労働判例を読む#316

今日の労働判例
【山崎工業事件】(静地沼津支判R2.2.257労判1244.94)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、危険な工具を使う工事現場で、無言で同僚に接触して驚かせて危険な工具を落下させるという、生命の危険もある事態(本件事故②)を引き起こした従業員Xを、会社Yが解雇した事案です。
 なお、Xは本件事故②の加害者ですが、この数年前には、作業中に後ろからクレーンのフックを当てられて転落し、けがをする、という事故(本件事故①)の被害者です。Xは、本件事故②を理由とする解雇の無効の他に、本件事故①による損害の賠償と、早朝から会社に出勤していた分の「早出残業」の割増金の支払いを請求しました。
 裁判所は、本件事故①による損害の賠償は認めましたが、本件事故②による解雇は有効とし、割増金の支払いは否定しました。

1.労務リスク対応の明暗
 ここでは、本件事故①と②に対するYの対応を検討します。
 本件事故①では、クレーン担当者のクレーン操作に問題のあることが、その途中入社当初から数年間にわたって明らかであり、クレーン操作の教育訓練など、Yとして必要な対策を十分講じていなかったと認定されました。このことから、YはXへの安全配慮義務違反があった、と認定されました。
 他方、本件事故②では、危険な工具を使用中に無言で接触した行為の危険性について、その日に出社していた全従業員を集めた緊急安全ミーティングを開催し、問題点を話し合うことで全従業員の安全意識を高めようとしました。X自身も反省し、危険な行為が再発されない状況になったかのようにも見えたのですが、その後、Xがこの時作成した始末書の内容は嘘だ、自分は体に接触しておらず、危険なことはしていない、などと主張するようになったため、Yの代表者自らが、もう一度関係者からのヒアリングをやり直しました。そのうえでXの新たな主張の方が間違いであるとして、Xに自宅待機を命じたうえで退職勧奨を行い、これに応じないXに対して解雇を通知しました。このような慎重なプロセスを裁判所も評価し、Xの解雇を有効と評価しました。
 本件事故①ではXが被害者、②ではXが加害者であるために少しややこしいですが、本件事故①でクレーンの誤操作を行ったクレーン担当者に対する指導教育は極めて不十分である、他方、本件事故②で危険な接触行為を行ったXに対して反省の機会を与えた点は十分合理的である、という逆の評価になったのです。
 もちろん、危険の程度の違い(本件事故②の方が死亡事故の危険が高いようです)や、問題となる場面の違い(本件事故①は損害賠償、本件事故②は解雇無効)もあるため、単純に比較できません。
 けれども、危険に関わる問題で、その原因を明らかにし、再発防止のために関係する従業員に問題意識を徹底させるための緊急安全ミーティングを開催するだけでありません。肝心のXが前言を翻してしまい、危険の原因が曖昧になってしまったと見るや、直ちに調査を一からやり直し、他の従業員の安全性よりも自分のことを優先するようなXの人格的な問題を炙りだしました。そのうえで、このような人格であれば他の従業員を今後も危険に曝す、と見極め、退職させる決断をしたのです。
 本件事故①につながるクレーン担当者への対応は残念ですが、本件事故②への対応は、代表者自身が納得するまでとことんヒアリングを重ねて原因分析を行い、他の従業員への周知徹底も兼ねた緊急安全ミーティングを開催し、本人Xに対しては他の従業員への危険を考慮して非常に難しい決断をする(Yは、Xを主要メンバーと位置付けており、それにもかかわらず退職させることを決断したことになります)など、リスク対応に関する経営判断の在り方を具体化したものとして、非常に参考になります。

2.実務上のポイント
 ②早出残業については、Xが早朝5時半には出社していたものの、カメラや釣り道具、プラモデルをいじっていた、という証言もあり、指揮命令下での業務を行っていなかった、と認定されました。また、実際に支持されて仕事をしていた分については割増賃金が支払われ、それ以外の部分についてXは異議を述べていません。この認定事実を前提に、裁判所は労働時間に該当しないと評価しました。
 従前から、早出残業を労働時間として認定する方が、居残残業を労働時間として認定するよりも厳しい傾向がありましたが、この事案は、早出残業が指揮命令下での業務と認められない典型的な事案といえるでしょう。
 会社として、業務として早出する場合には具体的に指示していたようですので、このように仕事をしているのかどうかがよく分からないような曖昧な状況を避ける運用も、会社にとって必要です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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