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活動のこと③

任地に本赴任して1か月したころから、低栄養児の養育者に対するアンケートを開始した。まあ、うまくいかないことも多く悔しい思いもたくさん募っているけれどその辺はまた後で吐き出すとして…

配属先のヘルスセンターには、管轄地域に12個のコミュニティーがある。週3回、各コミュニティーに出張して5歳未満児の成長モニタリングを実施している。私の要請内容はコミュニティーにフォーカスしたものなので、アンケート調査はこの出張活動の機会を通して実施している。

アンケートは、母子の基礎情報(年齢、出生時体重、性別)、児の健康状態(下痢、嘔吐、食欲低下、傾眠、活気の低下などの有無)、基礎生活情報(飲料水の入手方法、調理に使用している燃料や調理器具、家族の人数、子どもの数、子どもの年齢)、母親の養育知識(英語の識字の可否、離乳食の与え方、食事や授乳の回数)といった内容だ。

ヘルスセンターから一緒にコミュニティーに出張している栄養士が成長曲線をチェックし、-2SD以下の危険レベルにいる子どもを低栄養とし、その養育者(大抵の場合お母さん)を対象としている。

アンケートの項目を考える段階で導かれる結果を予想していた。
養育者の知識不足で、十分な栄養が与えられない、または離乳食の開始時期や内容が不適切。
出産の間隔が短く、授乳が必要な子どもの数が多い。加えて授乳しながら妊娠期を過ごすため、妊娠中の母親の栄養状態も不良である。それによって発育の遅れをきたしている。
そんなところだろうと思っていた。

実際にアンケート調査を始めてみて、自分の知識がいかに未熟だったか痛感させられた。

事例1
30代のお母さんが抱いていたのは7か月になる女の子。体重はわずか5.2㎏。お母さんも赤ちゃんもやせ細り、頬がこけている。赤ちゃんがぐずると授乳をしようとするものの、吸啜する力は弱弱しく、すぐやめてしまう。泣き声もか細く、四肢の動きも弱い。診断や程度の有無は不明であるが、お母さんは知的な障害がある様子で、アンケートに答えることも難しかった。

事例2
40代のお母さん。子どもは10か月になる男の子。成長曲線は危険を示すー2SDのままずっと経過している。男の子とはなかなか視線が合わず、どうも反応が鈍い。10か月にもなれば人見知りをする月齢。たいていの赤ちゃんは黄色い肌の私をみて顔をしかめ、泣きべそをかく。この男の子はそんな素振りもなく、わずかにほほ笑むものの、表情の変化も弱い。子どもは8人。この男の子が末っ子だ。身体症状は特になく、母乳に加えてお粥やザンビアの主食であるシマを離乳食として与えているという。

事例3
他のお母さんに話を聞いていたら、自ら私に相談にやってきたお母さん。連れているのは双子の男の子と女の子。1歳6か月、2人とも成長曲線はずっと危険を示すー2SDだ。子どもは5人。未亡人のシングルマザーだという。周りのサポートはなく、食糧を得ることが難しいと切実に訴える。ヘルスボランティアの一人が叔母にあたるが支援してくれないと不満を漏らしていた。アンケートが終わったあと、同行していたヘルスセンターのスタッフが叔母のところに話を聞きに行ってくれた。すると、未亡人というのは嘘で、子どもの父親は逃げていっただけだという。支援をしようとファミリープランニングなども提案してみるものの、行動には至らず、実は6人目の子どもを妊娠中なのだという。

全体的な人数に対して、低栄養の子どもの数は少ない。アフリカのお母さんたちはいつでもどこでも授乳をしまくるので、赤ちゃんはふくよかでぷくぷくしている子が多い印象を受ける。でもその大多数のなかから外れたお母さんと赤ちゃんが抱える問題や課題は複雑で根深い。

アンケート調査を始めてみたはいいものの、いったい彼らのためになにができるのだろうか。栄養に関する知識面でのアドバイスをしようにも、そもそも食材がない、調理する燃料がない、お金がない、人手がない。よっぽど自分のポケットマネーから食材を買って、渡すほうが簡単だ。でもそんなことずっとはしていられないし、低栄養児の家庭にだけ金銭的な支援をするわけにはいかない。みんなそれなりに貧しい生活をしながらやりくりして子どもを育てているのだから。

なかにはお母さんに障害があったり、もうすでに発育に遅れがでている子もいる。福祉がないこの国で彼らをどうやって救ったらいいのだろうか。

10年前に比べ、世界中の平均的な健康指標は大きく向上している。貧しい生活を送る人々の数も減った。栄養不良の子どもの数も、5歳未満で亡くなる子どもの数も減った。しかし0になったわけではないし、平均値は実在する数字を消してしまう。

配属先のヘルスセンターに、妊産婦検診に来ているお母さんたちの子どもの数の平均は約2.8人。各月ごとに計算してもほぼ同じ値になる。しかし、なかには12人目の妊娠のお母さんもいる。1人目の妊娠で検診に来るお母さんの数が多いため、平均すると2.8という数値が導き出されるのだ。

平均値や割合から、世界全体がいい方向いに向かってきている。そうとらえる見方もある。しかし現場に出て感じることは、世界全体的にいい方向に向かっているなかでも全体的な傾向から外れた困難な状況にある人々は存在するし、彼らの抱える困難の背景はいままで複雑で介入が難しい、ということだ。

今日は配属先のヘルスセンターからランドクルーザーでオフロードを3時間半行ったところにあるヘルスポストの見学に行った。町に出るまでランドクルーザーで3時間半、自転車やバイク、牛車ではいったいどれだけかかるか想像しただけでも気が遠くなる。電気も水道も携帯の電波もない、そんな地域にある小さなヘルスセンターだった。管轄地域の人口や約7千5百人、周辺に4つのコミュニティーがある。正直なんでこんなへき地にこんなにたくさんのひとが住んでいるのか理解に困ってしまった。でもそこに人が住んでいる限り、ヘルスポストの担う役割は大きい。ヘルスセンターに入ると、床に置かれたエアマットの上で40~50代の男性が横たわり、よく聞き取れない独り言と唸り声をあげながら身を捩るようにして苦痛を訴えている。私のヘルスセンターから同行した準医師から、血圧と体温、血糖値の測定とマラリアの迅速検査を指示され看護師がバタバタと準備をしていた。このヘルスセンターには医師はおろか準医師も薬剤師も助産師もいない。看護師と地域のヘルスボランティアで運営している。できる検査は体温、血圧、血糖値の測定、マラリア迅速検査程度。採血の機材もあったが、検査室も検査技師もいないので、即座に結果を出すことはできない。その後彼がどうなったかは分からない。

2019年4月、アフリカではこんなことが起きている。想像していたはずだった。理解していたはずだった。現場にでたらこんなこと、あんなことが起こっていて、それに対してこうな風にしてあんな活動をして…シュミレーションは完璧だったのに。

障害があるお母さんと重症な栄養不良の赤ちゃん。
出会った時点で発育の遅れがでている赤ちゃんとそのお母さん。
訳アリシングルマザーとその双子の赤ちゃん。
超へき地のヘルスセンターで苦しむ患者さん。

アフリカの人々は貧しいとか、かわいそうとか、そういう視点でとらえて支援するっていう立場で関わるのは違うのではないか。そんな考えもあるかもしれない。

でも実際に貧困は存在している。お母さんから話を聞いているとき、切なくてやるせなくて悔しくてかわいそうで悲しい気持ちになってしまう。この悲しい気持ちは同情からくる感情なのかもしれない。

実際にある貧困を無視していいのだろうか。
実際に困難を抱えながら生きているひとの話を聞いて同情してはいけないのだろうか。
同情することは罪なのだろうか。

結局なにが言いたくてこの文章を書き始めたのかよくわからないけれど、最近はこんなことを考えながら活動をしている。活動と呼べるレベルには到底及んでいないけれど、便宜上活動と括っておく。

もしこんなつまらない文章でも読んでくれているひとがいたら、あなたならどうするか教えてほしい。
困難を抱える目の前のひとたちにどんな感情を抱くか。
どんなことをするか。どんな言葉をかけるか。

ヘルスセンターの裏の畑で家庭菜園をして、その野菜を使って離乳食教室でも開こうか。
種が継続的にとれる野菜(オクラ、南瓜など)の種と栽培方法を現地語で書いた説明を渡そうか。
乾燥野菜や保存がきくお菓子の作り方を紹介しようか。

そんな程度のアイディアは思いつくが、実行には移せずにいる。いまいちしっくりこないし、本当に彼らのためになるのかわからない。

今は、お母さんたちの肩にそっと手を添えて「また来月も来るからね。その時また話を聞かせてね。」と声をかけ、コミュニティーを後にする。そんな程度で止まっている。

成長モニタリングの機会に子どもを連れて出てきてくれていること、それだけが彼らの救いだ。だからなんとか来月も、その次の月も来てほしい。そして話を聞かせてほしい。その阻害要因にだけはならないようにと心掛けながらお母さんたちと関わっている。

ああ難しい。なにもかもが難しい。
国際協力ってなんだったんだ。
よくすることってなんなんだ。

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