街探シリーズ<13>玉川上水・三鷹駅から境水番所までを歩く

私が東京へ出てきたのは、1972年4月のこと。葛飾区亀有、渋谷区幡ヶ谷と転居し、杉並区阿佐ヶ谷に住み始めたのは1974年4月からになる。正確には覚えていないが、初めて三鷹駅から玉川上水を歩いたのは1975年頃ではないかと思う。高校生の頃から太宰治は読んでおり、大学に入学してよりいっそう傾倒していたので、玉川上水には興味があった。
しかし、最初の印象はちょろちょろと水が流れているだけの、水路というにはあまりにもお粗末な代物で、イメージは良くなかった。そのため、1980年には三鷹(住所は武蔵野市だったが)に住み始めたが、玉川上水に足を向けることはなく、三鷹市の大沢までバスで行き、野川の川沿いを散歩したり、野川公園の湿地帯を歩き回る方が好きだった。
事情が変わったのは、1986年の昭島の東京都下水道局の再生水が放水され始めてから。この放水は大きな話題になったが、それよりも大きかったのは、数年すると多摩から高井戸までの水路が残っている地域の玉川上水樹林帯が、あっという間に色濃くなったこと。樹木が育つためには、水がいかに重要な役割を果たしているか痛感した。
現在、玉川上水が明渠として残っているのは、多摩から高井戸までの20Km弱だが、その護岸は全て同じというわけではない。正確なデータではないが、最も多いのは自然のままの土の護岸で、次いで石垣積みの護岸、コンクリートの護岸がある。
実際に散歩し、虫の目になり観察するとエリアごとに「緑の濃さ」に差があることに気が付く。最も緑が濃いのは土の護岸でケヤキの大木などが生い茂り、夏場には空が見えなるほどの密度になっている。次が石垣積みの護岸、そして緑が薄いのがコンクリート護岸の部分だ。
つまり樹木が育つためには「水」とともに大きく根を張れる「土」が必要であり、コンクリート護岸では、根が伸び切らず大木にならないようだ。そうした樹林帯としての緑の濃淡の差を見ながら歩くのも楽しい。

樹林帯として復活し鴨や亀が戻る

1986年に流れが戻、玉川上水は一気に多様性が増した。水たまり程度だった水量が、下水処理水の放水によりくるぶしぐらいまで水嵩が増し、鴨が戻り、運が良ければ亀にも出会えることもある。季節によっては「かんかんかん…」と甲高い音がするのでキツツキだったりする。4月ごろにはたどたどしい鳴き方のウグイスを見かけることもあては
しかし、なんといっても多いのは、誰かが放流して数を増やしたコイだ。これらのコイは外来魚というのは、テレビの「池の水抜きました」を見てから。よく見ると、かつて見慣れたコイよりもはるかにぼってりしている。上水に掛かる橋の上から見ると、どこからもコイの大群を見ることが出来るようになったが、あまり風情のあるものではない。
吉祥寺方向から来ると、玉川上水は三鷹駅が真上に来るため、およそ100メートルは地下化されており、地下水路で水を流。ふたたび浮上するのは、武蔵野市と三鷹市をつなぐ幹線道路の交差点を過ぎてから。そこから左岸を少し行くと、最近では珍しい裸陳列の庭先野菜のテーブルが竹手前に見えてくる。この農家は表に回ると、立派な土蔵と稲荷神社を勧請した豪農だったことが分かる。
さらに、しばらく行くと「ぎんなん橋」がある。この橋上には戦前、中島飛行機武蔵製作所工場の物資を武蔵境駅まで運ぶ、引き込み線が通っていた。それを記念して数年前、橋の架け替え時に橋上にレールが敷かれた。さらに道路を挟んで対面の橋が「いちょう橋」がある。上水沿いのいちょうは、すべて実がつかないようにしているが、ここの一本だけは銀杏が出来、晩秋であることを主張している。

江戸の水番所、明治の水衛所が玉川上水の水を守る

そこから境浄水場を右手に見て1Kmほど行境橋になる。ここは、1600年代後半に、現在の武蔵野市や杉並区の農業用水不足を補うため分水された千川上水の分水地で、「史跡玉川上水碑」があり、水番所から水衛所に至る歴史の説明板がある。それによれば、ここには常時担当の役人が詰めており、勝手に流量を変えたすりことを見張っていた。それだけ、かつては「水」は何ものにも代えがたい生きる糧だったのだ。
そして玉川上水の「水」は江戸の市民の飲用水・生活水という側面と郡部の農業用水としての側面があり、両者の戦いはずっと続いていた。農業地帯に「水神」を祀る神社が多数存在するのは、まさに水が生きる糧だったからだ。
もう一つ、この境水番所跡で考えさせられるのは、浄水の水路周辺は整理されて、水面が見えるようなっていること。今、玉川上水は水路のなかにまで樹木が茂り、樹林帯といえば聞こえはいいが、ややジャングル的な様相を呈している。おそらく、羽村から四谷大木戸までの約40Kmの上水の水路は、飲み水としての水質を担保するため、管理され水路幅も、もっと広かったのではないかと思う。

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