見出し画像

労働判例を読む#510

※ 司法試験考査委員(労働法)

【セルトリオン・ヘルスケア・ジャパン事件】(東京高判R4.11.16労判1288.81)

 この事案は、医薬品会社Yで、いわゆるMR(医療情報担当者)と言われる営業業務を担当していた従業員Xが、みなし労働時間制を口実に給与(残業代など)が一部不払であると主張し、未払分の支払いなどを求めた事案です。
 1審は、みなし労働時間の適用を認め、Xの請求をすべて否定しました。2審は、みなし労働時間の適用を一部否定しましたが、結果的に1審を維持しました(Xの請求を否定しました)。

1.「労働時間を算定し難い」
 ここでは、労基法38条の2の1項の「労働時間を算定し難い」が最大の論点となりました。すなわち、MRの業務の特性でもあるようですが、Xは、自分自身の判断で訪問先を決定・交渉し、訪問先に直行・直帰しており、Yのオフィスに立ち寄ることもほとんど無いようでした。
 他方、Yは労務管理のシステムを導入し、スマホやパソコンによって自動的に、あるいは簡単な操作によって、業務の開始時間と終了時間や、位置情報をYが把握できるようになりました。
 けれども1審は、システム導入後も、「労働時間を算定し難い」として、みなし労働時間の適用を認めました。
 すなわち、Xにスケジュールについて大幅な裁量が与えられていることのほか、例えば簡単な日報や位置情報が共有されても、勤務状況を具体的に把握できなかったこと(残業承認を判断する十分な情報ではなかった、という趣旨のようです)、等を理由に、「労働時間を算定し難い」と認定しました。明確に根拠として指摘していませんが、Xが位置情報システムを切ったまま、出退勤の手続を行っていた事実も指摘されています。
 他方2審は、システム導入後は、「労働時間を算定し難い」に該当しないとして、みなし労働時間の適用を否定しました。
 すなわち、上司として詳細な業務内容を報告させたり、日報などの様式を変更して報告事項を詳細にしたり、貸与スマホなどを操作して情報を入手したりして、業務内容を把握することが「可能」である、等という点を強調し、「労働時間を算定し難い」に該当しない、と認定しました。
 1審と2審を比較すると、1審は、現実的に時間管理されていたかどうか、を問題にしているのに対し、2審は、時間管理可能性があるか、を問題にしています。

2.実務上のポイント
 結果的には、2審もXの請求を否定しています(残業していた証拠がない)が、事業場外のみなし労働時間制度の適用を一部否定した点は、実務上重要です。
 すなわち、「労働時間を算定し難い」という用語だけを見れば、単に「できるかどうか」という可能性の話ではなく、それが「難しいかどうか」という現実的な程度や蓋然性まで要求されているように読めます。その意味で、2審の判断は、この用語を(会社にとって)厳しく解釈しているようにも思われます。
 けれども、会社には従業員の労働時間を把握する義務があり(労安法66条の8の3)、(労働時間を把握しようと思えば把握できた)会社がその義務を履行していないのに、「労働時間を算定し難い」という主張を認めることも、難しいでしょう。
 このように、1審と2審、いずれも理由がありますので、今後、ルールがどのように定まっていくのか、注目されるポイントでしょう。
 さらに、最近の社会的な状況も考える必要があります。
 すなわち、コロナ禍で在宅勤務が増加し、オフィスの外で働く場面が急激に増加しました。それに伴い、(Yも導入したように)オフィスの外にいる従業員の勤務状況を把握できるようなシステムも高度化し、浸透してきました。
 もし仮に、2審の判決が、従業員の勤務状況を把握できる可能性さえあればそれで「労働時間を算定し難い」場合に該当しない、という趣旨なのであれば、今後、みなし労働時間性を導入できる場面は、かなり大幅に狭まることになりかねません。
 どのような事情によって判断されるのか、ぜひ、判決を直接読んで、確認してください。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?