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或る手紙の束

※自作から抜き出した一節です。短い朗読にお使いいただけます。
※利用規約は適用されませんが、使用の際は【作者:EtO】はかならず明記してください。


【先生から或る女へ】

物言ふと みえし君かな 夏過ぎて いまや梔子 こと問ひもせず

【返し】

こたへんと しては思ひに 胸つぶれ いまやくちなし 恋埋む秋

–––問答条々

※※※

【エドワードからベンジャミンへ 巻貝を添えて】

海辺の貝をお送りします、海辺の貝を、海の声を。
エドワード=カランドール

––––バーバリアン・ラヴァーズ

※※※

【マレーシアのチャールズからスコットランドのキャサリンへ】

親愛なるキャサリン
スコットランドの夏はさぞ美しいだろうね。思えば君に手紙など書いたのは初めてだ。
僕は今マレーシアにいる。先日一通の驚くべきエアメールを受け取って急遽これを書いている。
エアメールというのが君の夫からでなかったら僕はこんな長い手紙を書いて袖をインキ染めにせずに済んだのだ。
君はせっかちだから先に言っておくが、君が夫を信頼し愛していたいならば、この先を読まずに燃やしたまえ。
いいかね。
この先に書いてあることは君の夫が僕に書いて寄越した告白文だ。
そこをはき違えずに、夫への信頼などは捨て去って読むんだな。
……

【死の淵のジェレミーから栄えあるチャールズへ】

最愛の友人へ
チャーリー、君がこれを読むころには僕はもうきっと神様のところにいるだろうから、そのつもりで読んでほしい。つまり遺書として。
君がキャサリンを愛していて、
同じくらい僕を憎んでいることは僕だってわかっているつもりなんだ。
この手紙に添えた手記を読み終わったら
一層にその気持ちが激しくなるだろうと思う。
それでなくたって、
大英帝国の誇る(女王陛下万歳!)作家チャールズ=ウィリアムスに
僕のつたない文章を送るのは恥ずかしい。
だが僕は書かずにはいられなかった、申し訳なくて。
神にも、父母にも、妻にも。
でももう死ぬんだから君に何もかも吐き出してしまおう。
僕たちはイートンで学友だった。
あのころ僕は君が好きだったのだよ、知ってる?
結婚後君はいちども会いに来ないけど、キャサリンは昔のまま美しいよ。
僕はけっしてキャサリンを裏切ったわけではないんだ。
僕の手記は読んだら、君の好きにしてくれよ。さよなら、君に栄光を。

––––名付けたら死ぬ、この

※※※

【エリカから友人である私へ】

私はすごくだめな人です。
こどもをうんだときに、すごいぶさいくだなと思いました。
自分からこんな気持ち悪いものが出てきたんだなと思いました。
でもショウタが人間の形になってきたから、
あ、これならいけるって、思いました。
でも、始まってみると、なんにもできなくなりました。
テレビがつけっぱなしで、消さなきゃって思ったら、
動けなくなって、一日中リモコンを握っていました。
葉書が届いたけど、みたら、全然よめませんでした。
役所の人がきておこられました。
漢字が全然読めなくなりました。音が聞こえなくなりました。
車にひかれそうになって、おこられました。
ショウタのことが、人間に見えなくなりました。
だめだな、と思ってあなたにショウタをあずけました。
ごめんなさい。ごめんなさい。
心配です。すごく心配です。
元気ですか。生きてますか。
ショウタはたのしくできてますか。あなたも。
私のところではたのしく生きていられなかったと思うから。
あなたのところで、あなたといっしょに、たのしくしあわせに、にんげんみたいに、いきてますか。
それだけが。それだけが心配です。

––––情状酌量

※※※

【かつての少年からそのトラウマになった少年へ 冒頭】

眠る前にきいてください。僕は、煙草を吸うようになりました。
先日ね、僕はついに訊かれたんだ。
何になりたいんだ、未来のために今何をしているんだ、
ってそういう具合に。
僕は一言だって答えられなかったよ。
何か気の利いた言葉があっただろうに。
そこで思ったんだ、僕は乾ききって形を保っているんだよ。
標本だ。
僕はあの日の君によってピン止めされてしまったのだ。
展翅針で止められてしまったのだ、十年の歳月をたわませながらね。
収集家に運命づけられてしまったのだよ。

––––君に言ってんだぞ、ヘルマン・ヘッセ

※※※

【作家・藤岡みつるから読者へ】

私は、この本を読むあなたより、きっと先に老い朽ちる者です。後に続く人へと、私は本を書きました。
この本のあらゆるきらめきは、すべて私の前に立つ人のものです。私はその人のきらめきを受ける杯でした。私はその人の靴紐を結ぶ資格すらありません。
その人は朝起きる時から夜眠るときまで、隙も無く文を浮かべていました。美しい文でした。それを惜しみなく私にくれました。けれど私はその人に文をもらいたかったのではありません。その人の文が本になるのを見たかったのです。
これは私の長々しい、訴えごとです。あなたが読むのは、私のただ本当に、恨みつらみの連綿なのです。

––––酷い

※※※

【るりこからおじ様へ 三味線を携えて】

〽ハァ死んでもともと。うちにくだしゃれそのいのち。死んでもともと。盆のかえりのとぉさまに。盆のかえりのかぁさまに。くれよとおもうそのいのち。

––––盆のかえり

※※※

【年下の恋人から年上の恋人へ】

年上の恋人を迎えに行く。
追いつくことはなくて、差は縮まらなくて、もどかしいスピードで。
はやく、はやく。いま行くから。

【年上の恋人から年下の恋人へ】

年下の恋人を待つ。
ずっと、いつまでも、かわらずに求めてくれるのを待ってる。
まだ、まだ。待ってるから。

––––ゆる、ゆる。

※※※

【エバタから僕へ 怪しげなチラシ】

××
怪奇ノモノミセマス
××

––––悪魔小僧


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