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松下幸之助と『経営の技法』#268

11/9 持ち味を認める

~適材適所を行うには、お互いの持ち味を認め、その持ち味を生かすことが必要になる。~

 こんな話を読んだことがある。楠木正成の家臣に泣き男といって非常に泣くことの上手な者がいた。彼が泣くとまわりの者までがつい涙を誘われてしまうので、他の家臣は彼を家中におくことをいやがった。しかしある戦の折、正成は自分が討死したように見せかけ、その男に僧の姿をさせて、いかにも悲嘆にくれて菩提を弔っているようなふりをさせた。その泣き方が全く真に迫っていたので、敵方もすっかりそれを信用し、正成は戦死したものと安心してしまった。そこを見すまして正成は不意打ちをかけ大勝利を得たというのである。泣き男などという、およそ武士にはふさわしくない家臣でも、それはそれとして認めて、その上でその持ち味を生かした作戦を考え、戦果をあげたわけである。そういうところにも正成の名将たるゆえんがあったのではないかと思うし、またそれはすべての人をあるがままに認めて適切な処遇によって生かしていくという人間道の考え方に通じるものだといえよう。現実の経営には、年功とかその他いろいろな問題もあって、100%適材適所を行うということは難しいものがあるけれども、まずそれぞれの人の持ち味を認めて、なるべくすべての人を生かすように努めていくことが大切だと思う。

(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 人事制度として、適材適所に人を配置し、業務を与えることは、会社側の権限として認められており、「人事権」と総称されます。
 これは、会社と従業員との間の労働契約から派生するものです。
 すなわち、労働契約は、従業員が会社に対してサービスを提供し、会社が従業員に対して賃金を支給する契約の一種ですが、他のサービス提供の契約に比較した場合、集団的なサービスの提供が内容となっている点に特色があります。すなわち、芸術作品を制作するような契約であれば、極端な場合、品質と納期さえ守れば、最後の1週間で徹夜して仕上げても、毎日計画的に作業を行っても、制作者の自由ですが、労働契約の場合にはそのような勝手は許されません。労働契約の場合、チームで働くことや、チームで結果を出すことが予定されているため、他のメンバーと共同して作業が行えるようなシフトが組まれることもあれば、仮に単独作業であっても、作業の進捗を会社側が管理し、コントロールする必要があるのです。もちろん、裁量労働制など、従業員側の裁量の範囲が広がっている場合もありますが、会社による管理が必要であることは変わりなく、好き勝手に働き方を決められるというものではありません。
 このように、会社は従業員に対して、「チームの一員として」働くように、働き方や働く内容を指示し、命令する権限があります。この人事権が、会社に対し、従業員を適材適所で活用するための異動・配置転換させる権限の源泉となるのです。
 さらに、適材適所に異動・配置転換させることが「できる」だけでなく、場合によっては、会社がその責任や義務を負うこともあります。適材適所に異動・配置転換しなければならない場合があるのです。
 これは、「解雇権濫用の法理」と称されるルールが適用され、従業員を解雇する場合には、実質的に、会社の側がその合理性を証明しなければならないことに関連します。すなわち、会社は従業員を自由に解雇することができませんので、その代わり、従業員をその適性に応じてうまく使いこなすことが要求されます。逆にいえば、例えば現在の業務が合わない従業員がいる場合、直ちに能力不足を理由に解雇できない場合が多く、当該従業員に別の業務を与えて、能力を発揮したり成長させたりする機会を与えなければ解雇できなくなります。
 ここでは、解雇という極端な場合を例に説明しましたが、比喩的にまとめると、会社には強力な「人事権」が与えられていることから、会社にはこの「人事権」を適切に使うべき責任が生じ、従業員を適材適所に配置してその能力を発揮させるべき場合も発生するのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、経営者に求められる素養の1つに、この強力な人事権を適切に行使する能力も含まれることがわかります。それは、上記のように人事権を適切に行使しなければ、法的な問題に発展する可能性がある、というリスク管理の問題だけでなく、限られた資源(人材)を有効活用し、最大限の生産性を目指すべきである、という経営上の問題にもつながります。自由に解雇できるアメリカでも、本当に自由に従業員を解雇しているわけではなく、特に人材不足の業界や会社では、せっかく入社してくれた従業員に、いかにして会社を気に入ってもらい、いかにしてその能力を発揮してもらうかについて、様々なイベントや研修を行い続けることに腐心しているのが現状です。
 このように、程度の差はあるものの、法的リスクを回避し、経営効率を高めるために、適材適所を実践し、人事権を適切に行使することが、経営者の重要な資質なのです。

3.おわりに
 最近注目のラグビーも、大きい人から小さい人まで、それぞれが活躍できる場がある、と言われます。
 会社経営でも、チームビルディングの際、同質なメンバーで固めて突破力を高める方法もあるが、積極的な人と慎重な人など、特徴ある人材をバランスよく集め、多様性を確保した方が、柔軟性や継続性、安定性などに優れている、と言われます。
 特に、多様性は最近の経営の現場でも重視されるところですが、松下幸之助氏は、かなり早い段階からこの多様性の重要性を認識し、実践していたのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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