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長岡ゼミ2019年度も、既に約半分の活動が終わった。前期は考え方の構築、後期はその考え方を元に越境活動をしていこうと考えている。考え方の構築とはいうものの、自分の思う"理想の考え方"とは何だろうか。正直自分の素の考え方というのは、例えばビジネスなどに例えると、利益追求型なのだと思う。この長岡ゼミではこの考え方を持っている人にはあまり向いていないのはわかった上で、ゼミに入った。何故ならその考え方が生きていく上で、いつか仇となるのではないかと思っていたからだ。事実、祖父や母などには今までの自分の考え方を直せといつも言われていた。正直そのことも頭に強く残っていたから、改善したかったのかもしれない。長岡ゼミでの最初の印象は、すごく形にとらわれないアットホームなゼミというものだった。その印象は今でも変わらない。そして、その雰囲気があってからこそ、"損得とかの考え方ではなくても、人生を楽しめる"という考え方を身につけられる。先ほども書いたが、自分にとっての前期は、考え方の構築に費やしてきたつもりだ。もちろん越境活動をしていなかったわけではないが、例えば友達同士であっても恥ずかしがらずに色々な話をしてこれた位には、自分の考え方というものを再構築出来たと感じる。

いよいよ後期活動が始まる。後期では越境活動を前期よりも多く行っていかなければならない。それは、新しい出会いのために。多分、損得勘定ばかりを考える去年の自分では恐らくエスノグラフィック的なものにはあまり参加しなかったと思う。どちらかというと、ゴリゴリのビジネスセミナーだったり等に毎週通っていた人だった。損得勘定とかではない考え方を持っていると、世界が広がるような感覚を覚える。それはつまり、いわゆるベンチャーの人々は周りが全員敵と思っているし、思わなければ潰されてしまう。しかし、そうではない周りのことを考えられる人々だったら、文字通り周りの人々を敵と思う必要など当然ない。様々な活動に積極的に参加することによって、その人の興味を自分の興味に変え、興味の世界を広げていくことができるということだ。考え方をあらたに変化させていくことができてる今、興味の世界もまた、新たに変わっていく。後期の活動を通してその世界をどれだけ大きく出来るかが、自分の中の楽しむべきところだ。

こんなに自分のことを偉そうに目標設定してきたが、前期のことを振り返ると反省ばかりだったと思う。越境活動の内容はともかく、確実に去年よりも活動頻度は減り、自分の心の中の炎が弱まっていると、正直なところ実感している。しかし、ゼミでのチェックアウトでよく指摘されることだが、"反省"をすることは良いことではない。今回のことで考えると、活動活動頻度が減ったことは、新たに気持ちをリセットできたことだと捉えることができる。 ポジティブさがかけていた今までの自分に別れを告げて、全てがいい方向に向くのだという考え方を持ちたい。この三年間のゼミ活動はきっと、今後の人生に変化を与える。その時間をどう使うかは自分次第だ。

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