労働判例を読む#312

今日の労働判例
【ソニー生命保険ほか事件】(東地判R3.3.23労判1244.15)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、同僚のY2が保険募集に関する社内ルールに違反したことを通報した従業員Xが、通報した上司Y3によるY2への確認行為によって、Y2がXに対する誹謗中傷を行い、Xの名誉を侵害したとして、会社Y1も含めたYら全員の責任を追及した事案です。
 裁判所は、Y2、Y3の責任を認めたうえで、Y1の責任も認めました(連帯して80万円)。

1.事案の特徴
 この事案は、Y2(とその担当秘書)が非常に大人気ない行動をした点に、その特徴があります。
 すなわち、Y2らはXとY2の席の境界などに、盗聴や秘密録音しているかのようなイラスト、いじめをしているイラスト、お上に直訴しているイラスト、聞き耳を立てているイラスト、週刊誌のような体裁でXの言動を暗に非難している文書、聞き耳を立てているイラスト、「うごきたくない、いどうやだもん」と泣いている赤ん坊のイラスト、等を掲示しました。XとY2は、同じ年に営業成績優秀として表彰された同僚であり、競争相手だったのでしょうが、ルール違反を密告された腹いせとして社内に子供じみたイラストを掲示する様子は、あまりにも滑稽です(労働判例誌も、これら掲示物の写真を掲載しています)。社会人としての常識が欠如していることは明らかですから、Y2の責任が肯定されるのは当然でしょう。自分の言動に責任と自覚が欠如しているのであれば、それは社会人としての資質の問題です。
 他方、通報を受けたY3にとってみれば、Y2の非常識な言動は予想外だった、本当かどうか確認するためにY2にXの話をしただけで、自分まで加害者とされたが、自分も巻き込まれてしまっただけの被害者だ、という思いがあるかもしれません。事実確認こそが調査の基本ですから、その事実確認を行っただけで何が問題になるのか、という思いかもしれません。
 けれども、Xの通報が公益通報者保護法の下で保護されるものであるかどうかはともかく、会社が内部通報制度を設け、社内の不正の報告を推奨しておきながら、いざとなるとその通報者を守ることができないのであれば、内部通報制度の自殺です。通報された不正行為者が通報者を逆恨みして攻撃することは洋の東西を問わず見られる現象であり、だからこそソース(情報源)の秘密の確保が制度設計上重要であることが、洋の東西を問わず認識されているのです。ところがY3は、Xが通報者であることを何の躊躇もなくY2に伝えてしまいました。
 さらにY3は、XがY2の秘書の不正行為を録音していたと誤解し、そのことをXに確認せずにY2に聞いています。通報内容を正確に把握しないまま行われる事実確認は、事実確認として明らかに不適切・不十分であり、Y3のY2に対する事実確認は、この意味でも不当です。
 このことから、Y3によるY2への確認行為も軽率であり、不当であることは明らかです。
 ここまで従業員の責任が明らかであれば、会社Y1の責任も否定できないでしょう。Y1は、この事件の後にXとY2の所属する支社を分割して両者を引き離したり、Y2に厳重注意したりしましたが、裁判所はこのようなY1の対応を踏まえても、Y1の責任は否定できない、と認定したのです。

2.実務上のポイント
 SNSなどで無責任な言動が社会的に増長していますから、Y2らの言動もそのような風潮に影響されたのでしょうか。
 もちろん、Y2による大人気ない言動を、内部通報制度の運用に関する教育指導の中である程度は抑制できるでしょうが、Y2の言動は内部通報制度への無知無理解だけが原因ではなく、もっと根本的なところにありますから、社会人としての常識に関わるような事柄の教育指導も重要であることが分かります。
 けれども、Y2らの大人気ない言動全てを予測しなければいけない、Y2らの大人気ない言動がさらに度を越していれば会社の責任が無くなる、ということではありません。
 問題は、Y3が情報源を無防備に開示してしまい、しかも誤った事実を確認しないまま伝えてしまったことでしょう。情報の管理が悪く、漏洩したり、誤って伝わったりすること自体が、回避すべき事柄であり、そのことによってどのようなトラブルや損害につながるのか、という点についてまで具体的に正確に予見できなくても、法的な責任は発生するのです。
 会社としては、内部通報を受けた者の対応の基本(本事案では、その中でも特に重要な情報源の秘匿、事実の正確な確認)の徹底(マニュアル化、ルール化、教育研修、検証など)が、内部通報制度導入に際して最初に取り組むべき課題であることを理解しましょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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