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松下幸之助と『経営の技法』#103

5/28の金言
 商品に不良を出してしまった時に、悪いところが、すぐにわかるかどうか。

5/28の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。
 その仕事の重大性を常に自覚し、それに基づいて注意を怠らずやっていけば、大抵の不良は事前に発見できる。また不良を出してしまったら、なおすぐ発見できる。
 それが、商品が先方へ行ってはじめて不良がわかる、返されてきてもまだ安閑として、ああでもない、使い方が悪いんだろう、と議論するのはもってのほかだ。
 もし、需要者から「どうもあそこのところ、こういう音がしまっせ」と言われたら、もうすぐにピンと来て、“ああ、あそこが悪いんやな。あれはうっかりしておったな”ということがすぐわからないといけない。
 それが、「一ぺん試験してみいな」「いや、あまりどうもないやないか」と言うて時を費やすということは、もう実に言語道断だ。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
ここでは、商品開発にあたって果たすべき注意義務の程度を説明している、と考えることができます。すなわち、ミスがあっても、そのミスの原因がすぐにわかる程度に事前の検証を行う、というレベルです。客から問題を指摘されても、原因がわからず時間がかかるようでは、事前の検証が足りないのです。
 けれども、徹底的に検証することで、時間ばかりかかってしまうと、肝心の開発スピード(#102、5/27参照)が落ちてしまいますので、開発の時間と質は、ときに両立が難しく、どちらを重視するのか、という観点から言えば、両者のバランスの問題になるのです。つまり、完璧な事前検証がない中、どこまで妥協できるのか、という観点から見れば、松下幸之助氏は、ミスがゼロ、というレベルまでは要求しておらず、ミスが生じてもその原因がすぐにわかるレベル、ということです。完璧を求めているのではありません。
 けれども、スピードと質は、最初から対立するものではなく、両立する領域もあります。開発の質が高いからこそスピードも上がる、すなわち、質とスピードの間に相乗効果がある場面も考えられるからです。
 そして、松下幸之助氏の話す内容は、このような相乗効果の考えられる場面のことを念頭にしているのかもしれません。
 具体的には、開発の際に起こりがちな問題として、一つの仮定に固執してしまい、多様な観点からの検証、すなわち多角的な検証が不十分なままになる場合です。そうなると、本来開発前に検証されるべき問題が、顧客への販売後に、しかも顧客の側から発せられてしまいます。
 もちろん、ミスを完全にゼロにすることはできないものの、多角的な検証が行われていれば、製作者には多角的な問題点の記憶(記録)が残っており、すぐに問題点に気づくことができます。一つの仮説に凝り固まっている場合には、それが誤りであることを受け入れなければ始まりませんから、それに比較すれば、問題が発生した場合の対応スピードが大きく違ってくるのです。
 さらに、開発の段階でも、多角的な検討が必ずしもスピードを落とすことに繋がりません。多角的な検証を同時に進めて一挙に問題点を出し切ってしまうなど、検証の多角化によってスピードが上がる場合(積極的なメリット)もありますし、そうでなくても、一回の検証で複数の異なる問題点を検証するなど、多角的な検証がスピードを阻害しないような消極的なメリットが認められる場合もあります。
 このように、スピードと質は両立しない、という「言い訳」のような理屈に逃げ込むのではなく、質を高めつつスピードも高めるような意欲と実践が重要なのです。
 ここで、最初の問題に戻りましょう。開発の際に果たすべき注意義務の程度です。
 これまでの検討を踏まえれば、答えは、多角的な検証によって製品の質を高めつつ、開発スピードを落とさない努力を怠らないことです。これは、新製品にありがちな開発直後の様々な不具合に対し、迅速に対応できるかどうかによって明らかになる、ということです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、スピードと質は両立しない、という「言い訳」のような理屈に逃げ込まずに、できるところまでスピードと質の両立に拘ることが重要と言えるでしょう。
 けれども同時に、それはどこかで諦めなければなりません。引き際も大事です。
 ここまでやろう、とリードしたり、ここまでにしよう、と諦めさせたり、というバランス感覚に加え、それによって現場を納得させ、リードさせられることが重要なのです。

3.おわりに
 このように見ると、松下幸之助氏は単純に「徹底して事前検査しろ」と言っているのではないことがわかります。そして、スピードと品質を売りにしようとすることは、会社の競争優位性を確保し、差別化するうえで合理的な戦略ですから、この戦略と連動した基準は、非常に合理的な水準と言えるでしょう。
 どう思いますか?

※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。


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