二宮から取られたあだ名だ。

彼女は職場では良い子ぶってるけど、良い子ぶっているのはバレバレで、俺と話す時にはそこそこ口が悪い。
彼氏がいるのにすぐ男と寝るという噂がまことしやかに流れているが実はそうではなく、いや彼氏がいるのに寝るのは本当なんだけど、誰とでもではなく自分の興味のある男にしか寄っていかないのを俺は知ってる。

肝心な彼氏は何度別れようとしても別れてくれず、そのくせ殴ったり、他の女を抱いたりするんだと以前聞いたことがある。
その話を聞いて1つ言えることはミヤさんも彼氏もそれぞれに倫理観がめちゃめちゃに狂っているのは確かだという事だった。
一回全部バラして、綺麗にしてからやり直せば良いのに、そんな簡単なことができない大人たちだった。

恐らく職場ではミヤさんの考えていることをいちばんよく知ってるのが俺だ。……と思いたい。
彼女が姉御肌っぽい態度を取るのも俺の前だけで、他の人の前では丁寧な言葉を丁寧に発しているから俺が彼女から見て特別なのがわかる。

だけどそれはごくごく単純に俺のことが可愛いからなんだろうと推測する。弟みたいで可愛がりたい的なあれ。弟の立ち位置ってなんだろうな、どうもできねえじゃねえか。

それから他部署のなんか暗そうなサカナクションのボーカルみたいな顔した丸メガネの男が気になっていることもこの間知ってしまった。

知りたくなんてなかった。でもミヤさんは休憩室に入ると肩のあたりがそわそわし始めて目当てのあいつを目で探そうとする。
彼を見つけて、あ、どうもお疲れ様です、なんて挨拶してるときにそわそわが最高潮になってよく物を落としてそいつに拾ってもらって、また嬉しそうな顔をする。

普段は俺や同期の社員と一緒にランチをとるのに、あいつを発見すると小声で「ちょっと今日ごめん」と言って足早に彼に駆け寄る。

あれのどこがいいのか全然わからない。そのくせ「そういえば今日、矢代くんが夢に出てきたよ」なんてことを平気で言う。
そうやって気を持たせる割りに自分が本気で好きになっていない男とは絶対に寝ない。ミヤさんにはそういうところがある。
魔性。魔性とは?よくわからないけど当然陰では女性社員から悪口を言われている。

夢。彼女の夢の中に俺が出てきたのか。どんな夢?スパイダーマンになって、夜の町々を飛びに飛んでミヤさんを助けるような?
インディージョーンズになって、世界の果てまで行って誰も見たことのないダイヤを発見して彼女にプレゼントするような?
……きっと違うような気がする。しょーもない夢、たくさんの登場人物のひとりだろきっと。

スターバックスの裏手にある駐車場で俺はアイスチャイラテのトールサイズを食後のデザート代わりにちうちう吸った。
コーヒーを飲むとなぜか酔ってしまうから。あれなんだろうな、カフェインがどうとかそういう話?
ミヤさんも同じでこの間もカフェモカのトールサイズを飲んでいる間に「やばいクラクラしてきた」と言って飲むのをやめていた。
だからスタバに行ったらいつもチャイラテ。2人の共通点はまだ多く見つけられない。

7月、今年の梅雨明けは遅かった。じりじりとした日差しの中、焼けるコンクリートの上でアブラゼミが一匹ひっくり返って、脚をにじにじと動かしている。
ちょっと早くないかお前。もう死ぬのか。まだ死ぬなよ。お前交尾ちゃんとしたのかよ、してから死ねよ。

アブラゼミの脚に人差し指を差し出すと、にじにじした脚が指に絡みついてきた。
しっかりと指を掴まれたところでゆっくり指を持ち上げて、左手で優しくアブラゼミを掴む。

辺りには一本、立派な楠木が生えていたので俺はそのアブラゼミをそっと木につけてやった。
もう少しがんばれよ、幹を這い上る瀕死のアブラゼミにエールを送る。

背中に汗が一筋、二筋と伝う。
ミヤさんの夢の話、あとで聞いてみようか。
都合の悪いところはきっとはぐらかされると思うけど、もう少し倫理観のバグったミヤさんのに踏み込んでみよう。

【夏の背骨】
「背骨から始まる」
「サカナクション・コネクション」
「ナイトフィッシング ソー グッド」
「真夏の夜の匂いがした」
「蝉の背中」


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