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ショートショート「背骨から始まる」

夏の空気は濃くて重くて、上からの日差しと下からの照り返しはまるで何かの罰を受けているようにも感じる。

会社の昼休み、スターバックスの裏手の駐車場でアイスチャイラテを吸っていたら、後輩の矢代君がふざけてわたしの背中にジャンプしながら覆いかぶさってきて、俺軽いからおんぶしてくださいよという。きっとミヤさんより俺の方が軽いから、なんて言うから一回振りむいて彼の腹に軽くグーパンしてやった。

しかしこれを機に男をおんぶできるかどうかやってみるのも悪くない。
プラスチックカップを地面に置いたわたしはガニ股でかがむと「よしこい、いっせいのせ、で跳んでよ」と矢代君に命令する。「わかりました隊長」と矢代君が素直に返事をする。

いっせいのぉせっ、で矢代君が跳ぶ、わたしが背で受け止める。意外となんとかなってしまい、そのままガニ股で何歩か歩いた。すげー、さすがミヤさん0.05トンあるだけあると彼が悪気なく言うもんだから、ぬおーうるせえ!と彼を左右に揺さぶってやった。

地面に彼を慎重に着地させ、これでなんかあった時にあんたのことを助けられるよ。大船に乗ったつもりでこれからも先輩をあがめたてまつれよと言えばそうですね、とちょっと淋しく笑う。なによ、いきなり元気なくさないでよ。うんちょっとさっき仕事でミスしたの思い出しちゃって。
彼の先ほどのおんぶの勢いがいよいよなくなって行く。

プラスチックカップを拾い上げ水滴を見ながらのんびりと答える。ミスなんて誰だってするし、尻拭いするのが上司の仕事だからいいんだよ。
矢代君を励まそうとなんとか頭の中からフォローの言葉を引っ張り出す。彼は一重の目からほろりを涙をこぼして右腕でぐいっと拭った。

「俺何やってもだめで、なんも上手く器用にできないんですよ、あーなさけな」
彼の背中をポンポン叩く。料理は?できないす。車は?免許持ってないす。
じゃあセックスは?と聞いたところで矢代君がは?と声を上げた。
「矢代君、セックスはうまいの?」
「なにそのセクハラ。そんなの自分じゃ上手いかどうかなんてわかんないじゃないですか、それに」
「それに?」
ミヤさん彼氏いるから、俺として上手いかどうかのジャッジしてもらえないじゃないですかと大真面目に言うから大声で爆笑してしまった。
だよね、試せないね。ああ残念残念。矢代君とセックスしてみたかったのになあ。
「ほんっと、ミヤさんそういうところですよ。そうやって期待だけさせてなんにもさせないってみんな言ってる」
「みんなって何人」
「……ふたり」
みんなは3人からだよ、とにやりとしてからアイスチャイラテを最後の一滴まで飲み干した。
スタバの駐車場でアブラゼミが一匹ひっくり返っていた。その脚はまだわずかにゆらゆらと動き、まだ死亡していないことを必死でアピールしているのであった。

夏の宵、そんな夢を見た。

【夏の背骨】
「背骨から始まる」
「サカナクション・コネクション」
「ナイトフィッシング ソーグッド」
「真夏の夜の匂いがした」
「蝉の背中」

※クマキヒロシさんの企画「恋のショートショート」に便乗します。
#クマキヒロシさんの企画に乗っかってみた #ツイッターのお題らしいです #恋と聞いたら思いつくショートショート皆さんも書いてみて #小説 #ショートショート

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