アラフォーの会社員トラベラーが、旅人になったと実感した日

「俺、レイオフ(リストラ)になるかもしれない」

3月末の金曜日、午後3時30分。主人から電話がかかってきた。

その電話は、主人がリードしているプロジェクトが会社の方針変更により終了となるので、夏頃にクビになるかもしれないという電話だった。

私たち夫婦は、アメリカ・シリコンバレーのIT企業で働く会社員。

いつかは自分たちも対象になるかもしれないと感じていたが、アメリカ企業では頻繁に行われるレイオフに、まさか自分たちがクビになるとは思ってもみなかった。

シリコンバレーは、アメリカでも生活費が高い街のひとつ。

普通の1LDKのアパートでも家賃は30万円。

そんな高額な家賃を払うことなんて、仕事なしでは到底無理だ。

収入がなくなると生きていけない。

シリコンバレーって憧れの街ではあるけれども、実際は厳しい。

収入がなくなると出ていかなければいけない、サバイバルな街なのだ。


レイオフの電話がかかってくると、普通は暗い会話になってしまう。

ただ、私は次の瞬間に、心臓をバクバクさせながら、電話の向こうにいる主人にこう答えていた。

「チャンスやん!私も仕事を辞める!前から行きたかった世界一周に行こうよ!」

彼は少し尻込みしていたが、結果的には半年後の10月には世界一周行きの飛行機に私と一緒に乗っていた。


私は、IT製品の製品開発担当(プロダクトマネージャー)として働く、旅好きの会社員だった。

大学生の時に研究で訪れたインドがキッカケとなって旅にはまり 、会社員として働きながら年に2−3回旅行に行く、普通の会社員だった。

旅を仕事にしたい、旅に関する製品開発をしたいとずっと思っていたけれど、「経験がすべてのアメリカ」では、旅行系の製品開発経験がゼロの私には、旅行系の会社に入社するのは、ほぼ無理な話だった。

私が担当していたIT製品は、旅とは程遠い製品。

このままでは、旅に関する製品づくりができないと気づいていた。

だから、私にとって会社を辞めることに迷いはなかった。

もちろん収入がなくなることは不安だった。

旅から戻ってきても、転職できる保証もない。

でも、どこかに就職口はあると楽観的だった。


モロッコから日本まで、17カ国をアラフォーの夫婦二人がバックパック旅行。

バックパック旅行をする間、私が旅人になったと思ったのは、

「旅が日常になり、決まった場所に住むことが非日常」

だと感じた瞬間だった。

それを感じたのは、旅をはじめて1ヶ月目あたり。

私たちはクロアチアのドブロブニクにいた。

クロアチアのドブロブニクは海がコバルトブルーに光る、とてもきれいな港町。

「魔女の宅急便」の舞台にもなったと言われる、赤い屋根の景色が印象的な世界遺産の街だ。

しかし、冬のオフシーズンに訪れたドブロブニクは閑散としており、冷たい強風が岩山から吹きおろす厳しい街だった。

レストランも閉店ばかり。

空腹で冷たい風に吹かれていると、なんだか旅をすることがつらくなってきた。

「あぁ、自分のベッドで寝たい…」「日本の鍋が食べたい…」「暖かいお風呂に入りたい…」そんな弱音が出てきた。

「今日は外に出ない」と、せっかく憧れのクロアチアに来ているのに閉じこもってしまった日もあった。

それは、一緒に旅行をしていた主人も一緒。

あんなに仲が良かった夫婦でも会話がなくなってしまうぐらい、旅が辛くなった瞬間だった。

旅が辛くなるなんて信じられなかった。


毎週、寝る場所が変わり、毎日新しい人に会う旅の生活は、エキサイティングだったけれども、実際に何ヶ月もやってみると疲れるものだった。

毎日、何かしらのトラブルが発生するし、それを夫婦で一緒に話しあいながら乗り越えていかなければ行けない。

次の旅先を探すことも、次の宿を探すことも時間がかかる。

そして、大ハズレのホテルにあたることもある。

そんな生活が続くと、いつしか、自分がある程度気に入ったアパートに住み、毎日会社に行くという、自分が退屈だと感じていた、あの日常に戻りたいと感じるようになっていたのだ。

日常が色々な意味で楽だったと感じた。

昔はあれほど、旅に出たいと感じていたのに。

「え?どういうこと?」自分に混乱した。


あるベテラン旅人が、「自分は根無し草だと感じる。時々、定住する場所がないことに疲れを感じる」と言っていた。

意味がわからなかった。

ただ、その意味がわかったクロアチアでの瞬間、私は旅人になったのだと実感した。

旅を通じて、皮肉なことに毎日の普通の生活がいかに心地の良いものだったかを実感してしまった。


そして、夫婦でアメリカに帰ってきて、旅がまた日常から非日常になった。

今は、定住して会社に通うことに喜びを感じる。

毎日、お気に入りのアパートに帰ってきて、同じベッドで寝て、同じ会社に通って、同じ同僚と仕事をする。

アタリマエのことだけど、こんなに心地良いものなのかと驚いた。


そして、私は幸運にも、旅を扱うことが日常の仕事になった。

他の人が旅に行く手伝いをする製品のプロダクトマネージャーだ。

私は旅を通して、多くの人が他の国の文化を知ってほしいと思っている。

そして、もう一つ。

旅から帰ってきたら、毎日の日常生活に対する喜びも感じてほしいと思うようになった。


私は日常に浸って、もう度にでかけたくないのか?

いや、私はまた旅に出たい。

今週末にでも、また旅に行きたい。

旅はつらいこともたくさんあるし、疲れる。

だけど、やっぱり「あの時間が何倍速もの速さで過ぎる感覚」が忘れられない。

「見たことが無いものを初めて知ることができる喜び」も忘れられない。

日常を愛してもいるけど、非日常の旅が好きなのだ。

それが日常を、より愛するキッカケにもなる。

あのとき、勇気をだして会社をやめなかったら、私は日常の大切さにも気づかなかったし、非日常の旅の大切さにも気づかなかった。

そして、憧れの仕事にもつくことができなかった。


私たちは、レイオフという一見不幸な出来事を、旅によって幸運に変えることができたのかもしれない。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

ありがとうございます!
5

みりん

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。