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コーチとしての願い〜これまで、そしてこれから出会っていくクライアントのみんなへ〜

人生をかけてやっていきたいという仕事がいくつかあるが、その中でも大きな比重をかけてやっているのが「コーチング」の仕事。

コーチングは人によって色々な定義があるが、自分から見たコーチングとは「クライアントの人生がより納得感の高く充実したものになっていく」ための支援だと思う。

この仕事にどんな願いがあるから、こんなにも情熱を持って取り組んでいるだろうという問いがあり、このnoteを書いた。コーチとして、クライアントに何を願っているのだろうか、と問い続けながら書いたことで、本当に大切にしていることを書くことができた。

みんなに読んで欲しいけど、特にこれまで出会ってきたクライアントのみんな、そしてこれから出会っていくまだ見ぬクライアントさん(やこれから出会っていくたくさんの人々)にこれを読んで欲しい。


誰でもない自分自身の人生を、生き切る決意をしてほしい

コーチという肩書きを持って生きていく上で、人生のひとときを一緒に過ごしてくれるクライアントに対して持っている願いはシンプルでひとつだけ。

クライアントがその人自身の人生を生き切る決意をしていくこと。
現実の行動を変えることで、人生の主人公になっていくこと。

すべてはここに集約してるけれど、せっかくなので背景をお伝えさせてください。これだけでは伝わるものも伝わらないと思うので(笑)

人生の主人公に、自分自身がなる

コーチングを仕事のひとつにしたのが3年前と少し前になる。コーチングを仕事にするということは、人が自分の人生ど真ん中で生きていくことを支援するということだけれど、それはつまり、まず自分が率先して人生ど真ん中を生きていくプロセスにも等しい。

これまでの数十年の人生を歩んでくる中で、様々な人と出会い、様々な体験をしてくる中で、なぜコーチングなのかという問いが現れては消えて、現れては消えてを繰り返して、つい最近やっと腑に落ちたものがあった(正確には、ずっと見えていたんだけど心から認めきれていなかったものに、ついに観念した感じ。笑)

これまでの人生の多くの場面で「自分は脇役だ」「No.2が適任だ」と言い聞かせて、どこか主人公役をやってくれる人を探してきた気がする。だけど、後から思い返すとずっと心の中で「いつまで代役を探してるんだ」という声が聞こえていたように思う。

他でもない自分の人生、主人公になれるのは自分だけ。

現実の役割でNo.1になる必要はないし、お芝居をやるたびに主役をやる必要はない。だけれど、自分自身の人生の物語を演じていく主人公は、自分しかいないんだと心から思った。この物語をいいものにするかどうかは、どんなに人のせいにしようが、結局は自分自身にかかってるんだ。

自分自身が主人公になることで、物語で起きる様々な苦難や問題を引き受けていかなければいけない。それは恐ろしいことだったけど、これまで見ないことにしていたその責任は、あらゆる責任を手放したとしても、最後まで握っていたいと感じるものだった。

この曲を聴いていると、改めて自分の人生への決意を思い出すことができる。どんな人でも人生の主人公になることができるし、それは今すぐに始めることができる。それは楽な道ではないけど、確実に人生を良いものにしてくれる。

まずは自分自身が人生を生き切りたい。主人公だと自覚して生きていきたい。そして、自分の周囲の大切な人たち、さらにその向こう側のまだ見ぬ人たち、やがては広い社会全体が、主人公になっていって欲しいと思うし、それは実は、途方もないことではなく、決意さえあればすぐにでも始まっていくことなのだと思う。

自分の人生、主導権を明け渡すな

現代社会を生きていると、会社や国、文化や環境など、どうしようもない大きなものに触れざるを得なかったり、教育などを中心とした生育環境の中で、他人の考えを自分の考えだと信じ込んでしまったり、どうしようもないと諦めて受け身になってしまったりすることが少なくない。

だけど、本当にそうなのだろうか。本来は人は自分の人生の選択権を持っているんじゃないだろうか。

神よ、私たちに、
変えることのできないものを冷静に受け入れる力を、
変えることのできるものを変えるだけの勇気を、
そして変えることのできるものと変えることのできないものとを区別する賢さをください。

ラインホルド・ニーバー(アメリカの神学者:1892-1971)

どんな状況を生きているとしても、どんな信念を持つのか、どう生きていくのか、人生というものをどのように捉えるのかということについて、人は選択していくことができる。

今この瞬間に自分が人生の主導権を手放してしまっていることに気づくということには、大きな痛みも伴う場合もある。目を逸らしていることに直面したり、心がザワザワすることと向き合わざるを得なかったり、責任を背負いきれないと感じてコミットメントを弱めたり、他人のせいにしたくなることもある。

だけど、本当に自分自身の人生を生き切るため、後悔しない人生を送るためには、自分のすべての選択を自分自身がしているという事実に気づいていくこと、そして新たな選択を自分の意思でしていく必要がある。

コーチとしてクライアントに願う人生は、不快にならず無難で何事もない人生ではなく、その人自身が生まれてきた意味を自覚して、自らの責任において生き切ること。

どんな人でも、これまでの選択も、これからの選択も、本当はその人自身がしているし、その人の人生に起きたことのすべては、人生の物語の一部として自分自身が中心になって創ってきている。

それに気づき、行動に移していったときのエネルギーはとても大きく、生きている実感に溢れたものだというのを、自分自身の体験でも、コーチとしてこれまで関わらせてもらったクライアントとの体験でも知っている。

取るに足らない人なんていない

これまでの人生の中でたくさんの人と出会ってきて、どんな人にも素晴らしく人格的で優しい面も、冷酷非道で打算的な部分も、そのように区別できないたくさんの面があるなと感じてきた。

いま、目の前で(もしくは自分の中で)現れている人格というのは、その人すべてを表現しているわけではなく、その時々の問題や状況に対して表現されている一部に過ぎないわけで、その人全体を見ていくと、本当に多種多様でクリエイティブで面白いんだと感じることができる。

だけど、今の社会でその面白さに触れることができる場面がどのくらいあるのだろう。自分自身の面白さにすら、触れられていない場合がほとんどなのではないか。

資本主義的な成果。わかりやすい個性。言葉にしやすいスキルや実績。権威主義的な階級。社会貢献的な活動の数々。誰にも負けない特技。鋭い感性や芸術的センス。

このどれもが素晴らしいものだけど、人ってこんなわかりやすいタグでしか測れないような存在なのだろうか。自分自身が心から人に興味を持つ瞬間って、こういうことではなく、もっと言葉にできない何かに、いつも惹かれているように感じている。

比較や数値化の中で生きるのでもいい。
だけど、それによって見逃されている素晴らしい価値があるはず。

これを見逃してしまうこと、特に自分自身の中にあるはずのものを見逃してしまうことは、なんてもったいないんだろうと感じる。そうやって生まれてきたことに意味があるのに、それを表現しないまま生きていくなんて、世界にとっての損失なのではないか。

いまの世界の中で語られる「価値」によって、本当に価値があるかどうかなんて測れない。世界は今この瞬間にも変化していっているし、少し時間が経ったら、いま全く評価されていないものが、とても価値あるものだと評価されたりする。世間のいう価値ってそれくらい不確かなもの。

こんな不確かな世間からの価値ではなく、自分自身が考える価値ってなんだろう。それはすでに持っていて、知らず知らずのうちに生きる指針にしている。

だけど、ほとんど場合において、それは無自覚であったり、輪郭しか見えていない状態だったりで、だからこそ周囲からの声や、数字やタグみたいなわかりやすいものに押し負けてしまう。

でも、自分自身に満ち足りた人生を送ってもらうのに必要なものは、わかりやすさでも周囲の納得感でもなく、自分が心から思っている価値に従って生きていくことだと思う。

どうやっても自分自身にしかなれない

以前、コーチングを学び初めてしばらく経った頃。ある尊敬する人の言葉で、すごく衝撃を受けたものがある。

その人が主催する講座の中である受講生のひとりが「どうしても他人と自分を比べてしまう。劣っていることばかりで、自分だけの価値ってなんだろうと悩んでいる」と話したのに対して伝えた言葉。

どうやっても憧れのあの人にはなれない。
だからこそあなたは、代わりのいない唯一無二の存在なんだ。

今じゃない、未来のどこかで、理想の自分になることができたら、自分のことを認められるんじゃないか。もっと成長したら価値ある人間になれるんじゃないか。

そんな考えも素晴らしいと思うし、そう考えるからこそ、成長するための努力ができる。

けれど、今この瞬間の自分自身が、もうすでに他の誰にも代わることのできない存在なんだと気づいて欲しい。

どんな人でも、必ずその人が、今生きているその心と身体を持って生まれてきた意味がある。その人がどんな生き方をしていたとしても、その生き方は必ず周囲に影響を与えている(それが自覚的であれ、無自覚であれ)。

そしてその影響が良い影響なのか悪い影響なのかなんて、実は誰にもわからない。人生ではあらゆる影響が重なり合って、自分と他人との境界線なんて曖昧なんだから、そこに良いも悪いも、本当は存在していない。

生まれ持った自分のことを否定している時間があったら、他人になろうと必死になるくらいだったら、与えられた自分の生命を生き切ることに時間やエネルギーを割いてほしい。

それが結果的に、最もその人自身の価値を表現できるやり方なんだと思う。コーチングという手段は、自分が本当に感じていることに気づいて、それを実行に移して、人生を充実感に満ちた、意味のあると感じられるものにしていくパワフルさを持っていると、確信している。

さいごに

自分の人生を生き切る。言葉にすればすごくシンプルで簡単なことだけど、そこに向かっていくためには人それぞれの葛藤や、強い覚悟がいることだってある。

だけど、人生を生き切っていく決意をした人には、その葛藤を乗り越えていくエネルギーがある。人は本来、それだけのエネルギーを持っている存在なんだと思う。

すべての人は、自分がなんのために生まれてきたのかに気づくことができるし、それを実行することができる。出会ったクライアントたちが、そんな自分のパワフルさに気づき、人生の主人公になっていくことを願っているし、すでにそんなクライアントに何人も出会ってきた。

これから出会っていくであろうまだ見ぬクライアント、そこで生み出される対話の中から起こっていくであろう数々の出来事に思いを馳せると、本当にワクワクする。やっぱり、コーチってお得な職業だな。

キミの夢が叶うのは誰かのおかげじゃないぜ
風の強い日を選んで走ってきた

飛べなくても不安じゃない地面は続いているんだ
好きな場所へ行こう
キミならそれが出来る

The Pillows 『Funny Bunny』

体験セッションのお誘い

ここまで読んでくれてありがとうございました。なんやかんや、5000文字弱の文章と趣味全開の名曲たち5曲の、しっかりボリュームになってしまいました。

せっかく読んでいただいたので、最後に少し、体験セッションのお誘いです。

現在、CTIというスクールで資格取得のための勉強をしており、クライアントを募集しております!

詳細は⇩の記事に書いてありますが、要約すると、コース中に100時間コーチングする必要があり、普段より受けやすい形になるように工夫して、クライアントを募集しております!

気になる方は、まずは体験セッション(無料)か、コーチングってなに?みたいな方も多いと思うので、カジュアルにお話してみる感じでも大歓迎です!

このnoteを読んで少しでも気になった方、気軽にご連絡ください!お話できるのを楽しみにしております。

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