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労働判例を読む#512

※ 司法試験考査委員(労働法)

【コード事件】(京都地判R4.9.21労判1289.38)

 この事件は、会社Yに、3か月の試用期間としての勤務後に、期間1年の有期契約を締結していた従業員Xが、1回契約更新された後、他の従業員からの苦情(職務怠慢など)があった、同様のことがあれば更新拒絶もあり得る、等と注意を受け、さらにその後、コロナ禍で休業(100%支給)とされ、会社業績の急激な悪化等を理由に、更新拒絶をされた事案です。
 Xは、Yによる更新拒絶が無効であると主張し、Yは、Xが組合と行った記者会見でYの名誉を侵害したと主張し、それぞれが賠償などを主張しましたが、裁判所は、いずれも否定しました。
 ここでは、更新拒絶の問題だけを検討します。

1.更新の期待
 労契法19条は、1号と2号で、2種類の更新の期待発生のルールを定めています。
 しかし裁判所は、特にこのいずれが適用されるかを明示せず、幅広に多くの事情を考慮して、更新の期待を否定しています。具体的には、以下のような事情・理由によって、更新の期待を否定しています。すなわち、❶業務内容(紙をベルトコンベヤーに流す作業)や勤務時間(週3日、各4時間50分)から、有期契約とする合理性がある、❷代替可能な業務である、❸単年度毎の契約更新であることが定められていた、❹更新されない可能性を実際に示唆された、❺(試用期間があるにしても)更新は1回しかない、です。
 一般的な1号2号の役割分担を見ると、❸❹が1号、その他が2号に相当するでしょうが、ここではこれらを特に区別することなく、総合的に考慮しています。
 1号2号いずれも、更新の期待を認定するための判断枠組みであると位置付ければ、両者を厳密に区別するよりも、柔軟に総合的に判断した方が事案に即した判断が可能である、ということでしょうか。1号2号いずれも、元はと言えば、更新の期待に関して最高裁判例が示した判断枠組みをまとめたものですから、近時の、事案に応じた柔軟な判断枠組みを立てる傾向に照らせば、1号2号の区別は、重要ではなくなっているのかもしれません。
 そのうえで裁判所は、更新の期待が認め難く、あるいは高くない、と評価しました。

2.合理性
 更新の期待がなければ、合理性の判断は不要になるはずですが、念のために合理性の判断も行いました。理屈として見れば、上記の結論のとおり、更新の期待が必ずしも否定しきれないから、ということになります。
 ここで裁判所が合理性を認めたのは、以下のような事情・理由によります。
 すなわち、❶コロナ禍でYの売上が急激に落ち込んでいること(前年同月比で、26.8%~62.3%減少など)、❷そのため、一部の無期契約者と全てのパート従業員を休業とし、夏季賞与を支給せず、この年の加工高を上回る金額を人件費に充てていたこと、❸雇用調整助成金の特例措置の導入は未確定だったこと、❹更新拒絶されなかった者はXと異なり更新回数が2回、通算3年を超えていたこと、❺Yは、1か月前に理由を付して更新拒絶しないことを通知し、組合交渉でも同様の説明をしたこと、を根拠にしています。
 一種のリストラですから、整理解雇の4要素(①~④)と同様の判断をされていることがわかります。
 すなわち、①「人員整理の必要性」に❶❷(前半)が相当し、②「解雇回避努力義務の履行」に❷(後半)❸が相当し、③「被解雇者選定の合理性」に❹が相当し、④「解雇手続の妥当性」に❺が相当する、と整理することができるでしょう。このように、内容的には対応関係にある様子がうかがわれますが、しかし判断の内容を見ると、整理解雇の場合よりも遥かにハードルが下がっている(会社にとって有利な方向)と言えるでしょう。
 ところで、Xの業務遂行について他の従業員から不満が示されていたことなどから、これに加えてXの業務遂行能力が不十分であることを考慮しても良さそうです。すなわち、従業員側に問題がある場合の解雇よりも、整理解雇の方がハードルが高くなるように、更新拒絶の場合も、従業員側の問題がないと、合理性の認定が難しくなるはずです。
 けれども、そもそも更新の期待が無いか低いことから、Xの業務遂行能力が不十分かどうか、という判断の難しい問題に踏み込むまでもなく、合理性が認定されたのでしょう。
 このように見ると、更新の期待の程度(本事案では、更新の期待が認め難く、あるいは高くない)と、更新拒絶の合理性の程度(本事案では、ハードルが下がっている)は、相互に関連しているように思われます。

3.実務上のポイント
 更新の期待の検討だけで結論が出る場合もありますが、念のために、あるいは低いとはいえ更新の期待はあるから、ということで更新拒絶の合理性も検討する裁判例が比較的多いように思われます。実務上も、更新の期待だけでなく、更新拒絶の合理性も検討するべきです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

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