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"笑いもの"にされて思うこと

とてもとても嫌なことがあったとき、逃げるように食べたり飲んだり浪費したりしてきたのに、それがうまくできないいまの状況。
時々溺れそうになってここにくる。
ねえ!聞いてよ!もうさ~、と話したいのに日本は真夜中だし、この国のなかにそんな話を気軽にできる相手はいない。
言語能力はさておいて、自分のコミュニケーション能力のなさに苦しめられている。
よくこんなんで看護師してたな、と我ながらびっくりしてしまう。

普段は週3回、コミュニティーを巡回しているけれど今週の巡回はすべて中止。
来週がChild Health Weekで、1週間ですべてのコミュニティーを巡回することになっているのでそれに伴うスケジュール変更らしい。

コミュニティーに行かない日は、クリニックの業務を人手として手伝っている。

今日は妊婦検診。妊婦さんの名前を呼んで、血圧と体重を図る受付業務のようなものを手伝っていた。

ザンビア人の名前は発音も読み方も私にとっては難しい。赴任当初に比べれば大分慣れてきたけれど、いまだに2割くらい読めない名前がある。

名前を間違えるのは失礼だと思っている日本人の私は、不安がある名前は同僚に確認を取ってから呼名するようにしている。

今日も何度も確認を取りながら仕事をしていた。

隣で同僚が現地語で談笑していた。時々私の名前が聞こえたので、私の話をしているのはわかっていたけれど現地語で内容は分からなかったし、たくさんの妊婦さんが待っていたのであまり気に止めていなかった。

山積みされたカードをひたすら捌くように名前を呼んで、血圧を測る。すると同僚がさっと山積みされたカード以外のカードを私に差し出して、彼女の血圧を測るように言った。

初めてみる苗字で全く読めなかった。
戸惑う私を横目に同僚がケラケラと笑った。

「この苗字、なんて読む?」
「この苗字、絶対ミナは読めないよね~」
「じゃあ、この人はミナに担当してもらおう~」

同僚は現地語で多分こんな会話をしていたんだと思う。私はなにも知らずに差し出されたカードをみて、名前を呼ぼうとした。そして案の定、名前が読めずに戸惑う私をみて、同僚はケラケラ笑っていたんだと思う。

ただひたすらに悔しかった。
現地語が分からないこと
バカにされていること
反論できないこと
彼女たちのモラルがなさすぎること

必死に涙をこらえて、仕事を続けた。
なんて幼稚なんだろう?
なんで私が笑いものにされないといけないんだろう?
私は外国人なんだからザンビア人の名前が読めないのなんて当たり前じゃん、日本人の名前をひらがなで読んでみなさいよ!
反論したり、怒ったり、泣いたりすることはできなかった。

自分自身の存在自体にも、言語能力にも自信がなかった。 
現地語が上達しない自分が悪い。 
所詮私は部外者でなんの役にも立てていない。
だからバカにされて、笑い物にされても仕方ない。
涙をこらえながら、そんな思いがこみ上げてきた。

そして、こんなにも悔しいと思ってしまっている自分にも腹が立った。

私を笑っていた同僚は看護師ではない。受付や清掃
担当している同僚。
日本からはるばるひとり、ザンビアにやってきた看護師の私が、どうして彼女たちの笑い物にならなきゃいけないの?こんなことしに来たわけじゃないのに。そう思ってしまった。
そんな横柄で自己中心的で謙虚さを欠いた自分の考えに腹立たしい気持ちになった。

確かに日本はザンビアよりも経済的に発展している。協力隊員は、日本からのODAという形でザンビアへの"援助"の一環としてザンビアに派遣されている。

日本が援助国で、ザンビアは被援助国
私は日本人で、彼女たちはザンビア人

だから、ザンビア人の彼女たちにバカにされたと感じて悔しかったんだろうな私。
確かにこれは紛れもない事実。
でも個人単位で考えたとき、私は現地語もままならず、周りのザンビア人の助けがなければなにもできない存在で、日本の看護師資格と日本の病院での臨床経験はあるけれどザンビアでは看護師としてなにもできることはなくて...
それに私が日本人であることや、勉強したり仕事を得たりできたのは、たまたま日本に生まれてたまたま幸運が続いただけであって...
本当はこんな風に悔しがるのは違うんだろうな。

10年以上も前から国際協力に憧れて
そのために勉強して、
そのために看護師になって、
そのために臨床経験を積んで、
そのために勉強会に参加したり本を読んだりして、
そのために家族とも恋人とも友だちとも離れてザンビアまできて、

それなのにザンビアのためになにもできなくて、助けてもらうばかりで、挙げ句の果てにザンビア人に笑い物になって、、、

そんなに強い思いがあるなら言い返せばよかったのに、言い返すべきだったのに、なにも言えなかった。

全部が中途半端で自信がないんだな、私。
そう気づかされる出来事だった。
国際協力にどっぷり身を浸かって、現場に一生をかける覚悟なんてない。
看護師としての知識も経験も大学4年間と臨床2年半しかなくて中途半端。 
ザンビアに来てからも彼らのために投資してる時間もお金もすべて中途半端。

泣いたり怒ったりできるのって、その人たちと真正面から向き合って自分のすべてをかけてなんとかしたいって胸を張って言えるからなんだろうな...

2年間とことんここで悩む覚悟はできた。
2年間とことん揺れる覚悟はできた。

でも覚悟ができても、宙ぶらりんのまま空中ブランコに吊らされてる状況が続いてる。

看護師なのに看護ができないって結構しんどい。
よく、注射とか実務ができなくてもどかしいでしょ?って言われる。
それよりもコミュニケーションが取れないのがもどかしい。
ただ言いたいことが伝わらないことたげしゃなくて、"看護的コミュニケーション"が成り立たない。
傾聴もできない、アドバイスもできない

"体調はお変わりないですか?"
"気分はいかがですか?"
"なにか頭痛や吐き気、腹痛、お腹の張りなど症状はありますか?"

不調の有無を聞くにしても、相手の理解力や状況に応じて聞き方を臨機応変に変えていくことが求められる看護。相手に応じたコミュニケーションがとれるかが、一番最初の"できる看護師"かそうでない看護師かの分かれ道。

手技が下手だって、動きがトロくたって、結果的に患者さんから愛されるのはコミュニケーションが上手い看護師。
それを痛感した臨床時代。

協力隊員は、たとえ日本の看護師資格があったとしても侵襲的な行為は許されていない。
加えて私は看護師隊員ではなくて、コミュニティー開発という職種で派遣されている身。
だから、看護師としてクリニックで働くことはできない。
でもクリニックのスタッフとして働くからには、看護師として自分が学んできたことを活かしたいと思う。それなのにうまくいかない。

もう丸5カ月が経とうとしている。
このままじゃ愚痴だけ吐き続けて2年間が終わってしまう...

妊婦検診での受付業務が一段落したころ、周りを見渡すとコミュニティーのボランティアさんがちらほらクリニックに集まっている様子があった。

もしかしたらなにかミーティングでもあるのかもしれない。

そう思ってクリニックをぐるぐる歩き回っていた。

すると私のカウンターパートの環境衛生士を囲んで大勢のコミュニティーボランティアさんが集まってミーティングをしていた。

カウンターパートにはミーティングがあるときには教えてね、と伝えていたのに...

少し残念な気持ちになりながらもその輪に近づいていった。 

約40名のボランティアのコミュニティーヘルスワーカーが集まって、2021年までにザンビア政府が目指しているマラリア撲滅に向けてのミーティングをしていた。

彼らは住民のプライマリーヘルスケアの担い手となっている。彼らはマラリア検査キットと治療薬を持っていて、検査の方法やアセスメントの仕方についての研修を受けている。地域でマラリアの検査ができ、陽性の場合にはすぐに治療がはじめられる体制が整っている。  

私がザンビアに来る前、理想として描いていた形が実現されている。

コミュニティーのボランティアさんは毎月地域の環境衛生の状況をレポートしていて、クリニックでは各コミュニティーの提出状況をモニタリングして表にまとめ、適宜提出を促す仕組みができているし、レポートされた内容はグラフ化してクリニックに掲示している。 

感心してしまうことばかりで、モデルにしたいくらだと思ってしまう。

私はコミュニティー開発隊員として、コミュニティーに潜在する課題を見いだして、それを改善する役割が与えられていたはずだけど、カウンターパートもコミュニティーヘルスワーカーさんたちも優秀すぎて、私の存在意義を見いだせないでいる。

『私の活動は、青色の絵の具の中に、赤色の絵の具の小さな滴を落としたようなものだと思う。あっという間に紫色に変わり、いつの間にか周りの青色にかき消されてしまい、青色としてしか認識されなくなってしまう。』

『国際ボランティア論』という本のなかにでてきた言葉。なんと的確な比喩だろうと感心してしまった一文。

今の私は、そもそも青色を別の色に変える必要さえ疑ってしまっていて先に進めないでいる。

ザンビアはすばらしい、このクリニックはすばらしい、そう思う反面、なにかしなければ、なにか爪痕を残さなければ、そんな自己実現の欲求が消せないでいる。 

今日の出来事だって、
なにかに対する問題意識だって、
爪痕を残したいという欲求だって、
自分の無力さや未熟さだって、
無視してしまったら楽になれる。
そんなネガティブな感情に蓋をして、楽しむことに集中してもいいのかもしれない。

あれやこれや考えず日本のやり方を押し通したり、
のんびり時間を過ごしたり、
ザンビア中を旅行したり、
そんな過ごし方だってありなのかもしれない。

楽な道が、楽な選択肢が与えられているのに、一生変なプライドに邪魔されてそっちに進めない性分なんだろうなと思う。

国際協力なんて夢見なければ
看護師なんかにならなければ
ザンビアなんかに来なければ
もっと普通で平和な幸せに手が届いていたかもしれないのに、なぜかそうはしてこなかった。

だからこそ分かったこと、知れたこと、出会えたひと、見れた景色がたくさんあるし、これからもあるだろうから後悔はないけれど、楽じゃないな、と思う。

あと半年したら一時帰国。
一時帰国を楽しみにして過ごすってどうなんだろって思うけど、日本のことを考えたら会いたいひとの顔がポンポンと浮かんできてどれだけ恵まれた環境でたくさんのひとに支えられながら暮らしきたかってことを痛感させられてる。

悩まず先に進んで経験を積んだ人の方が成果も結果も学びも多いかもしれないけれど、悩みがちで足踏みしがちな私にしか見えないこともきっとあるはず。そう自分を励ましながら1日1日を過ごしてる。

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ありがとうございます!
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み。

青年海外協力隊員としてアフリカで暮らす未熟な看護師の日々の記録。

青年海外協力隊🌍

2019.1~2021.1 ザンビアで暮らす2年間の記録
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