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松下幸之助と『経営の技法』#78

5/3の金言
 自分の会社のことをどう報告しているか。力強い言葉で親や家族を安心させているか。

5/3の概要
 松下幸之助氏は、以下のように話しています。新入社員への言葉のようです。
 入社日には、式典、社長や上司の訓示、会社の内容や勤務についての説明などがある。両親や家族は「会社の感じはどうだった」と尋ねるだろう。その時に、どう報告するかが極めて大切だ。
 「あんまり感心しない会社だ」「まだよくわからない」では、心配が残る。
 「何となくいい会社のように思う。満足して働くことができそうだ。だからここで、大いに仕事をしてみたい。」と力強い言葉で報告したら、両親も喜び、安心する。そういう報告ができるかどうか、それが成功への第一の関門だ。
 何でもないことのようだが、そういうことが言えない人は、私は成功しにくいと思う。

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 まず、社長が率いる会社の内部の問題から考えましょう。
 個人の問題として見れば、相手(両親など)の気持ちを察する、ということの他に、安心させることで口出しさせない、ということも含まれるでしょう。両親に限らず、身近な人の心配はありがたいが、いつも様子を聞かれて煩わしい、という経験は、誰にでもあることでしょう。もちろん、嘘をついて良いわけではなく、松下幸之助氏も「嘘も方便」のようなことを言っているわけではありません。
 ここで、安心させることが重要なのは、ここでは両親の関係で話されていますが、これを上司と部下の関係に当てはめることもできます。すなわち、上司から仕事を任されるためには、安心して任せてもらうことが必要です。心配事を一人で背負ってはいけません(むしろ、早目の報告の方が大事です)が、不安を煽って注目を集める、という子供じみた方法は、いつまでも仕事を任せてもらえず、ときに無用な心配と手間をかけさせられた人から嫌われてしまうことにもつながります。
 別の言い方をすると、上司への報告は、多すぎると不安がらせてしまうが、少なすぎるとかえって不信感を抱かせることになり、その程度ややり方が難しい問題なのです。
 このような、上司に安心して仕事を任せてもらえるような報告の仕方は、両親に対する報告の仕方と共通するのです。つまり、松下幸之助氏は、両親を安心させる方法を伝授することで、両親から自立した大人の社会人として活躍してもらいたい、と言うほかに、上司とのコミュニケーションも上手に取れることが、社会人として成功するうえで不可欠である、と説明しているのです。
 個人の問題の次に、組織の問題として、この言葉を検討しましょう。
 新入社員にこの言葉を伝えた、という松下幸之助氏の意図はどこにあるのでしょうか。
 1つ目は、いずれ彼らも会社の中核に育っていきますので、社員教育の一環として伝える、全従業員にも同じメッセージを伝える(きっと、社内報などでこの言葉が全従業員の目に入るのでしょう)、という目的です。
 2つ目は、新入社員と接する上司や先輩へのメッセージです。新入社員に、少し背伸びして頑張るように檄を飛ばした、ということは、背伸びしすぎたり、一人で背負い込んだりしないように、上司や先輩が注意して見守らなければなりません。任せてください、大丈夫です、という新入社員の言葉には、危うさも伴いますので、大社長が自ら新入社員を鼓舞した以上、上司や先輩によるフォローを当然期待しているはずなのです。
 3つ目は、組織全体の在り方です。新入社員に仕事を任せることを前提にしていますから、組織内の権限も、どんどん下の方に与えていき、逆に、下の方が自主的・主体的に活動することを期待する組織、すなわち、トップダウンだけでなく、むしろボトムアップの方に重点を置いた組織を志向するように思われるのです。
 そしてこれは、組織の活性化にもつながっていきます。松下幸之助氏は、若手社員を鼓舞する言葉も、比較的多く残していますが、そこには、自分が起業したときのような熱意を、特に若手社員にこそ抱いて欲しい、という素朴な気持ちが見えます。そのような気持ちが組織に反映されれば、組織が活性化されるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討しましょう。
 投資家である株主と経営者の関係で見た場合、投資家を安心させるのが、経営者にとって重要な能力です。もちろん、不正を隠すようなことがあってはならず、報告のバランスが難しいことは、上記のとおりですが、ここで重要なのは、任されることが、株式会社の構造上、より重要な要素となっている点です。
 すなわち、株式会社が人類史に残る発明である、と言われるのは、所有と経営を分離することで経営の自由度を高め、資本の集積を可能にする点にあります。所有と経営が分離されて、簡単に口出しできない距離に話され、しかも多くの資本が集まると、経営者との間の個人的な信頼関係も希薄になります。しかも、有限責任とは言うものの、投資金は元本が保証されておらず、投資家がリスクを負います。
 それでも投資家が投資するのは、投資家が会社経営を信頼し、経営者を信頼すること、すなわち安心して会社を託すことができると信じるからこそ、投資ができるのです。
 この投資家の安心のための、制度的な保障は、経営への監査や財務上の報告、役員の選解任権などがありますが、しかし日常的に業務に関与しない投資家の判断材料には限界があります。しかも、投資家は経営のプロでないのが普通だからこそ、経営のプロを雇うのです。投資家が、専門のアナリスト張りに経営の良し悪しを評価できなければ投資してはいけない、というわけにはいきません。
 そこで必要なのが、投資家を安心させる能力です。いわゆるIR活動であり、投資家が不安になって株価が暴落しないようにする能力、と言えるでしょう。
 両親を安心させる能力は、経営者として必要な能力にもつながるのです。

3.おわりに
 「法と経営学」から少し離れますが、人を安心させる能力は、営業能力そのものでもあります。
 ところで、このような人を安心させる能力はどこから来るのでしょうか。やはり最も重要なのは、この人に任せよう、という気持ちになれることで、最大の要因は実績です。では、初対面の場合どうするのか、ということですが、それは実績を推認させるべき自信ある落ち着いた言動でしょう。怯えていることや嘘をついていることは、その表情などから透けて見えるからです。
 つまり、松下幸之助氏の言葉に水を差すようなことを言いますが、同じように、「いい会社に入った、頑張りたい」と言っても、両親から安心して任される新入社員と、場合によっては逆に両親を不安にさせてしまう新入社員もいるだろう、と思われます。
 どう思いますか?

※ 「法と経営学」の観点から、松下幸之助を読み解いてみます。
 テキストは、「運命を生かす」(PHP研究所)。日めくりカレンダーのように、一日一言紹介されています。その一言ずつを、該当する日付ごとに、読み解いていきます。



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