松下幸之助と『経営の技法』#142

7/6 見本を見せる

~乱世の時は率先垂範。命令する前に自らやる。見本を見せる。~

 今は命令を待つということなく部下が働かないといかんし、業務部長も命令するんやなくして、自ら命令する前にやっていくというようなことが一面に必要である。乱世の時は必ずそうである。それに勝ち抜いたならば、それで勝利を得るわけである。会社の経営も、こういう時は事業部長が最先端に立ってやらないといかん。会社であれば、社長、会長が最先端に立ってやらないといかん。だから、実務的知識、実務的才能がこの際要求されると、こう私は思うんですね。
 その実務的才能は、大きな会社になるほど薄くなっている。そして、大きな観点でものを見る。そういうようにやってきているわけである。けれども今は違う。今はそういう最高位にある事業部の部長、会社であれば社長、会長という人がいちばん率先してあたる、それで見本を見せる。“こういうように販売するんや、こういうように売り込むんだ”ということをやれるだけの人でなくてはいかん。
 事あるたびに発展する会社と、事あるたびに左前になっていく会社とがあるのは、やはり首脳者の心構え次第だと思うんです。
(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編・刊]/2018年9月)

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 ここでは、まず、7/3の#139でも紹介した、帝国海軍大将の山本五十六の言葉から紹介しましょう。
やって見せ
言って聞かせてさせてみせ
褒めてやらねば
人は動かず
 上司の命令が絶対である軍隊で、命令ではなく、「褒めて」人を動かすことの重要性を説いているのです。
 これは、部下の主体的な取り組みを引き出す点に特徴がありますが、松下幸之助氏が、同じように上司が「自ら命令する前にやっていく」ことを説いているのも、同じ文脈でしょう。
 すなわち、軍隊のように上司の命令が絶対服従の組織であっても、命令だけで嫌々人を動かしたところで期待される効果が上げられない、現場の自発的で自主的な活動こそ、組織にとって価値がある、ということを意味するのです。
 ここで特に注目されるのは、この「やって見せ」を実行するうえでのポイントが2つ示されている点です。
 1つ目は、「やって見せ」するためには、上司が実務感覚を有することが必要です。このことは、言われてみれば当然のことであり、上司が張り切って「やって見せ」してみたところ惨憺たる結果になれば、かえって逆効果です。
 2つ目は、この「やって見せ」する時期です。常にこれを行うかどうかについての言及はありませんが、少なくとも、「乱世の時」「今」「事ある(状態)」には、「やって見せ」する必要があり、これができる会社が「事あるたびに発展する」会社である、と説いています。
 このように、「乱世の時」に「やって見せ」する必要がある、と説く理由は何でしょうか。
 それは、会社が新たな経営方針を模索する状況だからでしょう。このように分析されるヒントは、大きな会社の場合、平時ではこのような「やって見せ」する必要がない(これでいい)と言っている点です。
 なぜなら、「やって見せ」は部下に仕事をさせる手法であると同時に、部下に仕事を覚えさせる手法でもあるからです。つまり、上司が率先して動き、手本を見せることによって、部下は「自分もやらねば」という意欲やモチベーションが高まるだけでなく、「自分もこのようにやればいいのか」という仕事の方法について理解が進むのです。もちろん、「やって見せ」する上司が回答を示せない場合もあるでしょうが、上司が回答を模索する姿自身が、目の前の状況に対する向き合い方を示していることになりますので、仕事の方法に関するお手本を示す、という言葉の中には、回答を示すだけでなく、それを模索する取り組み方を示す、という意味も含めて考えましょう。
 そして、「乱世の時」は、何をすべきかわからない状況ですので、現場の従業員に任せていても組織が動かない危険があります。そこで、「やって見せ」により従業員を主体的に問題に取り組むべき状況を作り出し、組織全体を動かそう、と考えるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、まさに舵取りの資質が、経営者に求められる資質であること、その具体的な方法として、自ら率先して現場に立ち、現場にその姿を見せ、現場に方向性を実感させることが必要、ということが理解できます。
 平時と異なり、「乱世の時」には、組織を安定的に稼働させ、その稼働率を高めたり、ミスを減らしたりする能力ではなく、時に大きく舵を切り、新たな方向に向かって組織全体を動かし、組織全体にその新たな方向に向かう意識や方法を考えさせ、徹底させる必要があります。
 つまり、「乱世の時」のリーダーシップは、平時のリーダーシップと異なるのです。

3.おわりに
 これが、小さな会社の場合にはどうでしょうか。
 小さな会社の場合には、常に「乱世の時」にあり、常に会社全体が方向性を模索している状態にあり、したがって、組織を安定的に稼働させたり、稼働率を高めたり、ミスを減らしたりするなど、組織を緻密に作り上げ、磨き込んでいく状況と言えない場合が多いでしょう。もちろん、小さい会社でも、高精度高品質の商品やサービスで勝負する場合には、制度や品質を高めるために会社組織や経営も高めなければなりませんが、特にニッチな分野で勝負している場合には、一か所にとどまって制度や品質を磨いている余裕などないのが通常です。色々なアイディアをどんどん発信し続けることが必要であり、常に模索する状況なのです。
 このように見ると、「やって見せ」の手法も、それがどんぴしゃりと嵌る場面と、そうでない場面のあることが理解できます。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。


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芦原一郎

Seven Rich法律事務所。日米の弁護士、証券アナリスト、経営コンサルタント。約20年の社内弁護士経験。ブログ:https://ameblo.jp/wkwk224-vpvp、動画の例:https://www.youtube.com/watch?v=SacKcN7qRXk

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