労働判例を読む#223

【学校法人信愛学園事件】横浜地裁R2.2.27判決(労判1226.57)
(2021.1.27初掲載)

 この事案は、有期契約が8回更新されて通算9年間、法人Yが経営する幼稚園の園長だったXが契約更新拒絶された事案で、裁判所は更新拒絶を無効としました。

1.労働者性

 Xは、Yの理事・評議員でもあり、会社で言えば取締役に相当する立場にあると言えるのでしょうか、YはXとの契約が雇用契約ではなく準委任契約であると主張し、労契法の適用に反対しています。

 ここで、役員であっても、従業員性が肯定されることは理論的にあり得ます。従業員性は、指揮命令下にあるかどうかという実態によって判断されるからです。

 そこで、従業員性をどのように評価するかという判断方法が問題になります。準委任契約も雇用契約も、契約によって約束した仕事をする点では同じであり、債務者は債権者の要望に応えるべき立場にありますから、この債権債務関係は、指揮命令関係と重なる部分があります。

 このように、準委任契約関係にある者が、従業員性も有する場合があることも考慮すると、両者の区別は相対的であり、様々な事情を考慮して総合評価されるであろうことが容易に理解できます。

 実際、この判決で検討された事情を見てみましょう。すなわち、積極的事情として、①予算・人事について、理事長などの承認が必要だった点、②職務内容・遂行方法などの勤務実態、③給与名目での金銭受領・源泉徴収・社会保険料控除、④契約書類の表題(「雇用に関する契約書」「労働条件通知書」「雇用契約書」)、⑤勤務時間の拘束、が指摘されています。

 さらに、Yが消極的事情として指摘する事実については、以下のように全て消極的事情にならないと評価しています。⑥責任者としての裁量を有するかどうか(但し、一定の裁量は通常考えられる、と評価)、⑦園長としての職務内容を決定していたかどうか(但し、日常業務の範囲として、労働者としての園長が決定できるものにすぎない、と評価)、⑧職員への人事権があるか(但し、職印の給与について意見を言ったり、提案したりできるだけで、決定権限がない、と評価)、⑨対外的に法人代表として活動したか(但し、実際に権限がなかった、と評価)、⑩自由に休暇を取れるか(但し、自由に休暇を取れていた証拠がない、と評価)。

 このように見ると、労働者性で最も重要な要素である「指揮命令」について、あまり重視されていない(②⑤に関連するでしょうか)ことが、1つ目の特徴として指摘できます。これは、上記のように役員であっても従業員であっても、会社の要望に応える部分では共通しており、両者を区別する要素となりにくいことが理由でしょう。

 2つ目の特徴は、⑥~⑩が、いわゆる管理監督者性(労基法41条2号)を判断する際の判断枠組みと似ていることです。すなわち、❶経営との一体性(⑥⑦⑧⑨)、❷裁量性(⑩)、❸処遇が、一般的な枠組みとされており、それに近い判断がされているのです。役員は、管理監督者よりもさらに高いレベルで、経営と一体というよりも、経営の一部、あるいは経営そのものですから、同様の判断枠組みが用いられることは容易に理解できます。

 3つ目の特徴は、主に従業員性に関する事情(①~⑤)と、主に管理監督者性に関する事情(⑥~⑩)が、総合的に評価されていることです。これは、役員が労働者であり得るとは言っても、やはり、役員性が強ければ労働者性が弱まり、役員性が弱ければ労働者性が強まる、という相関関係にあり、実態をこの両面から多面的に見る必要があるからでしょう。

 このように、一般的に労働者性が議論される場合には、指揮命令性が重要なポイントとなるのに対し、この判決では、役員性のないことと合わせて総合的に判断されており、裁判所が、事案の特徴に応じた判断枠組みを設定して柔軟に判断している様子が理解できます。

2.労契法19条

 この判決では、労契法19条2号のいわゆる「更新の期待」に関し、特に判断枠組みを示していませんが、以下のような事情から、「更新の期待」を肯定しました。

 すなわち、①慣例どおりの条件、②通算9年の契約更新・継続、③園長業務の途中(認定こども園への移行)、④園長業務の途中(入園手続き、職員管理)、という要素です。このうち③④は、多くの裁判例で、基幹業務を担当していることや、それが未完であることが指摘されていることに対応するでしょう。典型的な有期契約であり、更新の期待が低いと評価されるのは、重要でない補完的・臨時的な業務を担当する場合と考えられるからです。

 次に、同条本文の、客観的合理性・社会通念上の相当性です。

 ここでは、Yが主張した4つの事情について1つずつ検討し、更新拒絶の理由として合理性がない、と結論付けています。この4つは、いずれもXの業務遂行上の配慮不足など、いわゆる付随義務に属すべき問題であり、園長としての人事考課上、成果や能力が不足しているかどうか、といういわゆる本来債務に属すべき問題ではありません。本来債務の債務不履行や履行不能の場合に比較すると、契約違反の違法性の程度が構造的一般的に低くなりますから、その程度が極めて高いか、そのようなエピソードがよほど沢山ある場合でなければ、なかなか合理性が認められないところです。

 ところが、Yからはこの4つの事情が指摘されただけです。しかも、それぞれについて無理のある主張であることが認定されています。

 このことから、更新拒絶の合理性は、もともと低い事案だった、ということがうかがわれます。

3.実務上のポイント

 YがXの契約を更新拒絶したのは、Xが園長であり、理事だから、容易に更新拒絶できる、という判断だったのかもしれません。

 けれども、近時は、管理監督者性の認定が厳しくなるなど、労働者性が広く評価される傾向にあります。理事(役員)であっても労働者性が認められるのは、これと同様の傾向を示すものと評価できます。「名ばかり店長」が問題にされ、管理監督者の典型と思われるような「店長」ですら、労働基準法による保護が図られるのと同様、役員であっても、実態が労働者であれば、労働基準法による保護が図られることになるのです。

 以前、会社に関わる人全員を取締役にしてしまえば、労働法は適用されない、と豪語している意見を見たことがありますが、労働者性を実態から評価し、実際に労働者性を肯定したこの判決を見る限り、全員を取締役にしたとしても、労働法の適用は免れない可能性が高い、と言えるでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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