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法律婚と事実婚,どっちがいいの?〜婚姻届という紙がもたらすもの〜

 最近は結婚についても多様な考え方が広まってきています。

 そもそも結婚するか否か。
 結婚するとしてその形をどうするか(法律婚/事実婚)。
 結婚した場合の生活のあり方(同居/別居など)。
 離婚の捉え方。

 以前,そもそも結婚するか否かについて「結婚教を抜け出そう」というnoteを書きました。結婚しなきゃいけない,という価値観は時代にそぐわなくなっています。

 仮に結婚するにしても,その形はさまざま。
 法律婚が絶対視されるような時代ではなくなっています。

 そして,離婚も「すべきではない」「すると失敗」という古来の価値観から,誰もがなし得る前向きな「リスタート」(再出発)という捉え方へ少しずつ変わっており,この捉え方の変容は今後も加速するでしょう。

 このように結婚の入り口や中身の選択,そして出口までもが多様化してくることは,誰もが生きやすい時代を作るうえで望ましいと思います。

 ただ,一方で,選択肢が多くなればなるほど悩みが生じるのが人間の性というもの。メニューが複数用意されているなかで,「法律婚」の意味ってなんだろうと感じる人もいるかもしれません。

法制度上は,法律婚については,代表的なものとして,

・戸籍(入籍・同姓)
・税金(配偶者控除は法律婚のみ)
・相続(法律婚の配偶者のみに相続権がある)

の点で特色があります。

 ですが,ここで考えたいのは,法律による損得や手続きの違いとは別の部分で,より積極的に「法律婚を選ぶ理由はあるか?」ということです。
 結論からいえば,わたしは「ある」と思っていて,だから「法律婚」を選択しています。

◇◇◇

 法律婚には前述した制度上のもの以上にどのような意味があるんでしょうか。

 個々人の捉え方による部分も大きいですが,「入籍して法律上の手続きにのっとって公に夫婦となり,容易には離婚できなくなった」という状態は夫婦の意識に影響をあたえると思っています。

 まず,婚姻届を提出し,これが役所に受理されたとき,「ああ,これで夫婦になったんだ」と実感します。その瞬間,公的に,男性には「夫」の立場が与えられ,女性には「妻」の立場が与えられ,ひと組みの男女はそろって「夫婦」の立場となるのです。

 与えられた役割が意識を作る,ということは婚姻に限らずよくみられることです。たとえば,あるものをリーダーに任命したところ,任命された社員が急に頑張りだしたということはありませんか。学生でも,学級長に任命されたら急に振る舞いが変わるということもありそうです。家族レベルでも,「お兄ちゃん」になった途端にしっかり者に変わってきたという話は聞きますよね。

 公に示された「役割」が男女に「わたしたちは夫婦なんだ」という意識を与えるような気がするのです。この意識は親族レベルでも生じると思います。公に夫婦となったことで,その夫婦とそれぞれの家族に「わたしたちは親族なんだ」という意識が生じ,連帯感を強化するということはありそうです。わたしが最近妻の実家にいき,妻の両親・兄弟・親戚に会ったとき,はじめて会った人も含めて,すでに「他人ではない」という感覚を強く感じました。法律を通じて「親族」としてつながっていることが,わたしのなかにある種の連帯意識を作り出したのかもしれません。

 さらに,法制度が夫婦にもたらすものが「簡単には別れられない」という状況です。日本では合意なしに離婚することは決して簡単ではありません。事実婚は夫婦の成立基盤を「愛情」のみにおいています。でも,法律婚は「愛情」と「法律」が基盤。支えるものが2つある。

 夫婦には,ラブラブな時期もあれば,そうじゃない時期もあると思います。そうじゃない時期のときに,「でも,そんなに簡単に離婚できないし我慢するしかないかー」と思って愛情の危機を乗り越える。乗り越えてみたらまた愛着がわいてきて「やっぱり一緒にいてよかった」と思うこともあるんじゃないかと思うのです。まあ,「やっぱり離婚してよかった」と思うこともあるかもしれませんけど笑 ただ,ここで言いたいのは,一概に「簡単には別れられない」という状況が悪いとは言えない,ということです。仲が悪いときのストッパーがあってよかったと感じる人もいれば,ストッパーが邪魔だと思う人もいるでしょう。ストッパーがあったほうがいいと信じる人は,法律婚を選択したほうがいいかもしれません。

 また,法律により「簡単には別れられない」という状況が夫婦の心理状態を安定させるということはあるんじゃないかという気がしています。
 家族の一番の機能は,構成員(メンバー)に心の所属感を与えることにあるんじゃないかとわたしは思っています。「いつでも帰る場所があるんだ」という意識ですね。その心の所属感としての家庭が一時の意思によって簡単に壊れうるものだった場合(事実婚,同棲)に果たして法律婚と同じ程度の安心感が得られるのか。ここは人によって感覚が分かれそうです。
 ただ,わたしの個人的感覚としては,法律には夫婦に安心感を与える機能があると考えています。

◇◇◇

 結婚にはいろんな選択があっていいと思います。でも,わたしはこういう法律婚のもたらすものの効能を信じているので,法律婚を選びました。

 ただし,法律婚にもデメリットはあります。
 制度や手続き上のデメリットのことを言っているのではありません。
 「簡単には別れられない」という状況が夫婦の意識に与える悪影響のことです。

 「モラルハザード」という保険業界由来の用語があります。端的に言えば,保険に入っていて安心しているとかえって事故が増えるという話です。このような状況が法律婚の夫婦にも生じ得ます。

 「簡単には別れられない」という状況だからこそ,夫婦になったとたんに(安心して)何もしなくなってしまう夫。夫婦になったとたんに(安心して)ひたすら感情的に怒ってしまう妻。一緒にいるのが「当たり前」でその状況が法律で保障されているからこそ,お互いの行動に感謝もしなくなってしまうのです。なかなかに悲惨ですよね。
 この悲惨な状況が続くと,あるとき,急に「離婚」の二文字が夫婦の話題に上るのです。

 逆に言えば,「モラルハザード」が生じにくいという点が事実婚の一番のメリットなんじゃないかという気もします。制度のしばりなく簡単に別れられるからこそ,一緒にいたい相手のために気遣いを忘れない。そういう意識は事実婚のほうが働きそうです。

 法律婚の恩恵を受けながら「モラルハザード」を防ぐ方法。
 それは,法律で関係が保証されているとしても,やはり他人同士が一緒にいることは奇跡であり,当たり前ではないという認識です。
 そういう認識を持ち続けるのであれば,結婚のメニューが多様化した今でも,「法律婚」はひと組みの男女が幸せになるための合理的な選択肢になるだろう。わたしはそう思っています。

 このnoteの表題である「法律婚と事実婚,どっちがいいの?」という問いに画一的な正解などあろうはずもありません。男女がともに人生を歩んでいくスタイルはどのようなものであっても構わないと思います。ただ,メニューが多様化している今だからこそ,すでに結婚している人はいまの形で結婚している意味をあらためて考えてみると,今後の夫婦のあり方を考えるヒントになると思います。また,これから結婚する人は,「なぜ法律婚なのか」「なぜ事実婚なのか」を一度深く考えておくことが,よりよく夫婦生活を歩むための羅針盤となるはずです。

#コラム #夫婦 #法律婚 #エッセイ 


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