まっすぐに受け取れない「貧しさ」


 とても貧しいことと思う。

私は、
好きな人が与えてくれること、してくれることをいつも何かのスタンダードに当てはめて、「愛を感じる」

世間一般的に「高価」だと言われているものをプレゼントしてくれたなら、それが私の欲しいものであるのかないのかなんて関係なく、「安心する」。こういうモノを与えてもらうに等しい人間なんだって、落ち着ける。

そんな考えがある自分だから、好きな人に対しても、同じように考える。彼の誕生日やお祝い事の時、出来るだけ特別なものにしたい。身分相応ではないと自覚しているけど、なかなか予約の取れないレストランとか、多少高くてもプレゼントを渡すことで、
私は安心する。彼をちゃんと愛せてる。



でもこんな考えは、書いていながらもすごく「貧しい」と思う。
そんなことで愛を感じる私は、日々の小さなことに鈍感になっているかもしれないし、何より、相手に対して失礼だ。


***


コンビニでアイスを買って帰ってくれるなら、なるべく「ハーゲンダッツ」を買ってきて欲しいと冗談めかしに言ったのは一緒に暮らし始めてからすぐのことだ。
1年以上経った今でも、恋人はその冗談をいつも大体は守ってくれている。

本当はハーゲンダッツなんて好きでもない、量も少ないし、特別美味しい訳でもない。ただ、その場にある一番のもの、他の違うものを与えてもらえれば、それで愛されているのかもって、自分の自己肯定感に繋がると信じているから、このような「貧しい」冗談を繰り返しているだけ。


***


私はこんな具合で、「貧しい」考えで他人に愛されることを望み、愛することを考えているけど、
一方の彼は健全な考えの人間だから、こんな金額やスケールや世間体の大小をわざわざ「愛情」の類に変換して生きていない。


だから、私が彼にすることを、健全な彼はそれが私の「貧しい」考えゆえだなんて思っていないし、いつも綺麗に受け取ってくれる。
彼はいつも綺麗だ。

そして彼が私にしてくれることも、私のような「貧しい」考えがないから、時にユニークで、時におかしいこと、ズレているなあって思うことが多い。




**

彼は電化製品やスポーツメーカーに詳しい。
新発売のPCなどは新作発表会の動画をYouTubeで見ているし、他社と何が違うかとかも全部調べたり、それが楽しいと彼は言う。だから電化製品はいつも彼が詳しい。
スポーツメーカーにも詳しい。新作のアディダスのシューズの特性とか、旧作と何が変わったかとか、そんなことも全部調べているし、知っている。

私の詳しくないものにすごく詳しいのが彼だ。


私はとりわけスポーツをするわけじゃないから、
シューズは、ファッションでカジュアルに履ける様で買うのであり、ガチもののランニングシューズは必要がない。

でも彼は、ランニングシューズをプレゼントしてくれた。


この1年で2回も。





ランニングシューズ、必要ないって軽く言ったことがあるけれど彼は自分に自信があるから、「これは絶対にきなこにとって良い物だよ」。


そして渡してくれる時の彼の顔を見れば、
絶対あなたに似合うよ、これめっちゃ良い特性の物なんだよ、だから履いて欲しいよ買ったよ!!!!
って、溢れんばかりの一方的な気持ちがドカーーーーーンと私に寄せられて、

私はこの彼の一方的さがとても可愛いくて大好きである。
でも同時に私の「貧しい」考えが、このプレゼントを素直に受け取れなくする。




”1万円以上もするシューズをくれるなら、それでネックレスとか、なんかもっと女の子らしいものくれたら良いのに。”

”私、シューズ欲しいなんて言ったことないのに、なんでシューズをプレゼントしてくれるんだろう。私の意見はいつも一方通行なんだ。愛されてないんだな。”




彼の顔を見れば、態度を見れば、100%愛情で、ちょっと変だけど私のために買ってくれたんだなあってわかるのに、

私は「貧しい」考えがあるから、
その彼の行為に表では喜びながら、影では少し落ち込んでしまってもいる。




***


先日、彼と少し喧嘩をしたことがあった。


彼はそんな時決まって言うのが
「なんでなのかわからない」
「説明して」

そして私は典型的な「察して」くれ人間だから、
なんで?と聞かれると、すごく悲しくなってしまう。



なんで何も伝わってないんだろう
わからないって言う前に、考えているのかな

等々・・・。
(うわ!!!!ややこしいofややこしい人間だな私はーーーーー)



やっぱり私は思っていること/考えていることを伝えることが下手くそすぎる。極端に素直な部分と、絶対に開かない扉みたいなものを同時に抱えていて、私と深く関わる人はここにぶつかった時、大体げんなりする。しんどいと思う。



そのあと彼は、
「なんでもいいから本音を言って」
と言った。



その時、私は思わず
「このシューズ、要らないって言ったのに、なんで買うの?」
「本当に、要らないのに」
「デザインも、別に好みじゃないし」





言いながら、自分が嫌いになった。
こんな本音、本音を通り越えて、悪意がある。
でも、もう言ってしまったことは消せない。


確かに欲しいものではなかったけど、彼がたくさん調べて買ってくれたこと、喜びながら渡してくれたこと、
このことが、とても嬉しかった。可愛いやつだな〜と思ったし、嬉しかったはずなのに。




「そっか、わかった。」

私はそのシューズを受け取った時、喜んでそのままランニングに行く様を見せたりして、彼のプレゼントを後悔させまいと彼に振舞っていたから、本音で喜んでいたと、彼は思っていたらしい。

だから、彼は私みたいに極端に落ち込む人間じゃないけど、ショックそうに見えた。




続けて彼は、
「いつも好きって言ってたJayChou(中華圏のトップシンガー)のことも、もしかして、好きじゃなかった?」と尋ねてきて

これは本当に好きだから、「好きだよ。」と答えた。

***


彼はもうサプライズで私に何かをプレゼントしようとか、そんなことを思わないかもしれないなあと思った。
最低な態度だった。


本当は何をくれても、行動してくれたこと、考えてくれたこと、それ自体がプレゼントみたいなもので嬉しい。
なのに同時に「貧しい」考えが邪魔をして、その喜びに泥を塗る。



素直になれたらいいのに、
いつもどうしてか穴を探して、「満たされる」状態に持っていかないように自分を誘導する。




こんな「貧しい」生き方、考え方が本当に嫌で、
自分のことも、相手のことも尊重できていない今がとても苦しくなってしまった。



一度届いてしまった言葉は消せないし、
行動も消せない。


誰かを傷付けて、同時に傷付いている自分も間違いなくて、
本当に馬鹿だなと思う。





出家でもして禊をしたい気持ち。






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kinako。

自分を知るために始めた日記帳。人生のこと、考えていること、人間関係のこと、ごはん。見習いweb&graphic designer/社会人2年目/旅行と旅/中華圏で仕事をしたい
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