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【ショート】私はオランダのうさぎです

明けましておめでとうございます。

今週は記事の投稿を休む予定でしたが、12年に一度しか書けない話題を思い出したので突貫工事で記事を書きました。

駅伝見ない派の方、お笑いも飽きたなあという方、お正月のご予定がひと段落した方、お付き合い頂ければ嬉しいです。

◇◇◇

1806年、オランダ。
10年以上国王不在だったこの国で、新しい王様の即位式が執り行われていました。

Louis Napoléon peint par François Gérard 
Ratisbia • CC BY-SA 4.0
Wikimedia Commons



新国王の名はルイ・ボナパルト
ナポレオンの9つ下の弟で、当時ヨーロッパ中を暴れ回っていた兄からホラント王国(現在のオランダ)の国王に任ぜられていたのです。

《補足》
大家族であるボナパルト家は家族の結びつきが強く、ナポレオンは当時支配下に置いた国の支配者にジャンジャン兄弟姉妹を送り込んでいました
↓   


さてルイは元々フランス領で生まれ、フランス軍に従軍。
つまりオランダ語は彼の母語ではありませんでした。
しかし新天地で国民の理解を得るには言語の習得が肝要と考え、即位式に先立ってオランダ語の勉強に励みます。

(ここからルイ心の声)

今日はオレの即位式…

この日のために頑張って勉強したんだ…

もう兄ちゃんの操り人形なんて言わせないぞ…

オレはホラント国王ルイだ…

さぁオランダ語でカッコ良く言うぞ、
「私はホラント王だ」…

ドキドキ…

ドキドキ…


‘Iek ben Konijn van Olland.’

ドヤっ!







さてオランダ国民は新国王のスピーチに感動の嵐となったのでしょうか?

正確な情報は分かりませんが、恐らく鳩が豆鉄砲を食らったような顔になったか、笑いを堪えていたのどちらかでしょう。

実はルイ、国王(Koningコーニン)をウサギ(Konijnコーナイン)と言い間違えてしまったのです。

つまりオランダ国民からすれば
「私はホラントの王だ」
ではなく
「私はオラントのウサギだ」
と言う意味になってしまったわけですね。



とは言え、オランダは歴史的に他国との貿易で発展した国。
基本非ネイティブに寛容なので、ルイがHを発音しないフランス語の癖で 「ホラント(Holland)」を「オラント(Olland)」と言ってしまった点については不問としました。

ただ国王ウサギというミスマッチな間違いには相当ウケたのか…
今でもアムステルダム国立美術館のWebサイトには

‘Iek ben Konijn van Ollandオラントのウサギ.’は、1806年から1810年まで「Koning van Hollandオランダ国王」であったルイ・ナポレオン・ボナパルト(1778-1846)の伝説的な言葉として語り継がれるようになった。

と書かれています。

ご丁寧に英語版のページもあるので、ワールドワイドに話が広められてしまう事となったのでした。


おしまい

◇◇◇

昨年こんなnote記事を読んで下さった方、フォローやスキ、コメントなどをお寄せ下さった方、本当にありがとうございました。

今年もnote活動を通して、1ミリでも多くのことを学びたいと思う次第です。
また様々なことを教えて下さい。

ぺこり

関連記事

ホラント王になったルイのその後
(ルイ妻の話です)↓


参考

・RIJKSMUSEUM
《 Louis Napoleon Bonaparte 》

・物語 オランダの歴史 - 大航海時代から「寛容」国家の現代まで (中公新書) /桜田美津夫・著/ 2017.5.18

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