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テストに出ない世界史 | ロシア皇帝の夏休み

今回は、およそ150年前にロシア帝国の皇帝だった人物の夏休みの姿をご紹介します。

主人公はこの方、ロシア皇帝アレクサンドル3世。
まずはプロフィールを簡単にご紹介します。

ロマノフ朝第13代ツァーリ(皇帝)。
父の死を経て1880年に即位。

「農奴解放令」などの改革を推し進めた父とは逆に、保守的専制的な政治を行った。
なお身長190.5cm、体重120kg。
(※資料によって若干異なります)
コインを指で潰した火かき棒を曲げたなどの力自慢エピソード多数。

巨体に立派なヒゲで、怖そうな人ですよね…



そんな彼は、夏になると妻マリヤの出身国であるデンマークに行くのが恒例でした。
(マリヤはデンマーク国王の娘)

アレクサンドル3世と妻マリヤ


実は19世紀末、デンマークでは国王夫妻が毎年夏に親戚一同の集まりを開催していたのです。

アレクサンドル3世も、その妻の実家の集まりに参加していたという訳。

会場の一つであった、
デンマーク・フレデンスボー城





ここで、デンマークに集まった親族一同を撮影した写真をご紹介しましょう。

1880年夏
何故か中央に陣取るアレクサンドル
Grand Ladiesより


1889年
最後列右から2番目がアレクサンドル
Wikimedia Commonsより




和やかな親族の集まりに見えますが、果たしてこわもてのロシア皇帝は この場に馴染めていたのでしょうか?


19〜20世紀のロマノフ家の姿を書いた"The Romanovs: 1818-1959" によると、彼はデンマークを訪れた際、

・泥だらけの池で子供達とオタマジャクシ探しをしていた

イメージ



・義父(デンマーク国王)の果樹園からリンゴを盗んでいた

リンゴを盗られたデンマーク国王
クリスチャン9世



・デンマークを訪れていた隣国スウェーデン王にホースで水をかけていた

水をかけられたスウェーデン国王
オスカル2世


などの逸話があるそうです。

庭木に水をやる
アレクサンドル3世とされていますが、
本当に水やり中だったのでしょうか…
PICRYL より





またデンマーク放送協会(公共放送)が放映した王室ドキュメンタリー番組では、こんなエピソードが紹介されていました。

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デンマークに集まった親族の中で自転車ブームが起こり、若者(ここではアレクサンドル3世の子供や甥姪たち)の間で自転車クラブを作ろう!という話になります。

1885年のイギリス製自転車。
Originally uploaded by ObjectWiki user Ian.wilkes and copied to commons by Jarry1250 
• CC BY-SA 3.0



そのリーダーにと彼らが推薦しようとしたのが、他でもないアレクサンドル3世。

しかしひとつ問題があり、こんな手紙をやりとりしていました。

若者A「サーシャおじさん(注: サーシャはアレクサンドルの愛称)に自転車クラブのリーダーを頼みたいけどさ、いっこ困るところがあるよね」
若者B「そうそう、おじさんデ○゙過ぎて自転車乗れないんじゃね?」
サーシャことアレクサンドルおじさん。
(隣は妻)




このやり取りを知ったアレクサンドル3世は大激怒!!…するふりをして、ちゃんと自転車クラブのリーダーを務めたのだとか。

1895年の自転車愛好家の面々。
アレクサンドル3世は
前年に亡くなっており不在だが、
中央に長男ニコライがいる。
(他は義弟や甥っ子たち)
PICRYL より

↑自転車を楽しむ↑
デンマーク王家と親族の皆様


馬車に乗る中年〜老年世代と、
自転車に乗る若年世代の王族達。
ぺれぴちさんからのコメントを受けて
載せました。
馬から自転車へと、乗り物が移り変わる
過渡期だったのだと思います。


(自転車に乗る皆様の動画はこちら)





さてそんな感じで、顔に似合わずデンマークでの休暇をたっぷりエンジョイしていたアレクサンドル3世。

そんな彼はデンマークに別れを告げる際、義理の姉夫婦にあたるイギリス王太子夫妻にこう漏らしていたそう。

「私は牢獄のようなロシアに戻るのに、あなた方はイギリスの幸せな家に帰れて羨ましい」

左: アレクサンドル3世
中央: イギリス王太子エドワード
右: イギリス王太子妃アレクサンドラ





実は 先代皇帝の父は、貧困に喘ぐ民衆により爆弾テロを受けて死亡。
皇帝となったアレクサンドル3世も、ロシアではいつ命を奪われるか分からない生活だったのです。

(実際アレクサンドル3世を暗殺する計画もありました)

引き裂かれたアレクサンドル3世のポスター
PICRYL より




おもての歴史では

「ロシアに友人はいない、
ロシアの陸軍と海軍の2人だけが同盟者である」

(同盟国すら信用できず、信じられるのは自国の軍隊だけであるという意味)

というセリフを残し、強いロシアを目指していた皇帝アレクサンドル3世。

その政策は、強硬的・ワンマンなものでした。

・他国との戦争を回避する為に、平和を訴えるのではなく軍事力で強さをアピール
(その結果、一応彼の治世では戦争が起こりませんでした)

・支配国にロシア語の使用を強制

・ロシア国内でも反対派は容赦なく逮捕、縛り首

など。

ロシア・ガッチナ宮殿での
アレクサンドル3世を描いた肖像画




そんな彼が、外国で和やかに休暇を過ごした挙句 自分の国を「牢獄のようだ」とイギリスの王族に漏らしていたというのは、興味深いですね。

《補足》
イギリスとロシアは、エジプトやオスマン帝国周辺の覇権を巡り アレクサンドル3世の祖父、父の代に戦争をしています。
(エジプト=トルコ戦争、クリミア戦争)

要するに両国はそこまで良好な関係ではありませんでした
クリミア戦争で衝突する
ロシアとイギリス





ところで、今でもそんなアレクサンドル3世を崇拝しているのが 他ならぬプーチン大統領。


プーチンは2014年にウクライナの一部だったクリミアをロシアに編入しますが、その際アレクサンドル3世の銅像を建立。

先にご紹介した

「ロシアに友人はいない、ロシアの陸軍と海軍の2人だけが同盟者である」

という言葉を台座に刻んでいます。

記念碑の除幕式に参加するプーチン大統領。
Пресс-служба Президента Российской Федерации • CC BY 4.0




国際社会を敵に回しながら、今なおウクライナへの侵攻を止めないプーチン大統領。

そのやり方は確かに、国内外での強硬な姿勢を崩さなかったアレクサンドル3世と共通するものがあります。

しかし身内にはロシアを「牢獄」と語っていたアレクサンドル3世。
対するプーチン大統領の本心は如何に?

◆おわりに

…ここまで読んで頂くと、アレクサンドル3世、前半で楽しそうなバカンスを過ごしていた姿と 後半の プーチンも憧れるおそロシアな政策とのギャップに混乱してしまいますね。

実は、この相反する2つの姿こそが「ロシア人らしさ」なのだそう。

ここで、北東アジアの経済に関する調査研究や国際研究交流などを行っているERINA(公益財団法人環日本海経済研究所)のWebページ掲載のコラムを見てみましょう。

半世紀以上にわたりソ連・ロシアとビジネスを続けてきた日本人商社マンによると、ロシア人と長く付き合っておもしろかった点は、彼らが欧州とアジアの両要素を兼ね備えていることだという。
なるほど、ロシア人の思考様式には欧州的な合理主義や個人主義の要素もあるが、アジア人的な人懐っこさも持ち合わせている。
初対面のロシア人はぶっきらぼうで冷たい感じがするが、一度、ウォッカでも飲んで打ち解けると濃密な人間関係が維持される。こうした二面性が、ロシア(人)の特徴でもある。
ERINA.or.jp 
頭は欧州で体はアジア
2010年02月01日

(太字は筆者)


アジア人が人懐っこいのかどうかはよく分かりませんが、冷徹さ温かさという正反対の性質を内包しているのがロシア人という事のようです。
(国土があまりにも広大なので、一括りにするのは乱暴かもしれませんが)

プーチン大統領が、ウクライナ侵攻のさ中 安倍元首相への追悼文をいち早く送って来たことは記憶に新しいと思います。
あれは、ロシア人が持つ「温かさ」の方が出たのだと個人的に解釈しています。

義理人情を好む傾向の日本人から見れば理解し難いですが、ロシア人はこのように「冷酷非情」かつ「情に厚い」という矛盾したキャラクターを持つ場合があるようです。

今回は、その二面性のハートウォーミングな方を主にご紹介しました。
もちろん、ロシアのウクライナに対する侵略行為を容認したり庇ったりする意図は全く無いことを最後に付け加えておきます。

ここまでご覧下さり、ありがとうございました!




参考


・Wikipedia
《 Alexander III of Russia 》


・YouTube
Scandinavian Royalty
《 A Royal Family, Episode 1: The Father in law of Europe (Documentary) 》

・HISTORY TODAY
《 Alexander III, Tsar of Russia, 1881-1889 》

・MOIARUSSIA

・PRESIDENT Online
《 プーチンの理想「ロシア最強皇帝」の名前

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