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松下幸之助と『経営の技法』#270

11/11 ものを生み出す原動力

~心の通いあいの中に、仕事をはかどらせ、ものを生み出す原動力がある。~

 例えば、君が、課長と一緒に夜遅くまで残業をしたとする。そうすると、君は若いから元気でも、相当年配の課長には、疲れが感じられることもあるだろう。そんな時に「課長、ひとつ肩でももみましょうか」ということが言えるかどうか。
 会社は仕事の場なのだから、そんなことを言う必要もないといえば確かにその通りである。しかし、もし君がそういうことをひと言、ふっと言ってあげたら、それは、どれだけ課長の慰めとなることか。「じゃあ、もんでくれ」と言う場合は滅多にない。大抵は、「いや、結構だ。ありがとう」と言うに違いない。しかしそのひと言で課長の心には、アンマをしてもらった以上の喜びが生まれる。そして課長の口からは、「遅くまで引き止めてすまんな。デートがあったんと違うか」といった和やかな言葉が出るだろう。
 僕はそういう心の通いあいの中に、仕事がはかどり、ものを生み出す原動力があると思う。だから、君にも、そういう思いやりが、上司に対しえてゃもちろん、周囲の人たちに対して自然にできる人になってもらいたいし、そうなってこそ、君の仕事の成果も大いにあがるのではないか。

(出展:『運命を生かす』~[改訂新版]松下幸之助 成功の金言365~/松下幸之助[著]/PHP研究所[編刊]/2018年9月)

2つの会社組織論の図

1.内部統制(下の正三角形)の問題
 ここでは、前日(11/10の#269)と対比した場合、「知」「利」と「情」の両方ではなく、後者の「情」の部分だけに光を当てている点で、異なります。
 ところで、社内関係での「情」というと、いかにも日本的で古めかしい、と感じるかもしれません。
 けれども、人間関係の重要性は、日本に限ったことではありません。むしろ、例えば、合理的で計算高いシステムであって私情が排除されている、というイメージのあるアメリカの会社の方が、人間関係が重要で、根回しや社内政治が重要となります。
 新しい会社全体に関わるプロジェクトの承認を得る場合の段取りを見てみましょう。
 まず、プロジェクトの概要をCEOに話し、意見を聞きます。事前に説明しておかないと、「聞いてないよ」と言われ、肝心の役員会の場で否定的な立場に立ってしまうからです。事前に聞いていない話について否定的な態度を取るのは、上司と役人ですが、これは洋の東西を問わないのです。
 次に、CEOの意見も付けて、関連する部門の役員たちの了解を取り付けます。ここでは、事前にCEOの話を聞いていることが効果を発揮します。社外取締役のような、株主のために働く役員ではなく、CFOやCRO、CCOなど、CEOの部下となる役員は、全員がCEOに給与が決められ、CEOに解雇される立場にあり、CEOがどのような意見を言ったのかが非常に大きな関心事になるのです。
 このような事前の根回しを踏まえて、主担当役員が社内の役員会でプロジェクトの提案と承認の決議が取られます。日本の役員会のように、事前の根回しがあるから誰も発言しないというわけではなく、その場で思いついたことも気軽に議論しますので、会議の雰囲気が少し違うかもしれません。しかし、根回しがあれば議論もスムーズになる点では、日本と全く同じです。
 さらに、部門内で完結するプロジェクトが決まる段取りを見てみましょう。
 部門長や担当役員がプロジェクトを決めますが、その前段階に、プロジェクトの案を作ったり、それに対する意見を聞いたりするのは、その部門長や担当役員の周囲にいる一部の者です。部門長や担当役員が事前に話を聞きたい、と思う人でなければ、意見を事前に聞いてくれないだけでなく、何の検討がどのように進んでいるのか、ということ自体知る由もありませんので、完全に蚊帳の外です。
 もし、関わらせてもらえない立場にありながら、意見があったり、関わりたかったりする場合には、間にいる直属の上司(リーダー)の了解をもらって、直接部門長や担当役員に直接話をし、問題意識を伝え、提案をし、参加の意思表明をします。
 ここで、リーダーの了解は必須です。人間としてフランクであっても、アメリカ人は、誰がボスであるか、ということについて非常に敏感です。日本では、課長を飛び越して部長に直訴しても、同じ会社のためにやったこと、という名目が立てば、酷く扱われることは少ないですが、アメリカでは、上下関係の方が厳格に守られます。お前を雇っているのは俺(リーダー)だ、部門長や担当役員ではない、という意識です。したがって、リーダーの了解が取れずに部門長や担当役員に直接話ができなければ、ずっと蚊帳の外の状態が続きます。
 このように、間に中間管理職(リーダー等)が挟まってしまった場合の面倒臭さは、むしろ日本以上です。直接の上司が自分の全てを握っており、直接の上司に気に入られなければ簡単に「干されて」しまうのです。
 こうしてみると、「情」よりも「知」「利」を重視しているという印象のあるアメリカの会社の方が、ある面では日本よりも「情」が重要となっているのです。
 問題は、このようになっている理由や背景ですが、①ボスと部下の関係が日本と違う点や、②(それとも関連しますが)会社の組織やプロセスが日本ほどしっかりしていない点が重要です。組織やプロセスがしっかりしておらず、会社についてはCEO、部門については部門長や担当役員の権限や裁量が大きいことから、直接各トップ(各ボス)に接触する必要が大きくなります。ルールやプロセスに則って稟議を上げ、予算申請すれば、事前の根回しがなくても認められる可能性が、日本の場合にはそこそこあるでしょうが、アメリカでは、よほどしっかりした会社でない限り、そのようなことはありません。「聞いていない」と臍を曲げたボスが、承認しないからです。
 したがって、松下幸之助氏の指摘するように、上司との人間関係を良好にすることは、日本の古臭い発想ではなく、少なくともアメリカの多くの会社でも見られることであり、特に、自分の処遇や解雇を決定する権限を持つ上司の場合には、日本以上に人間関係が重要となるのです。

2.ガバナンス(上の逆三角形)の問題
 次に、ガバナンス上の問題を検討します。事のついでですので、経営者と株主の関係について、アメリカと日本の違いを考えてみましょう。
 日本では、法人同士の株式持ち合いなど、法人同士の関係が濃密ですが、個人投資家と会社の関係は希薄です。個人投資家は、長らく、積極的に意思表示をせず、そのため会社提案の議題議案に反対票を投じることの少ない安定株主でした。多少、個人投資家の株主総会での発言が増え、株主提案に賛成する場合も出始めていますが、基調としては、未だに安定株主です。しかも、長期保有目的の投資家が多く、市場での取引高も、法人投資家による取引の割合が高くなっています。
 他方、アメリカでは、法人同士の株式持ち合いは少なく、個人投資家の影響力が大きい状況にあります。実際に、配当が良ければ文句も言わず長期保有してくれますが、配当が悪くなると、すぐに株式を売却したり、株主総会での役員解任案に賛成したりしますので、安定株主と評価することはできません。
 そのため、CEOは、国内のあちこちで開催される投資家説明会やアナリストミーティングに出席し、株主たちや、株主に対して投資情報を提供するアナリストたちに、自分の実績報告や経営手腕、将来の経営プランの実現可能性、等を語り掛け、自分への指示を呼びかけるために、いつも国内を飛び回っています。株主がヘソを曲げないようにするため、配当実績を積み重ねていくことが至上命題となり、短期的な利益が重視される経営になってしまうのですが、株主と経営者の関係として見ても、経営者は個人株主の信頼を勝ち取り、維持するために、日本の経営者以上に神経を使い、努力しています。やはり、CEOにとってのボスは株主であり、株主との信頼関係の確立維持発展が、最大の関心事なのです。
 このように見ると、経営者と株主の関係から見ても、「情」に相当する人間関係について、特に重視しているのは日本ではなくむしろアメリカの方です。松下幸之助氏の言葉は、決して日本の古臭い発想ではないのです。

3.おわりに
 ボスの顔色をうかがう卑屈な様子は、日本でもアメリカでも、サラリーマンの悲しいサガとして描かれるところですが、考えようによっては、日本の場合には社内異動などで縁が切れる可能性があるのに、アメリカの場合には会社を辞めない限り縁が切れません(社内異動が少ない)。
 上司へのごま擂りも、世界共通なのです。
 どう思いますか?

※ 『経営の技法』の観点から、一日一言、日めくりカレンダーのように松下幸之助氏の言葉を読み解きながら、『法と経営学』を学びます。
 冒頭の松下幸之助氏の言葉の引用は、①『運命を生かす』から忠実に引用して出展を明示すること、②引用以外の部分が質量共にこの記事の主要な要素であること、③芦原一郎が一切の文責を負うこと、を条件に了解いただきました。

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