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些細なことで個人に怒りをぶつけるのってダサくないですか?

未だに「オマエのために怒ってるんだ」みたいな台詞に出くわすことがある。

教育現場において「体罰」はダメだという認識は昔に比べれば広まっている。昔は私も分厚い書籍の角で教師に殴られたことがある。下手したら脳機能に障害が残るのではないかと不安になるようなレベルの「体罰」だった。

「オマエのために」という名の下に行う暴力ほど傲慢で理不尽で許されざるものはない。だから「体罰」が昔に比べて許されざるものになってきたのは好ましい風潮だ。

だが,体罰は許されないにしても,言葉で怒ることは原則として許されると思っている人はまだいるのではないか。

◇◇◇

昨日,ファミリーマートのレジ前である光景を見た。

お客がコンビニ店員をめちゃくちゃ怒っていたのだ。
その背景は知らないのだが,とにかくお客が怒っていたことは見てわかった。

その後,私は,お客に怒られた店員の接客を受けた。
店員は明らかに不機嫌そうな顔をしていて,接客は雑だった。
そして,店員の顔中に怒りが充満していた。

このままでは,その店員も他の誰かに怒りをぶつけるのではないか。そう不安に思ったほどだった。

◇◇◇

怒りの感情を持つこと自体を私も否定はしない。人間だ。怒りの感情を持つことはあるだろう。

また,社会的な理不尽に対して怒りの感情を表明することも大切かもしれない。そういう怒りが世の中を動かすこともあり得るだろう。

さらに言えば,極めて理不尽な目に遭わされたときに怒りの感情を表明するのも当然だ。

しかし,ここで問題としたいのは,個人的に怒りの感情を持つことの是非でもないし,社会的な理不尽に怒りを表明することの是非でもなければ,極めて理不尽な目に遭わされたときに怒りを表明することの是非でもない。

そうではなく,日常生活や会社での些細な失敗に対して簡単に「怒り」という感情をぶつけてしまうこと。怒りの感情をもつことや,社会的な理不尽や極めて理不尽な体験に対して怒りを表明することと,日常生活のささいな問題で個人が個人に対して怒りをぶつけることは別次元の問題であるように感じるのだ。そこには,怒るための「大義」が抜け落ちている気がするのだ。

わざわざ怒りをぶつけなくてもいいではないか,というのが私の感覚である。

◇◇◇

私がそれほど「個人が個人に怒りをぶつける」ことに抵抗感を持つのは,怒りは負の連鎖を生むものだと思っているからだ。

想像してみよう。日々の生活で怒られた側は確実に嫌な気分になる。そして,嫌な気分になった相手は他の誰かに怒られたストレスを発散するかもしれない。

例えば,上司が部下を怒ったとする。その部下は,怒られたことにイライラして,家に帰ったら奥さんに強くあたるかもしれない。そんなことは最低なのだが,怒りが連鎖していくことは否定できない。そして,旦那に怒られた奥さんのイライラが子に向かない保証はない。

個人が個人に怒りをぶつけるということは,そのような理不尽な怒りの波を起こす可能性を許容することなのだ。

怒りの感情を持つことは許されても,怒りの感情を誰かにぶつけることによってぶつけられた相手の感情を害してよいのだろうか。
そんなはずはない。

自分に生まれた感情はあくまでも「自分の事情」だ。自分の事情で他人に迷惑をかけていいという理屈はない。他人の感情にさざ波を立てていい理屈はない。

だから,私は,人は怒りの感情を持ってもいいけど,その感情は「よほどの理由がない限り自分のなかで処理する」のが格好いいと思っている。

◇◇◇

もっと言おう。

よほどの事情がない限り,人に向かって怒りをぶつける大人は基本的にダサい。
人に注意する場合も,ただ淡々と問題点を伝えればいいし,仕事で失敗した人間に対しても,人間には承認欲求があるんだから褒めて伸ばせばいい。

怒らないと伝わらないっていう意見を聞くけど,それは違う。
怒ること以外に上手く伝えるやり方を知らないだけだ。

コミュニケーションの目的は,何かを人に伝達すること,それにより人を動かすことだ。その目的のために,怒りの感情を相手にぶつける必要なんてない。

なのに人はなぜ怒るのか。それは,単に自分のストレスを発散したいからで,ストレスのはけ口を怒りの対象にぶつけているだけだ。「オマエのために」という建前を言いながら。

「オマエのために」問題点を伝えたり,改善案を提案することは仮に許されても,「オマエのために」怒ることは根本的に人としてダサい。

私はそう思っている。

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