労働判例を読む#291

【安藤運輸事件】(名高判R3.1.20労判1240.5)
(2021.9.2初掲載)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、運送会社Yの運行管理者という業務の専門家の即戦力を期待されて採用され、実際に運行管理者資格者証(運行管理者試験への合格、5年以上の実務経験などが必要)を有するYが、運行管理者としてトラブルが多かったなどの理由で、倉庫業務に配転した事案です。
 Xは、配転の無効を主張しました(倉庫業務を行う義務の無いことの確認を求めました)が、裁判所は1審2審いずれも、この請求を認めました。

1.判断枠組み(大前提、ルール)
 配転の有効性については、有名な「東亜ペイント事件」(最二小判S61.7.14労判477.6)が判断枠組みを示しています。そこでは、「①当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は②業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは③労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき④等、⑤特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではない」(①~⑤は筆者)と示しています。①は配転の必要性、②は不当な動機・目的、③は労働者への不利益、④はその他の事情であり、それによって⑤特段の事情が認められるかどうかを判断します。
 他方、本事案では、❶Xを倉庫業務に配転させることの合理性(倉庫業務の増員の必要性+Xの適性)、❷Xの運行管理業務の適性、❸Yの不当な動機・目的、が判断枠組みとして示されています。❶❷が①に、❸が②に、それぞれ対応しますが、③④に相当する判断枠組みは独立した判断枠組みとされていません。
 ここでは、判断枠組みのポイントとして2点、指摘しておきましょう。
 1つ目は、判断枠組み設定の柔軟性です。
 かつては、下級審裁判所や実務は最高裁が示した判断枠組みを厳守する傾向がありました。例えば、整理解雇の場合には4つの要素で判断する、という有名な「整理解雇の4要素」が最高裁によって示され、この4つの要素が金科玉条のように扱われてきました。4つの要素が事案に適合しないように見えても、無理やりこの4つの要素に当てはめているように見えるものすらありました。
 けれども整理解雇に関して、3つの要素や5つの要素で判断する下級審裁判例も見受けられるようになりました。本事案でも、裁判所は東亜ペイント事件の示した判断枠組みを柔軟に修正し、YによるXの配転が権利濫用かどうかを判断しています。
 2つ目は、判断枠組みの設定方法です。
 ❶❷を対比すると、❶は配転先の問題、❷は配転元の問題です。この2つを通して、果たしてXを異動させることが適切だったのかどうかを検証しています。本事案は、異動させた方が良いという評価と異動させない方が良いという評価が対立している事案ですから、複雑に絡み合う事情を、配転させる場合とさせない場合の観点から整理する視点は、非常に理に適っています。
 このような観点から判断枠組みを立てる方法として、会社側の事情と従業員側の事情に整理して対比する方法も多く見かけます。例えば、解雇が合理的かどうかが問題になる事案で、従業員側に原因のある事情と、会社側に原因のある事情、さらにその他の事情として特に解雇に至る適切なプロセスが踏まれたかどうかなどの事情に分け、言わば「天秤の図」(一方の皿が会社側の事情、他方の皿が従業員側の事情、支点がプロセス)をイメージできるような判断枠組みも立てられることがあります。

2.事実認定(小前提、あてはめ)
 Yは❷について、Xの仕事に関し、Xが運行管理をしていた時期、その日の予定の入力が遅い、輸送事故が頻発した、乗務員とのトラブルがあった、高速道路利用料を増加させた、などのエピソードを指摘してXの適性が無いと主張しています。
 けれども裁判所は、それがXに固有のものとするような具体的なデータが無いことや、むしろX以外の担当者の場合にも同様の問題があったり、より酷かったりする事実を認定し、Xの主張を否定しました。
 会社が従業員の業務の不合理性等を証明する場合、まずは、人事評価やトラブルの記録など、客観的な資料に基づいて行われるべきです。それが不十分な場合には、仕事の進め方や迷惑をかけたエピソードなどを具体的に多く集めて、従業員の問題性を具体化します。
 このような一般的な証明の方法を考えると、Yは、1つ目の資料が不十分であり、2つ目の事情も裏付けが十分とれていなかった、と評価できそうです。日頃からの労務管理に関し、特に従業員の人事考課について経営者の感覚的な判断に頼り過ぎていたように見えます。

3.実務上のポイント
 本事案では、さらにXY間の雇用契約で、Xの職種を運行管理者に限定する合意が成立していたかどうかも議論されました。
 裁判所は、この合意自体は否定しました。職種限定の文言どころか、職種限定を前提とした規定も、職種限定の前例もなく、むしろ職種変更の可能性を前提にする規定がある状況ですから、当然でしょう。就職の際に、担当し得る業務の一覧が渡されてその中に運行管理業務があり、面接の際などに運行管理業務の資格や経験を期待している旨の会話もありましたが、「黙示の職種限定」すら認めませんでした。
 その代わりに、運行管理業務に就く「期待は、合理的なものであり、法的保護に値するといわなければならない」とし、Xの配転に「相応の配慮が求められる」と評価しました。相応の配慮とは何か、ということですが、これは上記2の事実の認定で、合理性を❶❷に分けて丁寧に検証していることからもうかがわれます。
 すなわち、①は必要性という用語が使われており、この用語だけを見れば会社側の事情の方が重く見られてしまいそうですが、本判決はこれを❶❷に分け、しかも❶❷それぞれの中でXにとって適切だったか、という視点から検証しています。
 合理性や権利濫用などの一般的な概念について、特に厳しく判断するという判断枠組みは、それなりに多く見かけますが、どのように厳しく判断しているのか、実際には分かりにくいところです。裁判官の感覚的・心情的なものにすぎず、客観性が無いのではないか、という疑問も生じ得るところです。けれども本判決の、従業員Xに対する「相応の配慮」という判断枠組みが、比較的わかりやすい形でこれを具体的に示しているように思います。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

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